2022.03.04 (Fri)
テクノロジーでビジネスの現場が変わる!(第12回)
年4億円コスト削減を達成した地方製造業のIoT活用術
自動車部品製造を行う旭鉄工は、独自のIoTを開発し、その仕組みを外販しています。なぜ同社はIoTを推進できたのでしょうか? 同社代表取締役社長 木村哲也氏に聞きました。
<目次>
従業員は減っても好業績のワケ
はじまりは簡易な自作IoTシステムだった
残業や休日出勤を減らし、年間4億円の労務費カットに成功
チャレンジしやすい風土を作るために、絶対に〇〇してはいけない
IoTはあくまでも手段にすぎない
従業員は減っても好業績のワケ
あらゆるモノをインターネットに接続するテクノロジー「IoT(Internet of Things)」を、すでにビジネスに取り入れている企業は多いかもしれません。今回紹介する、愛知県碧南市の自動車部品メーカー「旭鉄工株式会社」も、IoTを導入した企業のひとつです。
同社のIoT導入を推進したのが、代表取締役社長を務める木村哲也氏です。木村氏はトヨタ自動車に21年間勤務し、トヨタ生産方式に基づく、いわゆる「カイゼン」活動に従事したのち、2013年から旭鉄工に転籍しました。以降、同社の売上は150億円で安定的に推移しています。
「当社でも現場の業務改善は喫緊の課題でした。人気のある大手に比べて、地方の部品メーカーである当社は人材確保も簡単ではありません。2013年頃に480人近くいた従業員は、いまでは420人程度まで減少しています。それでも業績がほとんど変わらなかったのは、従業員が残業で頑張ったわけではなく、生産性向上を実現できたからです。むしろ残業や外注は当時に比べて圧倒的に減少しています」(木村氏)
しかし旭鉄工は、IoTはおろか、もともとITの活用が進んでいた会社ではありませんでした。その中でなぜ同社はIoT導入し、成果を収めることができたのでしょうか。
はじまりは簡易な自作IoTシステムだった
旭鉄工がIoT活用に取り組むきっかけとなった背景には、2013年に導入された「生産管理板」の存在があります。生産管理板とは、1時間単位でラインの生産予定数と実績数、停止原因などを記入して管理するための表示板です。生産管理板を活用することで、たとえ進捗に遅れが発生しても、そのことにいち早く気付けるというものです。
「トヨタ自動車のサプライヤーである当社では、同社の指導を受けて生産管理板を導入することになったのですが、うまく活用できていませんでした。なぜなら、当時の現場は1人で複数ラインを管理しているような状況であり、すべての実績を生産管理板に手書きで正確に記入するのは不可能だったからです」(木村氏)
ここで木村氏は、設備にセンサーを取り付けて、生産実績数を自動で測定・記録する仕組みを考案。ベンダーが提供するIoT製品を導入せず、手作りでシステムを構築することを決断します。
「ベンダーに力を借りなかった理由は、当時はIoT製品の種類がそこまで多くなかったからです。当社の古い設備でも、大がかりな投資をすることなく、取得したいデータだけをピンポイントで得られるような既製品が存在しなかったため、それなら自分たちで作ってみようという流れになりました」(木村氏)
でき上がったものは、工場の生産ラインにわずか数百円程度の磁気センサーや光センサーを取り付け、データを収集してクラウドに送信し、時間あたりの製造数量、ラインの停止時間・時刻、サイクルタイム(製品1個を作る時間)を、簡素なテキストデータで表示するというものでした。簡易な仕組みながらも、以前は手書きでしか得られなかったデータが自動で計測・表示できるようになりました。
「この自作のIoTで得られたデータを用いて、どうすれば時間あたりの出来高を高められるか、いかに設備の停止時間を最小化できるかなど、ミーティングを重ねていきました」(木村氏)
残業や休日出勤を減らし、年間4億円の労務費カットに成功
旭鉄工ではその後もIoTを活用しカイゼン活動を重ねることで、IoT導入前と比較して年間8万時間の工数削減、100ラインの生産性を平均43%向上。生産効率が高まったことで残業や休日出勤も大幅に減少し、労務費は年間で4億円削減したといいます。
さらに2016年には、旭鉄工で開発したIoTの仕組みとノウハウを他社に提供するための会社として「i Smart Technologies株式会社」を設立。同社が提供するIoTモニタリングサービス「iXacs」は、すでに200社ほどが導入しているといいます。
旭鉄工がIoTによる改革を進められた理由の1つとして、木村氏は”何のデータが必要とされているか”を理解し、無理をせずに着実に進めたことを挙げます。
「当社が最初に作ったIoTは、先に触れたように簡易なものに過ぎませんでした。ですが、それができたら次の機能を追加、それができれば次……といったように、必要なデータや機能を徐々に追加できるようにしました。最初からあれこれ取得するよりも、業務改善に必要なデータは何なのかを考えることが重要だと思います。難しいことをやろうとすると、途中で頓挫してしまうでしょう」(木村氏)
さらに、データの可視化について、当初から「モバイルファースト」で行うことを前提にしたことも大きかったといいます。
「スマートフォンであれば、問題のある設備の目の前で、データが更新される様子を見ることができます。数値と設備を同時に観察するからこそ、おかしな動きがすぐにわかるわけです。これは『事務所の奥にあるパソコンで、後からデータをゆっくり確認する』というスピード感では到底できません」
チャレンジしやすい風土を作るために、絶対に〇〇してはいけない
木村氏はIoTの導入だけではなく、風土改革にも取り組みました。
木村氏が入社した当時の旭鉄工は、新しいことにチャレンジしづらい風潮があり、意味のないムダな仕事についても『これまでこうだったから』と疑うことなく続けてしまう文化がありました。木村氏はこうした風土改革に向けた取り組みを少人数で実行しながら、少しずつ仲間を増やしていきました。
社内にチャレンジしやすい風土を作るために、木村氏は現在も”あること”を積極的に行っているといいます。
「私は現場で毎週開催されているカイゼンの報告会には必ず足を運び、カイゼンの担当者に対し『面白いね』、『これいいね』とほめています。絶対に叱ることはありません。Slackに上がってくる報告に対しても、前向きなコメントを付けています。トライしたことをみんなの前でほめることで、その他の従業員も触発されますし、”どんどんトライしていいのだ”とわかるからです。
組織の中には、部下からの『こういうことを試してみたい』という相談に対して、問題点を細かく指摘する上司もいますが、私はそれが嫌いです。もちろん、その従業員がケガをしてしまうような無茶なことであれば止めますが、『ちょっとどうかな?』と思うレベルであれば、基本的には止めません。“社長にお伺いを立ててからでないと”という文化ではスピードが遅くなりますし、提案もしなくなります。どんどんやってもらった方が、最終的に会社の利益になると考えています」(木村氏)
IoTはあくまでも手段にすぎない
これからIoTの導入を進めようとしている企業へのアドバイスとして、木村氏はあまり厳密にデータを取りすぎる必要はない、と助言します。
「たとえば現場に高周波を発する設備があった場合、IoTが使用する無線通信に影響が及ぶことで、データが欠落してしまうことは珍しくありません。
重要なのは、厳密なデータを取得することではなく、取得したデータを何に使うのかということです。たとえデータにコンマ数パーセントのズレが発生していたとしても、カイゼン活動に活用できるのであれば、ズレは問題ありません。データの厳密性にこだわる一般的なシステムの考え方にとらわれなかったのも、当社がIoT活用を大きく進められた要因だったと思います」
木村氏が特に強調するのが、IoTはあくまでも手段に過ぎず、その業務改善につなげることが最も重要である点です。
「IoTはあくまでカイゼンのためのツールであり、管理のツールではありません。データを取得した後のカイゼンが最も重要で、大変な作業となります。生産性向上には魔法の杖があるわけではなく、自社なりのカイゼンを行っていく必要があります。IoTはそのためのサポートとして使うべきだと考えています」(木村氏)
木村哲也(きむら てつや)
東京大学大学院工学系修士修了後、トヨタ自動車に21 年勤務し、2013 年に旭鉄工に転籍。トヨタの生産調査部での経験を生かして生産性・組織や仕事の進め方など経営全般を大きく改革。これまで数百回の講演、100社以上の指導を行ってきた。著書に「Small Factory 4.0」がある。
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