2025.01.21 (Tue)
テクノロジーでビジネスの現場が変わる!(第82回)
山形の小さな町が、デジタル住民票を発行。西川町が進める自治体DXとは
山形県西川町は人口わずか4,600人の小さな町ですが、「デジタル住民票NFT」というサービスを、日本の自治体で初めて発行した町でもあります。
NFTとは、偽造が不可能な、証明書付きのデジタルデータのことです(Non-Fungible Tokenの略)。同町は自身が発行元となりNFTを販売することで、その売上を自治体の財源確保に充てています。
なぜ西川町は、デジタル住民票NFTという新たな取り組みを始めたのでしょうか? そして、NFTは西川町をどのように変えたのでしょうか?町役場の担当者に話を聞きました。
自然豊かな町で生まれた、日本初のデジタルな挑戦
西川町は、山形県の県庁所在地である山形市から西に30kmほど離れた場所にある、出羽三山の月山や朝日連峰などの自然に囲まれた町です。「隠れ豪雪日本一」と呼ばれるほど雪が多く、町内の月山スキー場では、春から夏にかけてもスキーが楽しめるほどです。
観光名所としては、112メートルにものぼる日本一の高さの噴水が打ち上げられる「月山湖大噴水」があります。山菜やきのこも豊富で、町内ではご当地グルメ「月山山菜そば」も味わえます。
一方、山間部に位置する町という地理的な理由もあり、高齢化と人口減少が進んでいます。西川町の人口は、1954年にはピークとなる15,754人に達しましたが、1980年は9,473人、2020年には4,956人と、年を追うごとに減少し続けています。人口が減るということは、町内で働く人も減り、税収も少なくなるため、住民サービスも維持できなくなる恐れがあります。
こうした人材不足・財政不足といった課題への対策として、西川町ではDX化に力を入れています。たとえば、町内の全世帯にタブレットを配布して防災・行政情報を迅速に届けられるようにしたり、デジタル商品券を発行するなど、さまざまな施策を試みています。
このDX化の一環として、西川町は2023年4月、日本の自治体で初となる「デジタル住民票NFT」を発行しました。
デジタル住民票を販売することで、「関係人口」を増やしたい
西川町が発行したデジタル住民票NFTとは、1枚数千円程度のNFTデータを一般向けに販売し、同データの保有者は西川町の「デジタル住民」になれるというものです。
デジタル住民には、町長も参加するオンラインコミュニティに参加できるなどの特典が得られます。また、第1回のデジタル住民票の保有者は、町内の温泉に無料で入浴できる特典が付与されています。
同町のNFT事業を担当する西川町かせぐ課(商工係長兼NFTサウナ係長)の渋谷章吾氏は、デジタル住民票NFTは資金を調達するため以外にも、「関係人口」の創出も狙っているといいます。関係人口とは、その地域に住んではいないものの、地域に継続的かつ多様な形で関わる人のことを指します。
「西川町には十分な人手がないため、地域と関わりを持つ関係人口を大切にしようという方針を打ち出しています。特に若年層と富裕層の関係人口に焦点を当て、最終的には生産人口(社会を担う中核である、15~64歳の人口)の増加につながる方法を探していました。
そんな中、西川町の政策アドバイザーを務める東武トップツアーズから、“デジタル住民票としてNFTを発行するアイデアはどうか”と提案を受けました。国内の自治体がNFTを発行した前例はなく、本当に売れるのか、どのくらいの人が興味を持つのか不安でしたが、西川町の町長(2022年4月より町長を務める菅野大志氏)は前例のないことに取り組むのが好きな挑戦者で、やってみようということになりました」
同町は日本初の挑戦を始めるにあたり、自治体でNFTを発行することに法規制の問題はないのか、適切な販売価格はどう設定するのかなど、慎重に協議を重ねました。NFTの販売は、メディアエクイティ株式会社が運営するNFTマーケットプレイス「HEXA」(ヘキサ)にて行われました。
初回販売で申し込み殺到!町に若者が訪れるように
第1回となるデジタル住民票NFTは、2023年4月に1個1,000円、1,000個限定で販売を開始しました。すると、最終的に販売数量の13.4倍となる1万3,440件もの購入申し込みが殺到し、即時完売となりました。
自治体初となったデジタル住民票NFTのチャレンジについて、渋谷氏は「効果は大きかった」と振り返ります。
「デジタル住民票NFTはマスコミやネットからの注目も集めたことで、西川町のことを多くの人に知ってもらうきっかけになり、想定ターゲットである若者や富裕層ともつながることができました。この機会を生かして、NFT住民の皆さんに西川町へ継続的に興味を持ってもらえるよう、現在もNFT住民コミュニティに対して、定期的にイベント情報などを発信しています。
NFT住民の皆さんは、観光やイベントなどで、積極的に地域に関わっています。2023年には、町長も参加したリアル交流会を東京で開催して西川町の特産品などを楽しんでいただきました。
第1回デジタル住民票の特典である温泉の無料利用権も使っていただいており、町外在住者の利用が合計2,000回以上にのぼりました。実際に若い人を町内で見かける頻度も高まり、関係人口が増え、いろんな人が町に訪れていることを実感します。このような交流を通して、皆さんに西川町を第二のふるさとと思っていただきたいです」
関係人口の増加と並び、もう1つの狙いである財政面でも成果がありました。
NFTは、一次販売で購入した所有者が二次販売(いわゆる“転売”)できるという特徴があります。その二次販売時に発生するロイヤリティについても、一部が町に還元されるため、一度NFTを発行すると定期的に収入が入ります。
「一次販売での価格は1,000円でしたが、二次販売では4,000~5,000円で販売されています。中にはデジタル住民票NFTを複数購入し、 “投資”に利用する人もいます。このロイヤリティも、町の新たな収益となっています」
NFTをきっかけに『稼ぐ自治体』を目指す
西川町ではほかにもさまざまなNFTプロジェクトを手掛けており、無償で配布した月山朝日観光協会のイメージキャラクター「ガッさん」や、町の名物である山菜をキャラクターにしたデジタルトレーディングカードNFTも発行しています。「ガッさん」のトレカNFTは全部で1,634枚が無償発行されたといいます。
このほかにも、道の駅の公園命名権NFTや、2025年に新設するカヌーセンターの命名権NFTはオークション形式で販売され、カヌーセンターの命名権は最終落札価格が150万円に達しました。
町長と副町長のNFTもスタートし、町長に講演を依頼できるチケットNFTや、副町長と面談できるチケットNFTも発行されました。町長による1時間講演12回分のゴールドチケットは50万円で販売され、これらのNFTは完売しました。
2024年11月には、町制施行70周年を記念した第2回のデジタル住民票NFTが3,000円で販売されました。購入には6月末にオープンしたばかりの「にしかわイノベーションハブTRAS」のコワーキングスペースが無料で利用できる特典が提供されています。このコワーキングスペースを利用するためには、町外の人は1,000円が必要ですが、デジタル住民票NFTの所有者は、町民と同様に無料で利用できます。
「どんなNFTを、どのような価格設定で販売するかは、いつも悩みます。町長の講演12回分を50万円という強気な価格で販売した時も、本当に売れるか不安でした。何が刺さるのか分かりませんが、常にアンテナを張って情報収集しておかなくてはいけないと思っています」
デジタル住民票NFTの発行で、一躍、日本各地から注目を浴びるようになった西川町には、問い合わせが多数寄せられています。
「私が所属する『かせぐ課』は、町で稼ぐ力をつけるために発足された課です。関係人口よりもさらに地域との関わりが深い『交流人口』(通勤・通学や観光などで、地域を訪問する人口)の拡大のためには、さらに稼ぐ力をつけなくてはなりません。そのため、外部の自治体が視察を訪れる際には視察料をいただくことにしています。今後は自治体の稼ぎ方に関するノウハウの販売も検討しています」
現在の西川町は、デジタル住民票NFTの発行により、町外からのインターンや、何度も西川町に足を運ぶ人が増えたといいます。
「こうして注目されるようになったことはありがたいことですし、NFTの購入者には感謝しています。町の存続のためにイベントや施策を実施しても、まずはその存在を知ってもらわなければうまくいきません。
デジタル住民票NFT、関係人口の増加や地方創生につながる取り組みだったことを実感しています。これからも、さらに西川町を身近に感じてもらえるような情報を発信していきたいと思います」
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