2024.03.01 (Fri)

ビジネスを成功に導く極意(第58回)

なぜ大谷翔平は、野球と関係の薄い企業の広告に起用されるのか?

 WBCで大活躍した大谷翔平選手は、企業の広告塔としても引っ張りだこです。なぜ、大谷選手は多くの企業に選ばれるのでしょうか?その理由と背景を読み解きます。

WBCと大リーグMVPの大谷翔平は、CMでも大活躍

 ネット配信でさまざまなエンターテインメントが体験できる現代においても、「スポーツ」は今もなお、人々の関心を集める存在です。筋書きのないドラマが観る者を熱狂させ、観客や視聴者の目を惹くことから、共感力の高いコンテンツとして、企業のマーケティングに頻繁に活用されています。

 有名なスポーツ選手を企業の広告塔に起用する「スポーツマーケティング」は、昔から存在するマーケティング手法のひとつです。2023年、特にスポーツマーケティングとして起用される機会が多かったアスリートが、メジャーリーガーの大谷翔平選手です。

 大谷選手は、2023年初めに開催された野球の世界大会「WBC」にて、野球日本代表チーム「侍ジャパン」優勝の立役者となり、大会MVPにも選出されました。さらに、当時所属していたロサンゼルス・エンゼルスでも、投手・野手の“二刀流”の選手として活躍し、アメリカンリーグのホームラン王と、2度目の大リーグMVPを獲得しました。

 大谷選手のこうした活躍を受け、多くの企業が彼を広告塔として起用しました。2023年には日本航空、三菱UFJ銀行、コーセー(化粧品)、ニューバランスジャパン(スポーツ用品)、セイコーウオッチ(腕時計)、興和(医薬品)、西川(寝具)、ディップ(人材サービス)など、国内だけで10本以上のCMに出演しました。

なぜ大谷翔平は、野球と関係性の薄い企業のCMに出演するのか?

 ここで注目すべきは、特に野球やスポーツとは関係性が薄い業界でも、大谷選手を広告塔として起用している点です。

 たとえば、スポーツ用品や筋肉痛に効く薬品、休息をサポートする寝具を提供しているメーカーが、スポーツ選手を広告塔として起用するのは、双方の関連性の高さを考慮すれば至極当然のことです。しかし大谷選手の場合は、銀行や腕時計、化粧品や人材サービスなど、スポーツ選手とは一見すると関係性が薄そうな企業に起用されているケースが目立ちます。

 この背景には、大谷選手が持つ「イメージの良さ」があることが想像されます。

 2023年末に博報堂DYメディアパートナーズが発表した「アスリートイメージ評価調査」にて、大谷選手はアスリートイメージ総合ランキングの1位に輝きました。同ランキングには、アルゼンチン出身の世界的なサッカー選手であるリオネル・メッシ選手や、大谷選手と同じく野球日本代表チームの一員として活躍したラーズ・ヌートバー選手、サッカー日本代表で活躍している久保建英選手もランクインしていましたが、大谷選手は彼らを抑えてトップとなりました。

 さらに、「爽やか」「常にチャレンジ精神を持っている」「勢いを感じる」「夢や感動を与えている」といったイメージを持つアスリートのランキングでも、大谷選手は1位に選出されています。

 大谷選手と企業のビジネスが必ずしも直結していなくても、大谷選手の持つチャレンジ精神、勢いといったイメージの良さは、企業の広告塔としてふさわしい素養です。一見大谷選手とは無関係と思える企業が、彼を広告塔として起用しているのは、決して的外れというわけではありません。

「寡黙」「発信が少ない」からこそ、広告に注目が集まる

 これに加えて、大谷選手の「発信の少なさ」も、広告のオファーに拍車を掛けている可能性があります。

 大谷選手は、マスコミの個別取材を受けないことで知られています。アナウンサーとの1対1のインタビューも基本的には受け付けず、各社の取材記者が選手を囲んで自由に質問をする、いわゆる「囲み取材」が行われる機会もあまり多くはありません。

 加えて、大谷選手自身がSNSでメッセージを発する機会も同様に少ないです。今やスポーツ選手自身がSNSで発信することは当たり前の時代であり、たとえば大谷選手と同様、メジャーリーグで活躍しているダルビッシュ有選手は、YouTubeやX(旧Twitter)、Instagramなど複数のアカウントを利用しています。しかし大谷選手が持つSNSアカウントはInstagramのみで、更新頻度も少なく、投稿数も2020年の初投稿から「53回」のみとなっています(2月中旬時点)。

 このように“寡黙”な大谷選手ですが、だからこそファンは彼の一挙手一投足に注目し、数少ない露出の機会である広告にも目を通します。

 その証拠のひとつが、WBC開幕前の2023年2月16日に大谷選手がInstagramに投稿した写真です。その写真には大谷選手のロッカールームが写っているだけですが、写真の一部に大谷選手が広告塔を務める化粧品が写り込んでいたため、ファンの間で「本当に使っているんだ!」と話題となりました。

 2023年末には、ディップ社が公開した動画も注目を集めました。同社のブランドアンバサダーに就任した大谷選手は、冨田英揮代表取締役社長兼CEOとの対談動画に出演。大谷選手の数少ない1対1の対談シーンが収録されたこの動画は、公開後約3カ月で約185万回(2月中旬時点)も再生されています。

 その華々しい活躍とは裏腹に、大谷選手自身がメッセージを発信する機会は非常に限られています。だからこそ、大谷選手の広告は人々の注目を集め、企業もその注目度の高さを狙って大谷選手にオファーを願い出ていることが予想されます。

スポーツマーケティングには “失点”の少ないアスリートが求められる

 大谷選手は2023年末、ロサンゼルス・ドジャースと総額7億ドル(約1,015億円)で10年契約を結びました。関西大学の宮本勝浩名誉教授は、大谷選手の移籍による経済効果を1年で約533億円と試算。大谷選手に限らず、スポーツブランディングでは選手としての価値が高まるほど、広告塔としての影響力もより強まることが想定されます。

 一方で、スポーツに打ち込む熱意や努力、そこから想起される堅実性やクリーンなイメージで支持されるアスリートの場合、ドーピングなどの悪質行為や不適切発言などが発生すると、彼らを起用する企業のイメージをも大きく損ねるリスクが考えられます。

 実際、サッカー日本代表を広告塔として起用しているある企業の広告から、スキャンダルが疑われている選手の姿が消えたことを、一部メディアが報じています。アスリートが持つ良いイメージをマーケティングに活用するということは、裏を返せばそのアスリートに悪いイメージが付いた際、企業もその悪いイメージを受けることになります。

 今も昔も、スポーツ選手は世間の注目を集めるスーパースターです。企業が広告塔として起用したがるのは当然のことですが、アスリートの不調が企業に悪影響を与えては本末転倒です。スポーツでの活躍はもちろんのこと、いかに“失点“の少ないアスリートを選び、起用できるかが、これからのスポーツマーケティングには求められるといえるでしょう。

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