ビジネスを成功に導く極意(第20回)

美意識の向上が経営力のアップに!?

posted by 平島 聡子

 芸術の秋も深まり、日本各地の美術館や博物館でさまざまな展覧会が行われる季節になりました。芸術鑑賞といえば趣味や教養というイメージが強いですが、実は最近、芸術に触れて「美意識」を高めることは、ビジネスにおける経営力の向上にも役立つといわれ始めています。

 その証拠に、海外では美術系大学院に幹部候補を送り込む企業が増えていたり、ニューヨークの美術館の早朝イベントに参加する顔ぶれが、旅行者や学生から、企業の経営者層などに変わってきていたりといった動きがみられるそうです。

 なぜ今、経営者層が芸術に触れて「美意識」を高めようとしているのか、その理由を「美意識を高めることが、経営の意思決定に直接役立つ時代になってきたから」と説明しているのが、組織開発や人材育成のコンサルタントである山口周氏の著書『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」』です。

 本記事では著書から、美意識の向上が経営の意思決定に役立つ3つの理由について解説します。

もはや論理や理性だけでは競合と差別化ができない

 まず1つ目は、論理的・理性的な思考だけでは、企業が生き残っていけない時代になっているということです。

 少し前までは、経営スキルといえば、論理的思考力や数値分析などが広く知られていました。それは、あいまいで個人的な主観に頼る直感ではなく、数字などの根拠に基づいて導き出された客観的な指標を使って、論理的に意思決定を行うという手法です。

 しかし、論理的に意思決定をするということは、計算式が広く認知されるようになれば、誰でもが同じような結論に至ることを意味します。多くの経営者が理論的に武装した結果、意思決定までも似たり寄ったりの状態になってしまったのです。

 このような手法が当たり前となった市場で、業績の目指す到達点が同じ場合、勝負を分けるのは「より早く」「より安く」それを実現できるかどうかになります。これまでの日本企業は、スピードとコストを磨くことで、この競争に勝ってきました。しかし、アジア諸国などの台頭によって、すでにその優位性は失われています。日本企業は、従来とは違った手法で競合との差別化を図る時期に来ているといえます。

 現在の環境下で必要なのは、論理的に正しい答えを導き最速最安で実現する力ではありません。競争相手とは違うユニークなアイディアを産み出す創造力なのです。ユニークな発想をするためには、感性や美意識を磨くことが必要です。感性が古い、美意識が低ければ、凡庸なアイディアしか生まれてこないでしょう。

美意識が自己実現欲求市場での生き残り術になる

 2つ目の理由は、消費者側の変化です。市場が成熟するにつれて、消費者が商品やサービスを選ぶ判断基準は、「機能」「価格」「デザイン」といった目に見えるものから「これを使っている人だと思われたい」という自己実現の欲求を満たすかどうかに変わっていきます。山口氏の言葉を借りれば、「全てのビジネスがファッション化する」ということです。

 たとえばパソコンが市場に登場したばかりの頃は、記憶容量や処理速度などの機能性が商品を選ぶ際の重要な基準でした。その機能性を早く安く実現すれば商品も売れていました。

 それが時間とともに、メーカー間で横並びの機能になると、今度はデザインや質感などの感性に訴える要素が、消費者が購入する際の重要な選択基準となります。

 次にデザインも一定以上のレベルになると、消費者が商品を選ぶ基準は自己実現へと移ります。それは「この商品を持っていると美意識の高い人だと思われる」という自己実現欲求を満たすかどうかということです。

 たとえば、アップルが自己実現欲求を満たす市場で成功したのは、「スターバックスの店内でMacBookを使って作業している人=格好いい」というような世界観を作り上げ、自分も「そのような人」になりたい、という美意識が高いと思われたい消費者を強力に惹きつけることができたからです。

 このような段階にある成熟した市場においては、消費者の行動を分析するようなアプローチではなく、企業側から「これがクールですよ」と新たな価値観を創造して、消費者にアプローチすることが求められます。その新しい価値観を浸透させるには、裏付けとなるイメージやストーリーが必要です。クールを創造するには、企業に美意識に基づいた高い創造力が備わっていないと実現できません。

グレーゾーンが多いと、美意識が拠り所になる

 3つ目の理由は、企業のコンプライアンス・リスクマネジメントの面でも、美意識が危機管理につながるということです。

 通常コンプライアンスとは「法令遵守」などと訳されます。しかし、最近では社会の変化の速さに法整備が追い付かず、法律違反ではないけれど、商習慣や性善説に照らし合わせるとクリーンではない、というグレーゾーンのようなマーケットや商機が生じることがあります。しかし、グレーゾーンを利用した企業のほとんどは、後日に“不正”や“隠蔽”といったイメージが定着し、その後の経営に大きな損失をもたらします。

 法整備されていない領域で、経営者が意思決定をするときには、数字による利益の追求だけではなく、商習慣や性善説などの善悪に対する美意識が重要となるのです。

 このように、数字の理論だけでは勝てない経営環境、自己実現欲求という消費者の嗜好の変化、法整備が追いつかない社会変化の速さという背景から、経営者が意思決定する際の、拠り所として「美意識」は不可欠な要素となりつつあります。

 美意識は、美術や音楽、文学といった芸術を嗜むことによって、真贋を見極める、善悪の判断、美を理解するという「真・善・美」の判断基準が養われます。これらをヒントとすることが、現代の企業経営に必要と海外の経営者たちは感じており、山口氏も重要と述べているのです。「真・善・美」を見極める目を養うために、この秋は芸術鑑賞を嗜んでみてはどうでしょうか。

【参考文献】
山口 周『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」 』光文社

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平島 聡子

平島 聡子

ヨーロッパ在住ビジネスライター。大企業・ベンチャー双方での就業経験や海外でのビジネス経験を活かし、経営や働き方に焦点を当てたコラムやインタビュー記事の執筆を手掛ける。

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