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「フィジカルインターネット」とは、物流をインターネット通信の仕組みに見立てる新たなビジネスモデルです。具体的には、複数の企業が所有・運用するトラックや船などの輸送手段と物流センターをリレーすることで物を運ぶことを指します。この仕組みは、物流の2024年問題によって懸念される輸送の停滞への活路となり得るかもしれません、行政や企業の動向を交えて紹介します。
まるでインターネットのように、効率よく荷物を運ぶ
フィジカルインターネットとは、インターネットの考え方や仕組みを物流に適用し、“フィジカル(物理的)”な荷物の輸送や仕分け、保管を効率化・最適化する手段として考えられたものです。
フィジカルインターネットの考え方では、複数の企業がさまざまなものを「シェア」することが前提にあります。たとえばトラックなどの輸送手段、荷物を集約する物流センターだけでなく、その中で活用される収納棚、フォークリフトなどの機器、ドライバーや梱包・検品などを行う人員もシェアし、生産性の向上やコストダウンなどを図ります。
物流業界では現在も、複数の運送会社があらかじめ規定したルールの元で行う「共同配送」という手法は存在しますが、フィジカルインターネットは共同配送とは大きく運用が異なり、小売業や建材・住宅設備業者といった異業種他社の参画も想定されています。対象となる荷物も企業の大量配送に限らず、個人や急な依頼にも対応できるスタイルが想定されています。
政府はフィジカルインターネット実現への道筋をどう描いているのか?
政府も、フィジカルインターネットという新たな共同物流システムの実現に向け、いくつかの計画を進めています。
経済産業省と国土交通省は、2040年までのフィジカルインターネットの実現をめざし、2021年10月から定期的にフィジカルインターネット実現会議を開催しています。さらに、同会議における議論をふまえて、2022年3月には「フィジカルインターネット・ロードマップ」を策定・公表しました。ロードマップでは、業界を横断して行うべき取り組みを次の6項目に分けて整理し、2040年までの道筋を描いています。
【1】ガバナンス
事業者や業界ごとに独自ルールが相互に調整されず存在している状況を整備。計画的な物流の調整と、利益・費用のシェアリングルールを確立する。
【2】物流・商流データプラットフォーム
複数のプラットフォームにおける相互接続性と、業務連続性を確保するための、業種横断のプラットフォームを構築する。
【3】水平連携(標準化・シェアリング)
モノ・データ・業務プロセスの標準化に連携して取り組み、企業・業種の壁を超えた物流機能とデータのシェアリングを行う。
【4】垂直統合(B to B to Cのサプライチェーンマネージメント)
消費者情報・需要予測を起点に、製造拠点の配置も含めてサプライチェーン全体を最適化。トラックなどの輸送機器や倉庫などの物流拠点に留まらず、製造拠点の一部もシェアする。
【5】物流拠点(自動化・機械化)
ロボットなど自動化機器の普及を促進すると同時に、業務プロセスの見直しを図り、物流拠点における業務の完全自動化をめざす。
【6】輸送機器(自動化・機械化)
限定地域における自動運転移動サービスや、自動配送ロボットによる配送の実現などをめざす。
同会議ではロードマップに基づき、業界別のワーキンググループ(以下WG)も組織されています。2023年に発表された経済産業省の資料によれば、「スーパーマーケットWG」「百貨店WG」「建材・住宅設備WG」などが、2030年に向けたそれぞれの業界におけるアクションプランを策定し、議論を開始しています。
フィジカルインターネットの新会社も準備中
民間企業においても、フィジカルインターネットの実現に向けた独自の取り組みが始まっています。
伊藤忠商事株式会社、KDDI株式会社、株式会社豊田自動織機、三井不動産株式会社、三菱地所株式会社は2024年5月、同年度中のフィジカルインターネットの事業化に向け、共同検討することについて合意、覚書を締結したことを発表。この覚書に則り、5社が連携のうえ、フィジカルインターネット実現のための新会社設立を推進することとなりました。
各企業は新会社にてそれぞれの強みを活かしていくといいます。具体的には伊藤忠商事が事業企画と推進・新規営業、KDDIが通信環境の整備や貨物のモニタリング、サービス監視を担います。豊田自動織機は、フィジカルインターネットに最適化されたマテリアルハンドリング(※)の導入・整備、三井不動産と三菱地所が同じく最適化された中継倉庫の構築を担当。荷物の依頼主や運送会社とも連携し、新たな物流輸送網の構築を図っていく予定です。
※マテリアルハンドリング……生産拠点や物流拠点における、原材料や完成品などの「物」の移動のことを指す。マテリアルハンドリングでは手動、半自動、自動化機器(マテハン機器と呼ばれる)を幅広く使用し、入庫・保管・出荷といった工程全体を効率的に管理する。
経済産業省のロードマップでは、フィジカルインターネットに実現における4つの価値について「効率性(リソースの最大限の活用・CO2排出の削減等)」「強靭性(災害にも備える生産拠点や輸送手段の多様化等)」「良質な雇用の確保(労働環境の改善・新産業の創造等)」「ユニバーサル・サービス化(買い物弱者や地域間格差の解消等)」を示しています。
物流業界ではかねてより人手不足が問題視されており、今後は輸送の遅延が発生する恐れがあります。しかし、フィジカルインターネットが普及すれば、まるでインターネットを利用するかのように、荷物がスピーディーにやり取りできる未来が訪れるかもしれません。
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