2024.07.19 (Fri)
ビジネスを成功に導く極意(第66回)
AIによる検品自動化の裏に試練あり。大手プロセスチーズメーカーの挑戦
「QBB」のブランドで知られる六甲バター社は、主力製品のベビーチーズにおける検査工程を、AIにより自動化しました。しかしその過程には、さまざまなトラブルが存在しました。
目次
QBBブランドのチーズは、AIが検査をしている
「QBB」というアルファベット3文字を聞くと、おそらく多くの人が「チーズ」を思い浮かべることでしょう。
QBBは、六甲バター株式会社が手がけるチーズのブランドです。同社は1948年に「平和油脂工業株式会社」として創業し、当初はマーガリンを製造していましたが、1958年よりプロセスチーズの生産をスタート。以降、QBBのブランドでチーズの販売を続けています。
QBBとは「Quality's Best & Beautiful」の頭文字を取ったもので、「安全についての妥協を排除し、だれもが安心して食べられる健康的な製品の提供」という、同社のチーズの品質に対するこだわりがそのままブランド名に反映されています。現在QBBのチーズは、家庭用や学校給食用、業務用を含めて約300種類もの品揃えが存在し、特にチーズを個包装にした「ベビーチーズ」は、年間2億本を超える人気商品となっています。
そんな同社は2019年、チーズの生産体制の強化のため、神戸市西区に「神戸工場」を新設。同工場では生産の効率化と省人化のために、AIで検査工程の自動化をスタートさせます。
しかし、実際にAIを生産過程に組み込むためには、いくつかの困難があったといいます。同社はどのようにしてAIを導入し、それによってどのような効果が得られたのでしょうか?同社の執行役員 神戸生産部長の小泉忠氏に、プロジェクトの過程を聞きました。
チーズの検品を、人間ではなくAIに任せる理由とは
六甲バターの本社は神戸市中央区の市街地に存在しますが、2019年に竣工した主力製造所である神戸工場は、本社から西に10km以上離れた、自然に囲まれた山間地に存在します。
小泉氏は同工場の設計コンセプトの1つに、主力製品であるチーズの生産性を大幅に向上させることがあったと話します。
「神戸工場では、家庭用・業務用など約300品目の製品を製造しています。中でもベビーチーズについては、生産装置も最新のものを導入しており、チーズの重量調整や、包装ロスの除去など、自動化が可能な部分はできるだけ自動化し、業務が省人化できるような取り組みを進めてきました」(小泉氏)
神戸工場では業務効率化のため、従来は目視で行っていたベビーチーズの外観の検査を、AIによって省人化することも計画されていました。
「従来のベビーチーズの製造工程では、チーズの充填機の出口で、検査員が目視で検査していました。検査員は4列で流れてくるチーズを目視でチェックし、不良品があれば取り除くという作業を担当していましたが、1分間で500個ものチーズを目視しているため、これを長時間見続けて判断する作業は大変なことです。常に集中力を保つ必要がありますし、検査員の熟練度によって、検品の性能が左右されることもあります。
これまでは20人以上の検査員が交替制で担当していました。
たとえ優秀な検査員であっても、調子が悪い日は当然あります。この作業を自動化し、より検品の精度を高めることは、生産性を高める点でもメリットは大きいと考えました」
そこで同社は、AIによる製品外観検査装置の開発に着手することを決定。パートナーである清水建設とタッグを組み、神戸工場の完成に先駆けた2016年より開発をスタートしました。
チーズが柔らかすぎて、AIが学習できない?
開発の分担としては、まずは六甲バター社が検査装置のアイデアを作成し、AIに学習させる画像データを清水建設に提供。それらを元に清水建設が、AI装置のハードウェアとAI検査システムを作成するというものでした。
両社が計画したAIによる検査装置は、1レーンにカメラを2台設置し、個包装状態のベビーチーズの底面以外の5面をカメラで撮影、その画像をAIがチェックすることで、製品の良否を判定します。プロジェクトを始めるにあたって、AI検査装置が不良品を発見する精度を、検査員の目視検査と同程度とすることにしました。
しかし、この装置を開発するにあたっては、いくつもの壁があったといいます。 「まずはAIに、何が良品なのか不良品なのかを学習させるデータ取得のため、検査場にカメラを据え付け、良品/不良品の画像データを収集することからスタートしました。検査員が不良品を発見した際には、検査装置のスイッチを操作することで、画像データに『NG品』というデータラベルを付けます。
とはいえ、ベビーチーズは大量に作られるため、NG品を発見した場合、検査員は速やかにスイッチを操作しラベル付けを行う必要があります。担当者は相当な苦労をしながら、ラベル付けの作業を行っていたことをよく覚えています」
検査員が急いで良/否の判定を行わなければいけない背景には、ベビーチーズならでは理由がありました。
「充填されたばかりのベビーチーズは高温で非常に軟らかく、手で取り扱うときでも、形状がすぐに変わってしまいます。そのため、生産ラインで検査員がNG品として判定したチーズを、手でやさしくつかみ、生産ラインから取り出した後、チーズの形状を撮影しても、それは本来のNG品の形状とは異なるため、参考にはなりません。NG品のデータを集めるためには、ラインから排出される前の画像を撮影し、急いでラベルを付けるしか方法がありませんでした。
さらにいえば、何をもってNG品とするか、その基準が検査員によって微妙に異なっていることもありました。基準がそろっていなければ、AIも正確に判断できません。まずは品質基準を標準化し、“基準値から何ミリずれるとNG”といったような、明確な基準を定めることもしました」
これ以外にも、画像の撮影方法や、画像をAIに学習させるタイミングでも、さまざまなトラブルが発生したといいます。
「ベビーチーズにはアルミ包装材が使われていますが、その光沢によって光が反射したり、影ができることで、AIの学習にも悪影響が出てしまいました。その影響を抑えようと、当初はモノクロカメラを採用していました。モノクロカメラは微妙な光沢や影の違いを捉えるには効果がありましたが、包材を剥く際に使用する赤色フィルムの良否判定には向いておらず、色情報を使って判別させるため、カラーカメラに変更することにしました」
このように機材を入れ替える度に、学習用のデータセットも作り直す必要があります。カメラのレンズを変更したこともありましたが、その際にもデータセットを作り変える作業が発生しました。
さらに、プロジェクトスケジュールが延びたことで、使用していたパーツが入手できなくなったり、バージョンアップしたことで、プログラムが動作しなくなり、新しいパーツやバージョンに合わせたアップデートが完了するまでプロジェクトが停滞するトラブルが何度も発生しました」
AI検品で検査員を1/4に削減。当該スタッフはより高度な業務へ
こうしたいくつもの課題を乗り越え、六甲バター社のAIによる画像検査装置は、2022年10月の省人化達成を皮切りに、横展開が進んでいます。
「神戸工場には複数台の生産装置がありますが、うち1号機は、ようやく2022年10月に目標となるNG品の確実な排出と歩留りを達成できました。さらに2022年12月には、2号機でも省人化も達成。その後、電装部品が入手できない困難な時期もありましたが、2023年8月には3号機でもAIによる省人化が実現しました。
この2024年4月には、残りの検査装置の搬入と据付が完了し、完成に向けた次のデータ収集に入ったところです。AI学習モデルで自動判別することで、重要な欠陥品が、検査員の目視なしで排出できる。この効果は大きいです」
同工場では検査業務の省人化により、目視確認など検査工程を担当する検査員の数が、従来の約4分の1にまで削減できるといいます。現在、かつて検査員だったスタッフは、機械・機器の運転や調整業務を学び、それらの機器のオペレーター補助として、スキルを大幅に上げているといいます。
「元検査員のスタッフは、機械の状態をよく理解しています。そのため、AIで不良判定が増加した際にも、装置の不具合にいち早く気付き、点検・調整を行う体制が構築できます」
「何がOKでNGか」の基準は、社内で苦労して作るべきである
小泉氏は今回のプロジェクトを振り返り、AIによる検査体制が築けた要因として、何を持って良/否とするか、その判断基準となる学習用データセットに加え、学習モデルを、社内で調達した点にあったと分析します。
「今回のプロジェクトでは、AIが良品か否かの判断に使用する画像データを、現場責任者が用意しました。作業は大変でしたが、結果的にNG品への確実な反応と歩留りを両立できる精度の高い学習データセットができあがりました。AIが判断をするうえで基準となるデータは、結局は人間が作り込む必要があります。何がOKで何がNGなのか、その基準を正しく判断すべき人が、多大な労力を使って学習用データセットを用意したことが、良い結果に結びついたと考えています。
弊社を含め多くの企業には、品質を高く維持する部門が組織化されています。今回のAIによる検査工程の実装は、品質保証の観点から判断しており、AIが、我々が生産するチーズの品質を高いままで維持していると、自信を持っています」
同社では今後のAI活用について、検査だけで無く、他の工程にも導入できるよう検討しています。
「現在検討しているのが、生産機器の劣化具合を検知し、部品の交換や修理のタイミングを予測する『予知保全』にも、AIを活用したいと考えています。工場で使用する生産機器は、当然ながら使い続ければ続けるほど劣化し、最悪の場合は故障に至ります。そうなれば、チーズの生産も難しくなり、商品を市場に送り出すことも難しいです。一方で、故障を恐れるあまり頻繁にメンテナンスを行うと、今度は稼働時間が短くなり、非効率です。
しかし、AIが生産機器の状態を検知し、適切にメンテナンスのタイミングを知らせることができれば、現在よりも効率の良い生産体制を構築することが可能です。もちろん簡単なことではありませんが、神戸工場は効率化と省人化のために設立された工場です。これから取り組む価値はあると考えています。
QBBブランドのQとは「クオリティ」のことですが、チーズに対するクオリティはもちろん、チーズを製造する生産機器にも、引き続きこだわっていきたいと考えています」
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