2025.01.21 (Tue)

テクノロジーでビジネスの現場が変わる!(第83回)

コインランドリーはIoTでより便利になる!「スマートランドリー」の可能性

 「コインラドリー」と聞くと、多くの人が「小さなスペースにズラリと並んだ数台の機器に洗濯物を投入する、セルフサービス型の店舗」を思い浮かべるでしょう。コインランドリーは全国各地に存在しますが、サービスや設備に大きな差はありません。

 そんな画一的なコインランドリーの世界に、イノベーションを起こそうとしている企業が存在します。千葉県浦安市に本社を構える株式会社wash-plusは、コインランドリーで使用される機器にIoTを導入することで、業界ではこれまでなかったサービスを顧客に提供しています。

 wash-plus社は、コモディティ化しつつあるコインランドリー業界を、IoTでどのように変えようとしているのでしょうか?同社 代表取締役の高梨 健太郎氏に話を聞きました。

顧客をただ待つだけのコインランドリーでは差別化できない

 高梨氏はもともと浦安で不動産会社を営んでいましたが、2011年の東日本大震災で、同市の液状化現象による地盤沈下問題に直面。“このまま不動産業一本で大丈夫か”と不安を覚えたことから、新事業として、当時の浦安にはあまりなかったコインランドリー事業に挑戦することを決定します。

 高梨氏は新たなビジネスにチャレンジするにあたり、既存のコインランドリー事業のビジネスモデルをそのまま踏襲するつもりはなかったといいます。

 「一般的なコインランドリーのビジネスモデルは、店舗に機器を用意して、ただお客様に来ていただくのを待つだけです。これでは自分たちだけの付加価値や差別化ポイントは何も打ち出せません。そんな事業に参入しても果たして意味はあるのかと悩み、業界初のチャレンジを行っていくことに決めました」(高梨氏)

 高梨氏がまず取り組んだのが、同社独自の洗浄技術である「wash+ Technology」の開発です。

 wash+ Technologyとは、洗濯専用のアルカリイオン電解水「wash+ Water」を使い、洗剤を使用せずに汚れを落とす技術のことです。アトピー性皮膚炎など肌が弱い人や化学物質過敏症の人、洗剤・柔軟剤の匂いが苦手な人も安心して利用でき、洗剤の残りも少ないためすすぎの回数も通常の洗濯機よりも少なく、節水効果や洗剤による排水汚染も抑える効果も期待できるといいます。

 高梨氏は国内のランドリー専用機器開発メーカーの協力を得て、wash+ Technologyを搭載した機器を開発。国内外で特許を取得し、2013年5月よりwash-plus社が運営するコインランドリーにてサービスを提供しました。

コインランドリーの宿命「洗濯物の長時間放置」をIoTで解決する

 このwash+ Technologyでコインランドリー事業に確かな手応えを得た後、高梨氏はIoTによる新たなCX(顧客体験価値)の提供に取り組みました。それが、2018年4月から提供を開始したIoTシステム「Smart Laundry」(以下、スマートランドリー)です。

 スマートランドリーは、コインランドリーが抱える多くの課題の解決を目指して開発されました。その中でも大きな課題が「洗濯物の長時間放置」でした。

 「洗濯物の長時間放置」は、コインランドリーにおいて、利用者にも管理者にも厄介な問題です。洗濯をしようとしても、機器の中に、すでに洗濯・乾燥が終了したものの回収されていない洗濯物があれば、当然ながら利用できません。持ち主がいつ回収に来るかはわからず、かといってその残った洗濯物を取り出するのもためらってしまいます。多くのコインランドリーでは次の方が取り出しても良いよう「取り出しカゴ」が設置されているものの、そのコインランドリーで洗濯すること自体を諦めてしまう利用者は少なくありません。

 高梨氏はこうしたコインランドリーの宿命ともいえる諸問題を解決するため、機器にIoTを組み込み、さらにシステムと連動するスマホアプリも開発しました。洗濯・乾燥が終了すると、IoTシステムがクラウドを通じてアプリに通知し、利用者に運転の終了を知らせます。通知が来るまでその場を離れて自分の予定をこなすことができるので、洗濯にかかる手間を減らす「時短家事」だけでなく、利用者の「コスパ」や「タイパ」(タイム・パフォーマンス)向上にも貢献します。

 「このIoTシステムは、常にアップデートしています。機能面の劣化を防ぎつつ、お客様に新たなサービスを提供し続けることが可能です」(高梨氏)

IoTは顧客側にも管理者側にもメリットがある

 このスマホアプリを使って利用者に対して単にアプリで洗濯の終了を知らせるだけでなく、早く洗濯物を回収することに対してのインセンティブを設けました。


 機器のディスプレイには、洗濯・乾燥完了後3分間に限ってパスコード(暗証番号)が表示されます。利用者はこのパスコードをスマホアプリに入力することで、マイレージサービスのようなランクアップポイントを獲得できます。通常の洗濯・乾燥でも貯まるこのポイントを、洗濯物を早く回収した利用者に特典としてより多く付与し、さらに来店前予約のような便利な機能が追加で使えるようになったり、ランクアップクーポンがもらえたりといった特典も用意した結果、利用者にお得感を持ってもらいながら放置時間を短縮することに成功しました。

 さらに、天候や時間帯と店舗稼働のビッグデータを掛け合わせてAIが利用料金を変更させる「ダイナミックプライシング」も始めました。

 「休日の午前や雨天時などランドリー利用の集中時と、それ以外の閑散時を予測的に把握しながら、料金を動的に調整することで、お客様の利用時間を平均化し、いつ店舗を訪れてもスムーズに利用できるようにしています」(高梨氏)

 IoT化によって、トラブル時の顧客対応にも効果が出ています。これまでのコインランドリーでは、例えば「お金を入れたのに機器が動かない」といったトラブルが発生した場合、利用者はまず店舗内に記されている運営事業者に電話をかけます。そしてその電話口で状況を説明したり、駆け付けた管理者と調整して後日返金を受ける、といった対応しかありませんでした。

 対してスマートランドリーでは、店内に掲示されたカスタマーセンターに電話をすれば、カスタマーセンターのオペレーターは、連絡を受けた機器の状況をリモートで確認し、復旧を図ったり、正常に動作している別の機器にお客様を誘導することができます。キャッシュレス決済で料金を支払っている場合には、その場での返金も対応可能です。利用者は「洗濯をする」という目的を必ず実行でき、管理者は顧客の一次対応から解放されます。

 このような施策の結果、スマートランドリーを導入した店舗の稼働率は、未導入の店舗と比べ、8%から10%に向上。さらに、スマートランドリーのアプリは現在46万ダウンロードを達成しました。

 「IoTの仕組みによってランドリーとお客様をつなぐことで、利便性の高いサービスを柔軟に提供できるようになりました。お客様の満足度をさらに高めるため、今後もアップデートを行いさまざまなサービスを随時拡張していく予定です」(高梨氏)

なぜIoTの知見が無い経営者が、IoTのコインランドリーを作れたのか?

 このようにIoTによってコインランドリーのイノベーションを推し進めてきた高梨氏ですが、もともとIoTに関する知見は持ち合わせておらず、ゼロからのスタートだったといいます。

 「そもそもITの専門家ではなく、IoTに関する知識もほとんどない私は、新たなサービスのアイデアを思い付いたとしても、それを具現化する術を持っていませんでした。だからこそ多種多様な分野の専門家のもとへ直接足を運び、アドバイスを受けたり、別の専門家を紹介してもらうなどで、少しずつ人脈を広げていきました。

 アプリの開発も、商工会議所の総務委員会で会議があった際、たまたま隣の席に座り話しかけた相手がスマホアプリ開発会社の経営者でした。そのような運命的な出会いもあり、IoTシステムの構築に向けた協業がスタートしました」

 スマートランドリーの事業化に向けては、資金も大きなハードルでした。高度なIoTシステムを構築するためには、当然のことながら巨額の投資が必要です。高梨氏は既存の不動産業で得た収益や、先行してスタートしたwash+ Technology事業の収益をつぎ込もうとしたものの、それだけでは賄うことはできなかったといいます。

 そんな中、前述した人脈における有識者の一人から、「『新連携支援』の補助金を申請してはどうか」というアドバイスが寄せられました。新連携支援とは、異なる分野の複数の中小企業が有機的に連携して新たな事業分野を開拓していく取り組みを支援する、中小企業庁の補助金制度です。

 「新連携支援の補助金を受けるためには、事業計画書や申請書の作成、さらには面接など、さまざまなハードルを乗り越える必要がありました。非常に苦労しましたが、なんとか認定を得て、システム構築の費用の3分の2を補助金で賄うことができました。逆に言えば、この補助金がなければスマートランドリーの事業化は不可能でした」

 高梨氏は最後に、未知の事業にチャレンジし、成功するための秘訣として、「行動すること」の重要性を指摘します。

 「せっかく良いアイデアを持っているのに、『似たようなことは大手企業がすでに考えているだろう』『自社には不相応な過大なテーマだ』と、行動する前に諦めてしまう経営者は少なくありません。実際、私がコインランドリー事業を志したときも、そのような気持ちになったことがあります。

 しかし、まず動き出さないことには何も変えられず、いつまでも現状のままです。ときには後先を考えずに行動し、あがいてみることも大切ではないでしょうか」



<インタビュイープロフィール>

高梨 健太郎(たかなし・けんたろう)
2007年に家業の不動産会社の代表取締役に就任。2011年の東日本大震災での液状化被害、2012年の愛娘誕生を契機に、株式会社wash-plusを2013年5月に設立。誰もが安心して洗濯できる環境を目指し開発された洗濯技術とIoTシステムは、SDGsとDXに対応したランドリーとして注目を集めている。

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