2025.01.30 (Thu)
ビジネスを成功に導く極意(第74回)
開始1年半で1,000社突破!非ITの老舗製造業が始めたクラウドサービスとは

老舗製造業のバルカー社は、点検業務をデジタル化するクラウドサービスを開始、1年半で約1,000社が利用するサービスに成長させました。その挑戦の裏側に迫ります。
なぜ創業98年の製造業がクラウドサービスを始めたのか?
昭和の時代から日本経済を牽引してきた製造業は現在、岐路に立たされています。高品質な製品を造れば売れる時代は終わり、価格とイノベーションの両面で海外企業の後塵を拝し、さらには労働人口の減少によって、人手不足や技術継承問題も深刻化しています。
中にはDXにより、ビジネススタイルの変革に活路を見出そうとしている製造業も多いかもしれません。しかし、長い間続けてきたビジネスのやり方や思考が足かせとなり、うまく事が運んでいない企業もまた多いことでしょう。
しかしながら、成果を出している企業も存在します。そのひとつが、東京都品川区に本社を構える、株式会社バルカーです。
同社は機械や装置の接合部から液体や気体の漏れを防ぐ「ガスケット」や「パッキン」といった工業用シール製品を開発する企業で、創業98年の歴史を持つ老舗製造業です。2010年代中盤からは従来のハードウェアビジネスからの脱却を図り、デジタル技術を活用した「H(ハード)&S(サービス)企業」への移行を進めてきました。
そして2023年には、企業の設備点検業務をデジタル化し、監視やトラブルの早期発見をリアルタイムで行うクラウド型の設備点検プラットフォーム「MONiPLAT(モニプラット)」をリリース。MONiPLATは日本DX大賞2024のビジネストランスフォーメーション(BX)部門において大賞を受賞し、審査員より「これまでにない設備保全のデジタルプラットフォーム」「無料で利用を開始できるフリーミアムモデルが斬新」と評価されました。
DXによって新たなサービスを作り出した同社ですが、当初は多くの従業員が変革のためにどう動けばよいのかわからず、試行錯誤の日々が続いていたといいます。
バルカー社は長い間続いてきた同社のビジネスをどのように変革し、MONiPLATという新サービスをどうやって作り出したのでしょうか?2021年3月にCDO(チーフ・デジタル・オフィサー)として入社し、MONiPLAT開発のキーパーソンとして指揮を執った現取締役 副社長の中澤剛太氏に話を聞きました。
まずは社内にエンジニア部隊を確保することからスタート
中澤氏はもともと製造業にはまったく縁が無いキャリアを送っており、大学卒業後は財務省の官僚や経済産業大臣秘書官として働いた後、コンサルティングビジネスとFinTechベンチャーの立ち上げに関わっていました。
そんな中、新たなデジタルビジネスの立ち上げを目指していた当時会長の瀧澤利一氏(現代表取締役会長 CEO)から要請を受け、キャリアの対極ともいえる、老舗の製造業であるバルカー社に入社しました。
新ビジネスの立ち上げという使命を持ってバルカーに入社した中澤氏ですが、当時の社内にはデジタル人材はおろかITエンジニアも不在でした。そのため中澤氏は、まずはデジタルエンジニアの確保に着手します。
「デジタルソリューションを事業の柱とするのであれば、内部にエンジニア集団を構えることが第一歩と判断しました。
たとえばソフトウェアを作るにしても、バルカーがこれまで扱ってきたものづくり製品とは大きく違います。ソフトウェアはリリース後、顧客からフィードバックを受け、さらに改善を加えるサイクルを高速回転させながら、機能をマーケットにフィットさせていく必要があります。そのため、開発を外部委託していてはそのサイクルが回せず、絶対にうまくいきません。まず会長CEOにそのことを納得してもらいました」(中澤氏)
製造業は人手不足なのに、保守にここまでの工数をかけているのか!
中澤氏は前職のベンチャーを退職した優秀なエンジニアにコンタクトを取り、最新のデジタルエンジニアとデータサイエンティストを確保することに成功。社内にデジタルチームを組成し、バルカーの新しいデジタルビジネスを、自社の既存事業に近い「保全領域のDX」に設定します。
このとき中澤氏が思い描いていたのは、センサー等を用い、得られたデータをAI等を活用して、工業機器の安心・安全を担保するモニタリングサービスでした。しかし、自社の工場や顧客企業の現場を訪問するうちに、ある問題が中澤氏の目に留まります。
「工場では、ほとんどの設備を保安チームの人が手作業で点検していました。しかも点検結果は、バインダーに挟んだ紙に1項目ずつボールペンで入力し、入力し終わったらデスクに戻ってExcelに入力し直し、それを出力したものを上長のデスクに置き、上長がそれに気付いた時に承認して、場合によっては、さらにその電子ファイルを担当者がメールに添付して本社に送る……というものでした。
製造業は人手不足なのに、保守にここまでの工数をかけているのかと驚きを感じました。同時に、これは“センサー以前の問題”だと気付き、まずは日常的な点検業務を効率化するサービスを開発しなければいけないと感じました」
あえて「無料」で使用できるビジネスモデルにした狙いとは
現場の状況を目の当たりにした中澤氏は、新サービスとして、設備の日常・定期点検(TBM)業務を効率化する設備点検を基本機能とし、その後にセンサーなどを活用したCBM(設備の状態に応じた点検)機能を追加していくというプラットフォームビジネスを構想します。
ビジネスモデルにもこだわりました。日本の製造業の99%以上が中小企業であることから、サービスの導入時に初期費用を求める「買い切り」スタイルではなく、基本機能は誰でも無料で利用できるようにし、一部の機能は有料で提供する、いわゆる「フリーミアム」モデルを採用することにしました。
開発に当たっては、デジタル部隊と他の事業部のメンバーでプロジェクトチームを結成。派遣のエンジニアを除けば“完全内製”で開発を進めていきました。
開発手法も、『完璧に作り上げてからリリースする』という製造業特有のアプローチではなく、『まずは市場に出してからユーザーの声を集め、徐々にその声をサービスに反映し、完璧に近づけていく』という、アジャイル型の開発手法を採用しました。
「スタッフにも意識改革を促しました。開発を進めるにあたり、デジタルチームと事業部がそれぞれ他人行儀にならないよう、思考や発言にも指導を行いました。加えて、お互いのKPIを連動させることで、ワンチームで顧客のニーズを捕らえるサービス開発につなげました」(中澤氏)
スタート1年で1,000ユーザーを突破。課金ユーザーも増加中
MONiPLATの現在ユーザーは1,000社を突破しており(2024月11日時点)、当初想定していた製造業・石油化学業界のみならず、建設や運輸、研究、医療・介護、農業と幅広い業界で利用されています。有料課金ユーザーも着実に増えており、ローンチ後もユーザーの声を反映させる形で機能の実装を続けています。
中澤氏はMONiPLATについて「ベースとなる日常・定期点検の機能はほぼ充足できた」とし、現在はすでに市場に数多く存在する、さまざまな設備に対応したセンサー付きのモニタリングや故障予測のソリューションとAPI連携でつなげていく計画を進めているといいます。
「当社ではほかにも、大規模なプラント定期修理工事や検査に対応した『VALQUA SPM』(バルカー・スマートプラントマネジメント)というクラウドシステムも提供しています。2つのデジタルサービスを通じて、これからも国内製造業の保全業務を効率化させていきます」(中澤氏)
MONiPLATのサービスイメージ
イノベーションをベンチャー任せにしてはいけない
中澤氏はMONiPLATの開発を推し進めた背景には、自身が抱えていた製造業に対する思いがあったといいます。
「私は経済産業省で働いてきたときに大臣秘書官を務めていましたが、当時から製造業は日本の根幹を支える、重要なビジネスであると考えていました。私がバルカーに入社したのも、製造業の活性化に自分の経験や能力を生かしたかったことがあります。
人口減少が進み、製造業の競争力も下がっている状況で、保守・点検をはじめとする非競争領域は効率化し、そのほかの差別化領域にリソースを集中し、世界と戦ってほしい、そんな思いを込めながら開発していました」(中澤氏)
歴史のある製造業では、従来の手法にとらわれるあまり、DXやイノベーションが遅れがちです。しかし中澤氏は、大企業や老舗企業の方が、イノベーションは起こしやすいと断言します。
「イノベーションは、必ずしもベンチャーが生み出すものではありません。サービス品質に対する認知や会社に対する信頼があるので、長期目線で考えられるCEO、経営層さえいれば、むしろ実績のある企業の方がイノベーションを起こしやすいはずです。
それよりも、DXやイノベーションを進める上では、企業全体の意識改革や取り組みが重要です。従来のやり方との違いに戸惑い、変革に慎重になるケースも見受けられますが、少なくとも、組織が相互の利益を目指して協力し合う“協調領域”においては、柔軟な姿勢を持つことが求められます。
日本の製造業には、まだまだやれることがたくさん残っています。MONiPLATは、そんな製造業をはじめとする企業の日々の業務を効率化し、それによって確保できたリソースを、企業間で競い合う“競争領域”に振り分けられるツールです。MONiPLATのようなDXツールを活用することで、かつてのような強い製造業の姿を取り戻して欲しいと願っています」(中澤氏)
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