インターネット通販の普及拡大に伴い、宅配ニーズが増加していますが、一方でその運び手となるドライバーは不足しています。2024年4月からはトラックドライバーの労働環境改善のため、ドライバーの時間外労働が規制強化されますが、その結果、輸送能力の大幅な低下が懸念されています。こうした運輸の現場が抱える課題は、物流のデジタル化(物流DX)で解決できる可能性が高まります。
深刻化するドライバー不足と「2024年問題」
物流業界におけるドライバーの数は、年々減少しています。経済産業省・国土交通省・農林水産省が2022年9月に発表した「我が国の物流を取り巻く現状と取組状況」という資料によると、物流分野における労働力不足は近年顕在化しており、トラックドライバーが不足していると感じている企業は増加傾向にあると指摘しています。
その一方で、インターネット通販の需要は急増傾向にあり、2021年までの5年間で宅配便取扱量の増加幅は23.2%(9.34億個)に上ります。加えて、荷物の多頻度化・小ロット化により、トラックに無駄なスペースが生じ、積載率の低水準も課題となっています。
こうした現状に追い打ちをかけるのが、2024年度に施行されるトラックドライバーの時間外労働の規制強化です。これまで上限のなかった時間外労働時間が年960時間に規制され、月60時間以上の時間外労働の賃金割増率が、中小企業では25%から50%に引き上げられます。
この規制強化は、ドライバーの労働環境の改善を目的としたものですが、一方で同じ人員体制による長距離輸送は簡単ではなくなります。NX総合研究所による物流需給予測によれば、2030年には需要全体の34.1%(9.4億トン)にあたる荷物が運べなくなると推計されています。
このドライバーの規制強化は、業界では「物流の2024年問題」と呼ばれることもあり、全産業において輸送コスト増などの影響が及ぶ可能性があります。一方で、パーソルホールディングスが行った意識調査によれば、この問題に対する認知度は産業全体で5割にとどまっており、荷主に対するさらなる理解促進が必要といえます。
すでに物流DXを進め、成果を出している企業がある
ここまで挙げたように、物流業界は人手不足と規制強化に直面していますが、一方で一部の企業では、すでにこうした問題をさまざまなテクノロジーを導入することで解決しているケースもあります。ここからは、すでに現場で行われている“物流DX”のいくつかの例を取り上げます。
オフィス用品などを扱うEC企業のアスクルでは、AI活用配送システム「とらっくる」というテクノロジーを採用しています。これは、自社の物流網が蓄積したビッグデータをもとに、配送先の駐車スペース情報や道路の混雑状況を加味した配送ルートを自動生成し、リアルタイムで再配達を指示するなどの機能を備えたシステムです。同社はパートナーの運送会社にこのシステムを開放することで、運転以外の業務負担の軽減を図りました。
同社はさらに、配送指定日を遅く設定した顧客にポイント還元を行う取り組みを行っています。これにより、配送日を分散させることで夜勤スタッフの手配を減らし、コスト削減効果が出ているといいます。
通信機器企業のOKIでは、複数車両で荷物を配送する分割配送のルート計画をつくる独自のAI「コスト最小型ルート配送最適化AI」を開発。さらに、熟練スタッフに依存していた配車技量もAI化しました。
このAIを利用すれば、渋滞や通行止めといった配送リスクの高いルートが除外でき、さらに有料道路の利用有無を計算したり、搬入の時間帯を分散させることができるといいます。
物流サービス会社の日本パレットレンタルでは、登録企業の物流ルートのデータをもとに、荷主企業同士の共同輸送をAIでマッチングするサービス「TranOpt」を開発。経路や想定運賃、荷量の需給、季節変動を考慮した詳細なマッチングを行い、異業種間の共同輸送を促進しているといいます。
NTTデータは、荷待ちや荷積み・荷下ろしなど配送業務のどのプロセスでどの程度の時間的コストが発生しているかを特定するアセスメントシートを作成。その算出結果に加え、改善策を講じた場合に期待できる輸送費などのコスト削減額を荷主に提示することで、荷主都合で発生するBtoB配送の非効率解消に寄与しています。
ドローン配送・自動配送ロボットも実用化へ
ドライバー不足解消に向けた物流DXとしては、ドローン(小型無人機)や自動配送ロボット、無人トラックなどの配送の自動化・省人化も取り組みが進みつつあります。ドローンについては2022年12月の改正航空法施行で市街地上空での自動飛行が可能となり、実用化に向けて続々と開発が進んでいます。
日本郵便は、2023年度からドローンによる郵便配達を本格始動する方針で、人手不足が深刻な山間部や離島から導入するとしています。既に山間部でのドローン配送実用化をしているセイノーホールディングスは、同年度中に都市部での配送サービスの実用化をめざしています。ほかにも、ANAホールディングスとセブン-イレブン・ジャパンによる店舗から離島・山間部へのドローン配送も2025年度に開始予定です。
2023年には道路交通法改正で自動配送ロボットが遠隔操作で公道を走行可能になる予定で、実用化に向けて産官連携の取り組みが活発になっています。楽天グループは、茨城県つくば市内の小売店・飲食店と連携し、自動配送ロボットによる商品配送サービスを提供開始。スマートフォン向けの注文サイトや、注文と配送を一元管理する店舗向けシステムを開発しており、今後のサービス拡大をめざしています。
こうした運送業務のスマート化は、運輸業界の人手不足解消はもちろん、無駄な配送が減ることでトラックが排出するCO2を削減する効果にもつながります。物流の2024年問題に頭を悩ませている企業は多いかもしれませんが、物流DXが解決の糸口となることでしょう。
連載記事一覧
- 第1回 出張が不要になる?新技術「ホロポーテーション」 2016.07.15 (Fri)
- 第2回 AIがオフィスの空気を管理すれば生産性は上がる? 2016.08.29 (Mon)
- 第3回 目は口ほどにものを言う、「感情認識」の新ビジネス 2016.09.28 (Wed)
- 第4回 仕事中の危険を未然に防ぐ「バイタルデータ」とは 2016.10.14 (Fri)
- 第5回 社会インフラを激変させる可能性を秘めた仮想通貨 2017.10.03 (Tue)
- 第6回 企業が仮想通貨で資金調達する時代は到来するか? 2018.03.26 (Mon)
- 第7回 東大廣瀬教授が語る「本気のVRが企業教育を変える」 2021.02.19 (Fri)
- 第8回 建設業界で注目のDX「デジタルツイン」とは 2021.09.14 (Tue)
- 第9回 中小企業こそDXに向く。町工場・今野製作所の挑戦 2021.12.10 (Fri)
- 第10回 小売業の広告販促DX「リテールメディア」の始め方 2021.12.10 (Fri)
- 第11回 「小売業再建のプロ」が語る、利益率UPのヒント 2022.03.01 (Tue)
- 第12回 年4億円コスト削減を達成した地方製造業のIoT活用術 2022.03.04 (Fri)
- 第13回 「幻の日本酒」が安定供給できた裏にデータ活用あり 2022.06.27 (Mon)
- 第14回 いまどきの企業PRに不可欠、Twitterスペースとはなにか 2022.11.15 (Tue)
- 第15回 雇用確保につながる可能性も、覚えておきたい「給与のデジタル払い」2022.12.21 (Wed)
- 第16回 なぜ世界の小売店が「リテールメディア」に参入しているのか?2023.03.06 (Mon)
- 第17回 経済効果は2兆円!女性の悩みを解決するフェムテックとは2023.03.06 (Mon)
- 第18回 バブル期京都でDX実現! 24時間稼働の無人工場2023.03.15 (Wed)
- 第19回 どうする「2024年問題」物流DXの課題と事例2023.03.30 (Thu)
- 第20回 なぜ企業や自治体が「VTuber」を起用するのか? 2023.03.30 (Thu)
- 第21回 未来を予測し先手を打つ。「AI需要予測」の活用術2023.03.30 (Thu)
- 第22回 顧客の本音を読み解く「センチメント分析」の活用法2023.03.30 (Thu)
- 第23回 「気象ビッグデータ」が売上増とロス削減に貢献する2023.03.30 (Thu)
- 第24回 消費者から信頼感を得るには、トレーサビリティ向上が不可欠2023.04.28 (Fri)
- 第25回 健康のDX「パーソナライズド・ニュートリション」2023.09.08 (Fri)
- 第26回 「Web3」がもたらすビジネスや社会への影響とは2023.09.08 (Fri)
- 第27回 「観光DX」は日本の観光業をどう変えるのか?2023.10.04 (Wed)
- 第28回 大手企業も導入「リーガルテック」で何が変わる?2023.10.04 (Wed)
- 第29回 情報漏えいの原因を解析「デジタルフォレンジック」2023.10.04 (Wed)
- 第30回 関東大震災から百年、災害対策はどう進化したのか?2023.10.04 (Wed)
- 第31回 ITに疎くてもDXはできる!老舗食品企業の挑戦2023.11.22 (Wed)
- 第32回 極地でも高速通信「スターリンク」の可能性2023.12.21 (Thu)
- 第33回 インフラの「老朽化」は、最新技術でメンテナンスできる2024.01.24 (Wed)
- 第34回 新たな個人データ収集方法「ゼロパーティデータ」とは2024.01.24 (Wed)
- 第35回 2024年4月から限定解禁「ライドシェア」の可能性2024.01.24 (Wed)
- 第36回 AIが奪うのは仕事ではなく電力?生成AIのエネルギー事情2024.02.09 (Fri)
- 第37回 トークン経済で市場に好循環は起こるのか?2024.03.01 (Fri)
- 第44回 バス運行を効率化「AIオンデマンド交通」の可能性2024.03.29 (Fri)
- 第45回 生成AIとの対話が成長を促す「AIコーチング」2024.03.29 (Fri)
- 第46回 広告に続々登場「AIタレント」の弱点とは2024.03.29 (Fri)
- 第47回 訪日客が日本のファンになる鍵は「AI」にあり2024.03.29 (Fri)
- 第48回 脳と機械が繋がる「ブレインテック」の可能性2024.03.29 (Fri)
- 第49回 打ち上げが本格化。民間企業の宇宙ビジネスの今2024.03.29 (Fri)
- 第50回 バイヤーもサプライヤーも歓迎!?「自動交渉AI」2024.03.29 (Fri)
- 第51回 医療・建設業界で導入が進む「自律型ロボット」とは2024.03.29 (Fri)
- 第42回 6G、7Gで世界はどう変わるのか?「Beyond 5G」の可能性2024.03.22 (Fri)
- 第43回 脱炭素の効果はブロックチェーンで証明できる2024.03.29 (Fri)
- 第38回 総務省が認可「Wi-Fi 7」とは何か?2024.03.29 (Fri)
- 第39回 総務省が発表「モバイル市場競争促進プラン」とは?2024.03.29 (Fri)
- 第39回 インボイスにも対応「IT導入補助金2024」を解説2024.03.29 (Fri)
- 第40回 文章生成AIの理想的な使用法とは?東京都がガイドラインを公開2024.03.29 (Fri)
- 第41回 新たなテクノロジー「光の半導体」とは何か?2024.03.29 (Fri)
- 第52回 訪日観光客が増えるとトラブルも増える!?オーバーツーリズムをどう解決するか2024.05.22 (Wed)
- 第53回 ウェブアクセシビリティが義務化。どう対処する?2024.07.11 (Thu)
- 第54回 決済時間を1/2に短縮「タッチ決済」が普及中2024.07.12 (Fri)
- 第55回 なぜEUは、生成AIを規制しようとしているのか2024.07.12 (Fri)
- 第56回 2024年10月につくば市でスタート「インターネット投票」とは?2024.08.08 (Thu)
- 第57回 7月実施完了。デジタル庁の「フロッピーディスク」使用規定撤廃の方針とは2024.08.08 (Thu)
- 第58回 Googleが動画作成ツール「Google Vids」をテスト開始。どんなツール?2024.08.08 (Thu)
- 第59回 「パーソナルAI」が、ビジネスを代行する時代が来ている2024.08.13 (Tue)
- 第60回 多言語対応や旅行プラン作成も!観光業での生成AI活用法2024.08.13 (Tue)