2024.10.09 (Wed)
テクノロジーでビジネスの現場が変わる!(第68回)
行政こそ生成AIが効く!都城市に「自治体DX」の進め方を聞く
DX推進は、企業だけでなく自治体にも求められていますが、宮崎県の都城市では、自ら自治体向け生成AIを開発するなど、DX化に力を入れています。同市の取り組みに迫ります。
<目次>
なぜ宮崎県の都城市でDXが進んでいるのか?
ビジネスをデジタルの力で変革する「DX(デジタル・トランスフォーメーション)」に取り組んでいる企業は多いでしょう。しかし、DXに取り組んでいるのは、なにも民間企業だけではありません。たとえば2022年6月に閣議決定された「デジタル社会の実現に向けた重点計画」では、地方自治体のDXに取り組んでいくことが明記されています。
同計画では行政サービスについて、デジタル技術やデータを活用して、住民の利便性を向上させること、デジタル技術やAIの活用により業務効率化を図り、人的資源を行政サービスの更なる向上に繋げていくことを求めています。この計画を実現すべく、現在多くの市区町村が「自治体DX」に取り組んでいます。
宮崎県の都城(みやこのじょう)市も、DXに取り組む自治体のひとつです。宮崎市に次いで県内第2の人口を誇る同市は、2023年、2024年の2回にわたって、「日本DX大賞」で大賞を受賞。さらに、デジタル庁が公開している「地域幸福度指標」における、行政サービスのデジタル化に関する偏差値が「65」と、非常に高い数値を記録しています。
さらに同市は、2023年6月にリリースされた生成AIプラットフォーム「zevo(ゼヴォ)」の開発にも携わりました。このzevoは、地方公共団体を相互に接続する行政専用のネットワーク「LGWAN」内で使用できる点が特徴の“自治体AI”です。
なぜ都城市は、DXに積極的に挑戦しているのでしょうか?そして、なぜ生成AIの開発に取り組み、どのように活用しているのでしょうか?その背景について、都城市のデジタル統括課に話を聞きました。
DXは市を発展させる手段の1つ
都城市がDXを推進している背景には、同市がDXを『市を発展させる手段の1つ』と認識していることがあると、都城市 デジタル統括課 主幹であり、総務省 地域情報化アドバイザー、総務省 経営・財務マネジメント強化事業アドバイザー、デジタル庁 窓BPRアドバイザー 佐藤泰格氏は話します。
「都城市では、デジタルを『多様な可能性を秘めたツール』、DXを『市を発展させる手段の1つ』ととらえています。コロナ禍を契機にDXは大きく進展しましたが、この時計の針が戻ることはありません。これからは地方自治体におけるデジタル活用、DX推進の重要性が増していくと考えています」
このようにDXに力を入れる同市ですが、市役所のDX推進メンバーはわずか7名のみで構成されています。しかもその7名のうち、これまで情報系の部署に所属していた経験のある職員は1名のみ。そのほかのメンバーは、以前は窓口部門などを担当しており、決してデジタルに詳しい人材ではなかったといいます。
「7名で、都城市が抱える課題を議論しながら、それを解決に導くデジタルの可能性を模索しています。ただし、この7名だけでDXができるわけではありません。DX推進には情報部門や現場部門との連携など、各部署のメンバーとともに、横断的に進める必要があります。我々のチームは、それぞれの部署と連携し、業務をDX化する役割も担っています」(佐藤氏)
文書を扱う行政の世界こそ、生成AIの活用が有効なのでは?
都城市ではDXを「住民サービス」「地域社会」「自治体経営」の3つで進めており、生成AIチャットツール「zevo」の開発も、自治体経営のDXとして進められました。
都城市がzevoを開発したきっかけは、佐藤氏が2023年1月に、ChatGPTのユーザーが1億人を超えたというニュースを耳にしたことです。
「文書を扱う行政の世界こそ、生成AIの活用が有効なのでは?」と考えた佐藤氏は、地方自治体のDXを支援しているシフトプラス社に、自治体向けの生成AIの相談をもちかけ、zevoの開発がスタートしました。
zevoの開発にあたり、都城市とシフトプラスは3つの点にこだわって開発することに決めました。その3点とは、セキュリティを保つためにLGWANで利用できること、常に最新の生成AIを使えること、ほかの自治体でも利用できるようにすることです。
「生成AIは市場競争の激しい分野であり、技術もまだまだ発展する可能性が残されています。「生成AIありき」でシステムを作るのではなく、常に最新の技術をキャッチアップすることが重要と考えました」(都城市 デジタル統括課 主任主事 西門 良眞氏)
zevoには、外部ソース情報を用いて精度の高い回答を出力する「RAG(Retrieval Augmented Generation)機能」が搭載されている点も特徴です。自治体特有の情報をもとに回答を生成することで、自治体は職員のナレッジや過去事業を結集した独自のAIを活用できます。
「RAG機能で登録した情報は、AIモデルそのものには学習されないため、外部に流出する心配がありません。自治体は情報の機密性を非常に重要視するため、ユーザーである自治体が安心して利用できる仕組みが整っています」(西門氏)
このほか、プロンプト(命令文)の登録や公開が可能な「プロンプト例機能」も搭載されているため、プロンプトのノウハウを自治体間で共有することも可能です。
プロンプト例機能画面
生成AIは自治体のどんな業務で使われているのか
こうした工夫を施したzevoは、現在都城市の9割以上の部署にて利用されているといいます。
ただし同市では、zevoの利用を強制しているわけではありません。生成AIの有用性を実感した職員がzevoのエバンジェリスト(伝道師)となり、他の職員に活用を勧める形で、利用が徐々に拡大しているといいます。
「zevoは、1月で累計1,000万文字を超えるほど利用が進んできました。利用例としては、あいさつ文の作成、規則等の改正やキャッチコピーの作成、プログラミングの補助、英語で書かれたエラーメールの内容確認などが挙げられます。自治体におけるさまざまな業務の効率化や品質向上に役立っているといえます」(佐藤氏)
利用文字数を示したダッシュボード
zevoは他の自治体でも活用され始めています。横展開を進めるために、無償のトライアル版を提供した結果、zevoを試用した300近い自治体のうち60以上が2024年度に導入まで至っています。
zevoのリリース当初は、ChatGPTのみの活用を前提にしていましたが、現在は「GPT-4 mini」や「Claude 3.5 Sonnet」など、全13種類の生成AIモデルや大規模言語モデル(LLM)を自由に切り替えて活用できる仕組みを採用しています。これは同市が以前、AI議事録を開発するプロジェクトにてある世界的な企業のAIモデルを使用したものの、プロジェクトの進行が難航し、別のAIモデルに切り替えたことがありました。この経験を基に、AIモデルを変更できる仕組みを採用したといいます。
デジタルは、みんながラクをするために使うもの
都城市ではzevoを開発するだけではとどまらず、zevoの改善活動も並行して行っています。2024年7月には「Claude 3.5」を採用したことで、より自然な文章が生成されるようになったほか、ハルシネーション(生成AIが不正確な情報を提供する現象)のリスクが低減し、情報の信ぴょう性がより高まりました。
「冒頭で示した通り、デジタル化は目的ではなく、市を発展させるための手段の1つだという認識に変わりはありません。しかし、生成AIはほかの『手段』よりも強い影響力を持っているのだと実感したことも事実です。これまでデジタルに馴染みがなかった職員も、生成AIの利用を通じてデジタルの価値を認識するようになりました。いまやzevoは、自治体DX推進のカギになっています」(佐藤氏)
とはいえ、zevoを導入しただけでDXが進むわけではありません。今後、都城市では生成AIに限らず課題解決に適したデジタルツールを導入し、DXを推進していく予定です。
佐藤氏は、都城市が成果を得られた要素の1つに「組織間連携」を挙げ、自治体DXの担当者に対し、次のようなアドバイスを送ります。
「AIをはじめとしたデジタルの導入は、現場から反発されやすいものです。担当者は『仕事を楽にするための取り組み』であることを、現場の方々にうったえてみてはいかがでしょうか。現場の方々は、業務の多様化・高度化を実感しているはずですから、納得感を得られるのではないでしょうか。
『みんなが楽になるためのデジタル活用』が、結果的としてさまざまな業務課題を解決していくのだと思います」
<インタビュイープロフィール>
佐藤泰格(さとう ひろのり)
平成15年採用。窓口部門や災害派遣を経て、令和3年度から現職。マイナンバーカード普及促進など、庁内のDXを推進しながら、総務省のマイキープラットフォームアドバイザーとして全国の自治体の支援も行っている。
西門 良眞(にしかど りょうま)
平成31年採用。福祉部門に4年間従事し、令和5年度から現職。
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