2023.11.22 (Wed)
ビジネスを成功に導く極意(第57回)
2億円の売上増↑山形の製造業はDXで何を変えたのか
山形県に本社を構える製造業者「マイスター」では、10年以上も前からDX化を推進。売上アップという目に見える結果に加えて、“目に見えない効果”も生まれているといいます。
<目次>
なぜ山形の中小企業が、数々のDX関連の表彰を受けたのか?
DXの第一歩は、たった一人のエクセル作業から
「モノづくりの自動化」が職人に受け入れられなかった理由
DXのために人材を採用・育成
30分かかっていた業務を3分に縮めたシステムとは?
DXで売上UP。目に見える結果も、目に見えない効果も生まれた
なぜ山形の中小企業が、数々のDX関連の表彰を受けたのか?
中小機構(独立行政法人 中小企業基盤整備機構)の調査によると、日本の企業の99.7%は中堅・中小企業が占めています。そこでは約3,200万人もの人が働いており、日本の従業者の約7割にのぼります。
しかし、中堅・中小企業を取り巻く状況は、慢性的な人手不足や従業員の高齢化、そしてエネルギー価格や原材料費の高騰など、年々厳しさを増しています。今後も持続的な成長を続けていくためには、デジタル技術を活用し、ビジネスを抜本的に変革する「DX(デジタル・トランスフォーメーション)」が欠かせません。
こうした課題に対し、10年以上に渡ってチャレンジを続けてきたのが、山形県寒河江市に本社を構える製造企業「株式会社マイスター」です。
マイスターは1976年に、現会長の髙井作(たかい・つくる)氏が個人事業として創業し、現在は工業用刃物の製作、および精密機械部品や精密治工具の設計・製作を主な事業としています。同社は従業員80名弱の中小企業でありながら、2021年に第1回となる東北経済産業局「TOHOKU DX 大賞(業務プロセス部門)」優秀賞を受賞しました。そして2023年には経済産業省「DX認定事業者」へ、製造業では東北で初めて選定されるなど、数々の表彰を受けています。
なぜマイスターは、こうしたDX関連の数々の表彰を受けることができたのでしょうか? DXを推進することで、ビジネスにどのような効果を生むことができたのでしょうか?創業者の息子であり、代表取締役社長を務める髙井糧(たかい・りょう)氏に話を聞きました。
DXの第一歩は、たった一人のエクセル作業から
髙井氏がマイスターに入社したのは2009年のこと。当時のマイスターはデジタル化がまったく進んでおらず、ほとんどの業務が手書きの紙によって行われていました。
「たとえば見積もりを作る際も、分厚い紙の資料を開き、部材や工程の価格表を1つずつ参照しながら作っていました。当時のマイスターは毎月2,000種以上の受注がありましたが、受注の度にこの作業を繰り返していました。
長年勤めているベテラン社員は慣れているため問題はありませんでしたが、それ以外の多くの社員は、情報の参照に膨大な時間を費やしていました」(髙井氏)
この非効率な作業を目の当たりにした髙井氏は、誰でも見積もりに対応できるよう、価格表データをExcelに登録。さらにマクロも組み、入力条件に応じた積算をパソコン上で行えるツールを開発しました。
「この作業は、私ひとりで始めました。思えばこれが弊社におけるDXのスタートでした」(髙井氏)
「モノづくりの自動化」が職人に受け入れられなかった理由
髙井氏はこれを皮切りに、在庫管理表や不良報告書など、紙ベースで行われていた多くの業務のデジタル化を進め、現場の負担を軽減するツールを整備してきました。
代表取締役社長に就任した2019年、髙井氏はデジタル変革に向けてさらにアクセルを踏み込みます。当時の製造業は、「Industry 4.0(第4次産業革命)」や「スマートファクトリー化」が世界的なトレンドとなっており、髙井氏はマイスターをこの流れに乗せるべく、中期経営計画に初めて「DX」を明記。モノづくりを自動化する方針を打ち出しました。
しかし、この“モノづくりの自動化”という新方針は、ペテランの従業員から反発の声が上がりました。
髙井氏が掲げた“モノづくりの自動化”とは、職人の能力を生かし、生産性をさらに高めることを意図したものでした。しかし、その意図はうまく伝わらず、現場には 「人間をシステムに置き換えること」 、つまり「職人をお払い箱にする」という内容で伝わってしまいました。
「それまで私が行っていた、エクセルなどの周辺業務のデジタル化については、ベテランの方々も『二代目が頑張っているようだ』と温かい目で見守ってくれていました。
しかし、モノづくりの本丸に踏み込もうとした途端、『俺たちのやり方に口を出すな』と、頑なな態度に変わってしまいました。当時の私は、現場が抱く不安感まで配慮できていませんでした」
DXのために人材を採用・育成
こうしたベテラン従業員の反発を受けた髙井氏は、本来意図した“モノづくりの自動化”を推進するため、従来の業務に3つの変化を加え始めました。
1つ目の変化は「DX人材の育成」です。髙井氏は自前でDXを進めるためには、現場とデジタルの双方を熟知したDX人材が複数名必要になると判断しました。
まずは新たなスタッフとして、就職後に山形へUターンして産業技術短期大学校でモノづくりを学んでいたSE経験者1名を、“DXの牽引役”として中途採用。さらに、製造現場で働くスタッフの中からチームリーダー1名を選出し、そのチームリーダーに対し、産業技術短期大学校で情報システムや組込システム、IoTなどのデジタル技術や、生産管理やマネジメント関連の知識を学ぶことを命じます。
「高校卒業後に入社し、加工業務を10年間担当し続けてきた社員に『ぜひDXを勉強して、自分たちの課題を解決する方法を得てきてほしい』と頼みました」(髙井氏)
この2名が中心となり推進したDXは他の従業員にも広がり、現場の問題をデジタルで改善する体制を確立しています。たとえば、消耗品の在庫確認や手配のシステム化など、人間の手作業に依存していたさまざまな業務の自動化を進めています。
2つ目の変化は「加工技術の多能工化(マルチスキル化)」です。
これまでのマイスターでは、従業員の技能を徒弟制度のような関係性の下で伝承していました。髙井氏はこうした暗黙知を、加工基準書として整備することで可能な限り共通言語化。スキルの属人化の排除と技能の標準化を行い、スタッフの誰もが複数の加工作業を担える“多能工”の体制としました。
これまでは個人の経験を軸に判断し加工していたため、他の人には判断基準がわかりにくく、また個々人で加工法にばらつきがありました。特に女性技術者が多いマイスターでは産休や育休で長期間現場を離れる社員が多く、個人の経験ベースであることが復帰に際しての不安要素になっていました。しかし女性社員たちが加工技術の多能工化と標準化を積極的に進めたおかげで、この不安要素が解消され、離職する必要なく安心して働き続けられる職場に変わったといいます。
30分かかっていた業務を3分に縮めたシステムとは?
変化の3点目は「システム開発の内製化」です。これは現場で使用するさまざまなシステムやソフトウェアの開発を、ベンダーに依存せず自社で開発することで、現場のニーズを的確にシステムへ反映することを狙ったものです。
「システムをどのように作っていくかを自分たちで経験することで、システム内部の仕組みまで理解が進み、今後ベンダーに依頼することになっても要件を伝えやすくする狙いがありました。同時に『自分たちは製造業、道具づくりの会社だ』という誇りを持つというテーマもありました」(髙井氏)
現在、マイスターの社内で使用されている省エネを促すアプリも、スタッフの内製によって生まれたものです。マイスターではもともと、電気量が一定値を超えるとアラートを出すシステムを使用していましたが、そのアラートは総務など一部のスタッフにしか届かなかったため、担当者は工場内を走り回って、エアコンを消したり、現場のスタッフに電気の無駄遣いを抑えるよう呼びかけていたといいます。
しかし現在は、そのシステムと連動したアプリが従業員のスマホに直接警告を出すため、担当者がわざわざ現場に駆けつけるともありません。さらに、社員にも省エネの意識が根付いたといいます。
「TOHOKU DX大賞」で優秀賞を受賞するきっかけとなった「IoT工具管理システム」も、社内で開発されたシステムです。このシステムは、工具棚にLEDが点灯した順番通りにピックアップすることで、必要な工具がすべて揃えられるというものです。
マイスター社の現場には1,000種類以上もの工具が存在します。しかも、オーダーメイドによる個別生産に対応していることもあり、使用する工具もその都度変わります。たとえば1つの製品を加工するために、10〜30種の工具を使用することもあります。
そのため、工具の準備にも時間がかかっており、必要な工具をすべて探し出すまでに、平均30分ほどの時間を要していたといいます。この「平均30分」は、あくまで3年ほど勤めた人の場合のものであり、慣れていない場合はさらに時間を要してしまいます。当然ながら、準備の間は工作機械も停止することになります。
「しかし、IoT工具管理システムを使うことで、工具収集に必要な時間は、従来の30分程度から3分程度まで短縮されました。工作機械の稼働率も大幅に向上し、現場の技能職から喜ばれています」(髙井氏)
DXで売上UP。目に見える結果も、目に見えない効果も生まれた
上記のようなDX化を推進した結果、マイスター社の2021年度の総売上高は、髙井氏が社長に就任したばかりの2019年度と比べ2億円以上も高い数値になりました。
売上アップという目に見える結果を生み出したDXですが、髙井氏は“目に見えない効果”にも結びついているといいます。
「弊社の企業理念は『協調 共感 共演』です。これらの理念を達成するには、お互いに協力し合える環境を作ることが大事だと思っていますが、DX化によって、社内にそういった環境を構築できたと感じています」
髙井氏は現在もDX化の手を緩めておらず、RPAを活用したルーティン業務の効率化・自動化を推進しています。今後はAIを導入し、「判断基準」についても標準化することも検討しています。
「将来的には生成AI技術なども活用して、人間が判断を行う業務の補助をしたいと考えています。まずは業務全体を棚卸して、人間の判断業務が入ってくるところは何かを洗い出し、そこを細かく分析するつもりです。製造工程はもちろん、営業や経理など、部署を横断したDXを行っていきたいです」
株式会社マイスター
代表取締役社長
髙井 糧(たかい りょう)
2009年に入社し、品質保証部長、常務を経て、2019年9月に社長へ就任。同社会長の髙井 作は実父にあたる。
©2023 NTTCom Online Marketing Solutions Corporation
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