路線の廃止が続く地域公共交通の課題解決策のひとつに、予約状況に応じて運行する「AIオンデマンド交通」が存在します。すでにいくつかの市区町村で導入が進みつつあります。
地方の公共交通機関の経営は危機的状況に
人口減少や高齢化、新型コロナウイルスの流行などの影響で、地域公共交通の経営が悪化しています。
国土交通省が発表した2020年度のデータによると、一般路線バス事業者の「99.6%」が赤字、鉄道事業者についてもローカル鉄道会社の「98%」が赤字となっています。特にバス業界は、地方部において路線廃止が進み、経営破綻した事例も発生しています。
バスや電車の本数が減便されれば、住民はますます利用しなくなり、バス・鉄道事業会社の収入はさらに落ちていきます。結果的にさらに減便が進み、さらに住民に利用されなくなる……という負のスパイラルを繰り返していくことが懸念されます。
「AIオンデマンド交通」は地方を救うのか
こうした地域公共交通の苦境を打破するために、現在「AIオンデマンド交通」という取り組みが進みつつあります。
AIオンデマンド交通とは、バスや鉄道、タクシーなどの交通機関を、利用者側の要求に合わせ、柔軟に運行する交通機関です。路線バスのような路線定期型の交通ではなく、利用者のオンデマンド(要求)に応じて運行する点が特徴です。
AIを組み込まない「オンデマンド交通」(またはデマンド交通)というものも存在します。オンデマンド交通では、利用者の予約状況に応じて経路を設定・運行しますが、運行管理者や運転手の経験に基づいて計画するため、場合によっては効率が悪いルートで運航されるケースもあります。AIオンデマンド交通ではAI技術を用いることで、最も効率的なルートを選び、運営・運行します。
AIオンデマンド交通で、自由度の高いバス運行が可能に
AIオンデマンド交通は、すでにいくつかの地域で導入されています。
岡山県の山間部にある久米南町(くめなんちょう)では、2016年からオンデマンド交通の運行をスタートし、2020年にAI配車サービスを導入しています。
同町には民間の路線バスが無く、かろうじて残っていた個人タクシーも廃業。町民バスを運行していたものの、利用者が少なかったため、2016年からオンデマンド交通である「ガッピーのりあい号」の運行をスタートしました。しかしガッピーのりあい号は、前日予約が必要な朝の便の利用が少なく、当日予約で利用できる一部の便に利用が集中するなど、効率的な運用ができていませんでした。
そこで同町では、2020年にAIを活用した新たな配車システムを導入。時刻制、運行ルート制を廃止し、運行時間内であればいつでも予約可能、町内どこでも乗降可能という、自由度の高いサービスをスタートしました。
新システムでは、町内の飲食店の商品を宅配する「貨客混載」のサービスも導入しました。この結果、年間の利用者は、2019年の8.4千人から、2020年は11.8千人へ、1.4倍に増加。さらに、時間別における利用者の平準化にも成功し、車両数を6台から5台に削減し、約600万円の経費削減に成功しました。
過疎化が進むニュータウンの新たな“足”に
大阪府河内長野市でも、2019年12月から、AIオンデマンド型の交通サービス「AI運行バス」を開始しました。
同市では、1970~80年代にかけて開発されたニュータウンで少子高齢化が進んでおり、高齢者でも安心して住み続けられる町づくりのため、AI運行バスの導入を決定しました。利用者はスマートフォンアプリや電話で乗車予約を行い、その予約をもとにAIが配車や運行の指示を出し、最も効率的に対応できる送迎順で、乗降ポイントを走行します。
AI運航バスは、買い物や病院の行き帰り、地域のサークル活動などに利用されており、住民からは「すぐに来てくれる」「荷物を持つ必要がない」と評判だといいます。
長野県塩尻市では、AIオンデマンドバス「のるーと塩尻」の実証運行を2020年度からスタートしました。2021年10月から2022年3月までの運行では、予約から配車まで平均8.42分と、従来の路線バス(1日6便、2~3時間に1便)と比較しても利便性の高い移動サービスを提供しており、同市ではAIによるルート生成により、目的地までの所要時間を大幅に短縮できたとしています。
同市は、地域に暮らす高齢者に対し、予約時のアプリ操作のサポートも行ったことで、1日当たりの平均乗車人員は、既存のコミュニティバスの約5倍の数字となる50.2人を記録。実証運行の結果、従来の路線バスを廃止し、のるーと塩尻の本格運行への移行が進んでいます。
このほか茨城県土浦市でも、2023年10月からAIで最適なルートを走るAIデマンドバスの実験をスタートしています(つちうらMaaS推進協議会)。
過疎化と高齢化が進む地方都市において、バスや鉄道といった公共交通機関の路線を廃止するケースは、今後も増えていくことが予想されます。しかしこれからは、AIオンデマンド交通という新たなテクノロジーが、地域の新たな"足"になるかもしれません。
連載記事一覧
- 第1回 出張が不要になる?新技術「ホロポーテーション」 2016.07.15 (Fri)
- 第2回 AIがオフィスの空気を管理すれば生産性は上がる? 2016.08.29 (Mon)
- 第3回 目は口ほどにものを言う、「感情認識」の新ビジネス 2016.09.28 (Wed)
- 第4回 仕事中の危険を未然に防ぐ「バイタルデータ」とは 2016.10.14 (Fri)
- 第5回 社会インフラを激変させる可能性を秘めた仮想通貨 2017.10.03 (Tue)
- 第6回 企業が仮想通貨で資金調達する時代は到来するか? 2018.03.26 (Mon)
- 第7回 東大廣瀬教授が語る「本気のVRが企業教育を変える」 2021.02.19 (Fri)
- 第8回 建設業界で注目のDX「デジタルツイン」とは 2021.09.14 (Tue)
- 第9回 中小企業こそDXに向く。町工場・今野製作所の挑戦 2021.12.10 (Fri)
- 第10回 小売業の広告販促DX「リテールメディア」の始め方 2021.12.10 (Fri)
- 第11回 「小売業再建のプロ」が語る、利益率UPのヒント 2022.03.01 (Tue)
- 第12回 年4億円コスト削減を達成した地方製造業のIoT活用術 2022.03.04 (Fri)
- 第13回 「幻の日本酒」が安定供給できた裏にデータ活用あり 2022.06.27 (Mon)
- 第14回 いまどきの企業PRに不可欠、Twitterスペースとはなにか 2022.11.15 (Tue)
- 第15回 雇用確保につながる可能性も、覚えておきたい「給与のデジタル払い」2022.12.21 (Wed)
- 第16回 なぜ世界の小売店が「リテールメディア」に参入しているのか?2023.03.06 (Mon)
- 第17回 経済効果は2兆円!女性の悩みを解決するフェムテックとは2023.03.06 (Mon)
- 第18回 バブル期京都でDX実現! 24時間稼働の無人工場2023.03.15 (Wed)
- 第19回 どうする「2024年問題」物流DXの課題と事例2023.03.30 (Thu)
- 第20回 なぜ企業や自治体が「VTuber」を起用するのか? 2023.03.30 (Thu)
- 第21回 未来を予測し先手を打つ。「AI需要予測」の活用術2023.03.30 (Thu)
- 第22回 顧客の本音を読み解く「センチメント分析」の活用法2023.03.30 (Thu)
- 第23回 「気象ビッグデータ」が売上増とロス削減に貢献する2023.03.30 (Thu)
- 第24回 消費者から信頼感を得るには、トレーサビリティ向上が不可欠2023.04.28 (Fri)
- 第25回 健康のDX「パーソナライズド・ニュートリション」2023.09.08 (Fri)
- 第26回 「Web3」がもたらすビジネスや社会への影響とは2023.09.08 (Fri)
- 第27回 「観光DX」は日本の観光業をどう変えるのか?2023.10.04 (Wed)
- 第28回 大手企業も導入「リーガルテック」で何が変わる?2023.10.04 (Wed)
- 第29回 情報漏えいの原因を解析「デジタルフォレンジック」2023.10.04 (Wed)
- 第30回 関東大震災から百年、災害対策はどう進化したのか?2023.10.04 (Wed)
- 第31回 ITに疎くてもDXはできる!老舗食品企業の挑戦2023.11.22 (Wed)
- 第32回 極地でも高速通信「スターリンク」の可能性2023.12.21 (Thu)
- 第33回 インフラの「老朽化」は、最新技術でメンテナンスできる2024.01.24 (Wed)
- 第34回 新たな個人データ収集方法「ゼロパーティデータ」とは2024.01.24 (Wed)
- 第35回 2024年4月から限定解禁「ライドシェア」の可能性2024.01.24 (Wed)
- 第36回 AIが奪うのは仕事ではなく電力?生成AIのエネルギー事情2024.02.09 (Fri)
- 第37回 トークン経済で市場に好循環は起こるのか?2024.03.01 (Fri)
- 第44回 バス運行を効率化「AIオンデマンド交通」の可能性2024.03.29 (Fri)
- 第45回 生成AIとの対話が成長を促す「AIコーチング」2024.03.29 (Fri)
- 第46回 広告に続々登場「AIタレント」の弱点とは2024.03.29 (Fri)
- 第47回 訪日客が日本のファンになる鍵は「AI」にあり2024.03.29 (Fri)
- 第48回 脳と機械が繋がる「ブレインテック」の可能性2024.03.29 (Fri)
- 第49回 打ち上げが本格化。民間企業の宇宙ビジネスの今2024.03.29 (Fri)
- 第50回 バイヤーもサプライヤーも歓迎!?「自動交渉AI」2024.03.29 (Fri)
- 第51回 医療・建設業界で導入が進む「自律型ロボット」とは2024.03.29 (Fri)
- 第42回 6G、7Gで世界はどう変わるのか?「Beyond 5G」の可能性2024.03.22 (Fri)
- 第43回 脱炭素の効果はブロックチェーンで証明できる2024.03.29 (Fri)
- 第38回 総務省が認可「Wi-Fi 7」とは何か?2024.03.29 (Fri)
- 第39回 総務省が発表「モバイル市場競争促進プラン」とは?2024.03.29 (Fri)
- 第39回 インボイスにも対応「IT導入補助金2024」を解説2024.03.29 (Fri)
- 第40回 文章生成AIの理想的な使用法とは?東京都がガイドラインを公開2024.03.29 (Fri)
- 第41回 新たなテクノロジー「光の半導体」とは何か?2024.03.29 (Fri)
- 第52回 訪日観光客が増えるとトラブルも増える!?オーバーツーリズムをどう解決するか2024.05.22 (Wed)
- 第53回 ウェブアクセシビリティが義務化。どう対処する?2024.07.11 (Thu)
- 第54回 決済時間を1/2に短縮「タッチ決済」が普及中2024.07.12 (Fri)
- 第55回 なぜEUは、生成AIを規制しようとしているのか2024.07.12 (Fri)
- 第56回 2024年10月につくば市でスタート「インターネット投票」とは?2024.08.08 (Thu)
- 第57回 7月実施完了。デジタル庁の「フロッピーディスク」使用規定撤廃の方針とは2024.08.08 (Thu)
- 第58回 Googleが動画作成ツール「Google Vids」をテスト開始。どんなツール?2024.08.08 (Thu)
- 第59回 「パーソナルAI」が、ビジネスを代行する時代が来ている2024.08.13 (Tue)
- 第60回 多言語対応や旅行プラン作成も!観光業での生成AI活用法2024.08.13 (Tue)
- 第61回 GoogleもMicrosoftも参入。「生成AI検索」は何が凄いのか2024.09.24 (Tue)
- 第62回 Googleの生成AI「Gemini」は、ChatGPTと何が違うのか?2024.09.24 (Tue)
- 第63回 DX人材は生成AIにどう向き合うべきか?経産省がデジタルスキル標準を改訂2024.10.08 (Tue)
- 第64回 能登半島地震で被害を受けた通信インフラはどのように回復したのか?2024.10.08 (Tue)
- 第65回 政府が世界から誘客する「デジタルノマド」とはどんな人たち?2024.10.08 (Tue)
- 第66回 まずは何から"生成"する?総務省が生成AIの入門書を発表2024.10.08 (Tue)
- 第67回 Web会議の新たなパートナー。耳を塞がないヘッドホンが登場2024.10.08 (Tue)
- 第68回 行政こそ生成AIが効く!都城市に「自治体DX」の進め方を聞く2024.10.09 (Wed)
- 第69回 なぜコープさっぽろは、AIに"人間らしい"要素を求めたのか2024.10.09 (Wed)
- 第70回 Officeの買い切り版が新発売。サブスク版とは何が違うのか?2024.11.21 (Thu)
- 第71回 携帯電話の番号に「060」が開放された理由とは2024.11.21 (Thu)
- 第72回 自動車内でWi-Fiが使い放題のサービスが登場2024.11.22 (Fri)
- 第73回 根拠を元に回答を生成「Perplexity」(パープレキシティ)の魅力2024.11.22 (Fri)
- 第74回 Wi-Fiの電波が1km先まで届く!?「Wi-Fi HaLow」とは2024.11.22 (Fri)
- 第75回 誤差はセンチメートル級。衛星測位システム「みちびき」が導く未来2024.12.20 (Fri)
- 第76回 市場拡大中!AIで進化する音声認識技術の今2024.12.24 (Tue)
- 第77回 ブランドイメージ向上に効果あり。「香りマーケティング」の今2024.12.24 (Tue)
- 第78回 図表を自動で作成する生成AI「Napkin.ai」が登場2024.12.27 (Fri)
- 第79回 Googleの新ルール「サイト評判の不正使用」とは何か?2024.12.27 (Fri)
- 第80回 水道の老朽化が進行中......解決のカギはAIにあり2024.12.27 (Fri)