2021.09.30 (Thu)
ビジネスを成功に導く極意(第48回)
スポーツ分析官が語る、組織が成長するデータ活用術
2012年五輪で、日本女子バレーボール代表チームは28年ぶりのメダル獲得を成し遂げました。その背景には古い指標を“新しい物差し”にアップデートした分析官の活躍がありました。
<目次>
五輪メダル獲得を成し遂げたデータ活用とは
大学時代にExcelでデータ分析ソフトを自作
木村沙織選手の弱点を克服したデータ分析とは
チームはどうすればデータを受け入れるのか
古い指標のまま突き進んではいけない
五輪メダル獲得を成し遂げたデータ活用とは
かつては「東洋の魔女」と呼ばれ、1964年の東京五輪に金メダル、1976年のモントリオール五輪でも金メダルを獲得したチームといえば、女子バレーボールの日本代表です。1980年以降の五輪では、2012年ロンドン五輪の銅メダルを除いてメダルは獲得できていませんが、それでもほとんどの大会で本大会に出場。古豪復活の時を虎視眈々と狙っています。
この2012年のロンドン五輪にて、眞鍋政義監督(当時)がiPadを常に手に持っていた光景を覚えている方もいるかもしれません。このiPadには、事前に準備していた相手国の情報やゲームプランと、各選手の試合中のパフォーマンスを確認できるアプリケーションが組み込まれていました。今でこそスポーツにおけるデータ活用は珍しくありませんが、当時は世界でも最先端でした。
代表チームにデータ活用の仕組みを取り入れた人物が、國學院大學で准教授を務める渡辺啓太氏です。渡辺氏は、ロンドン五輪代表チームにデータ分析の専門スタッフ・アナリストとして参画し、代表チームの28年ぶりのメダル獲得を陰から支えました。
「データを活用した“データバレー”の取り組み自体は、iPad登場以前からありました。しかし2004年に日本でデータバレーの取り組みが始まったころは、1セットが終わったタイミングで試合中のデータをモバイルプリンターから紙で出力し、その紙を持ちながら走って監督に渡すというアナログなもので、イタリアやアメリカなど強豪国にさまざまな面で遅れを取っていました。
それが、世界で初めてiPadでの情報分析システムを導入した頃から、逆にいろいろな国から質問される立場になりました。2012年ロンドン五輪でのメダル獲得は、データバレーの領域でも日本が世界に追いついた象徴的な出来事でした」(渡辺氏)
渡辺氏はなぜ、世界に先駆けてiPadを活用したデータバレーにチャレンジできたのでしょうか? そして、データ分析でチームをより良い方向へ変えるためには、何が必要なのでしょうか? 渡辺氏に話を聞きました。
大学時代にExcelでデータ分析ソフトを自作
そもそも渡辺氏がデータ分析に興味を持ったきっかけは、バレーボール部に所属していた高校時代のこと。国際大会を見に行った際、海外のチームに、ベンチでパソコンを操るスタッフがいることに気づきました。
「データをバレーに活かせないかと考えるようになったのはそのころからです。今でこそスポーツでのデータ活用は当たり前ですが、当時取り組む人は皆無で、独学するしか方法がありませんでした。最初は手書きでスコアシートをつけたり、国際大会を見に行ったときに会場で海外のアナリストの様子を見学したりなど、試行錯誤の連続でした」
渡辺氏が本格的にデータ分析活動に専念するようになったのは、大学のバレーボール部の2年目からのことです。
「Excelの関数やマクロを駆使してデータ分析の仕組みを作り、試合中にベンチで利用していました。当時は『Data Volley』というバレーボールのデータ分析用ソフトが市販されていましたが、高価で入手できなかったため、『Excel版データバレー』を独自に作ったというわけです」(渡辺氏)
当時の全日本女子バレーボールチームは、2000年シドニー五輪の予選敗退という苦い経験があり、データ活用の機運が高まっていたころでした。その中で、当時の代表監督だった柳本晶一監督が、まだほとんど前例のなかったデータバレーを行っていた当時大学3年生の渡辺氏を見出し、2004年に全日本女子バレーボールチームのアナリストに抜擢。その後、2008年に全日本女子チームアナリスト(日本初の代表チーム専属アナリスト)として北京五輪を経験。以降、直近の東京五輪に至るまで代表チームに関わり続けています。
木村沙織選手の弱点を克服したデータ分析とは
渡辺氏は実際のバレーボールの試合において、どのようにデータを活用しているのでしょうか? 1つの例として、試合前に監督やコーチがフォーメーションやスターティングメンバーを決める際の意思決定に使用されるといいます。
「監督やコーチに対して、主観的ではなく、データを根拠に意見を述べるのがアナリストの役目です。選手の直近のパフォーマンスはどうか、相手チームとの相性はどうかといったデータはもちろん、このセッター(トスを上げる役割の選手)であればこのスパイカー(相手のコートにボールを叩きつける「スパイク」を打つ選手)の方が攻撃のバリエーションが多いといった組み合わせも考慮します。そうしたデータをいつでも使えるように整理して備えています」
データは試合中も活用され続けています。バレーのようにスピード感の速いスポーツでは、試合中にいかに適切なタイミングでデータを提示できるか否かが勝負を分けます。
「もちろん試合前に、データを活用して事前にいくつかのプランを練っています。しかし、試合展開によっては、予め準備したことと違うことも当然起こります。それをどう修正するかは監督の腕の見せどころですが、アナリストとしては、監督が行う軌道修正の意思決定を即座にデータでサポートしなければなりません。そのためには“監督の頭の中”のコピーを持っておき、監督がどういうふうに考え何を求められるかを予測することが求められます。意思決定に寄与できるタイミングでデータを出せてこそ、データ活用に意味があります」(渡辺氏)
収集したデータは、試合当日に活用するためだけのものではありません。日ごろの練習にもデータを活用しながら、本番に向けて徹底的に備えているといいます。
「たとえばロンドン五輪代表のエース選手だった木村沙織選手に対しても、コーチがうまくデータを活用した練習を行いました。当時の彼女はメキメキと攻撃力を伸ばしていた頃でしたが、相手チームからは最もサーブレシーブ(相手のサーブを受けて味方にパスするレシーブ)で狙われる選手でもありました。
ここでも、データを用いて対策を行いました。木村選手は1セットで何本サーブレシーブを受け、その内何本成功させればよいのか、相手が木村選手のどういうところを狙っているのかといったデータを出して、それをもとにコーチが木村選手の練習目標を立てます。実際の試合で起きている事実を正確に捉え、具体的な目標値を示すことで、選手の練習における集中度や意識も上がり、試合に備えることができるようになりました」
チームはどうすればデータを受け入れるのか
このようなデータ分析は、いまでこそ代表チームに根付いていますが、渡辺氏が加入した当初は、データ分析の文化は簡単には受け入れられなかったと振り返ります。
「データ分析をチームに根付かせるためには、まず『なぜデータを活用するのか』、『それで何をするのか』という指針を立てて、トップからのメッセージとして共有することが大切です。眞鍋監督は『データの使い方で世界一になる』と、耳にタコができるほど選手に言い続けていました」(渡辺氏)
チームのメンバーが“データに価値がある”と実感するためには、ネガティブや要素を改善する目的だけでなく、ポジティブな要素を目立たせることで意識を変えていくことも1つのポイントといいます。
「たとえば、『あなたのレシーブは世界でもトップレベルだ』とか、『以前より良くなっている』といったことを、データを使いながら説明することがとても大事です。データは事実を示しますが、その事実の使い方次第で選手の成長の助けにも妨げにもなります。選手側も、データを使うことで自分の成長が確認できれば、自然と興味を持つようになります。
小さな成功体験を繰り返すことは、データ分析を組織に根付かせるためには大切です。データを意識して成果が出れば、アナリストとチームの信頼関係はどんどん強力になっていきます」(渡辺氏)
古い指標のまま突き進んではいけない
もっとも、チームや選手を評価する物差しの選び方にも注意が必要であると渡辺氏は言います。渡辺氏は、データで選手を評価する前に、選手評価に用いる指標1つひとつをチェックして、本当が妥当なものであるのかを時間をかけて検討したといいます。
具体的には「アタック決定率」という、バレーボール界では最もポピュラーであった指標を見直し、「アタック効果率」という別の指標を重視することにしたといいます。
「アタック決定率とは、アタックが決まった本数を打数で割った数字です。10本中4本アタックが成功すれば、アタック決定率は40%となります。
一方でアタック効果率は、アタックで発生する失点を加味した“アタックのパフォーマンス”を示す数値となります。先程のように10本中4本アタックが成功したとしても、残りの6本中2本がブロックされて失点した場合、アタック効果率は(4-2)÷10×100で、20%となります。失点のデータまで組み込まれた指標のため、より勝敗との関係性が高くなります。さまざまな指標で評価することも大切なことですが、試合中など多くのデータを確認するのが難しい場面では、勝敗と関係性の高い指標を重視し、シンプルに目標の水準を示したり、チェックしたりすることが大切になってきます」
なぜ渡辺氏は、アタック決定率ではなくアタック効果率を重視するのでしょうか。その背景には、バレーボールが“助け合い”のスポーツであることが影響しています。
「バレーボールで、1人のアタッカーがスパイクを決めている横で、他の選手がジャンプしているのを見たことがあるでしょう。この囮(おとり)の入り方や、相手のブロッカーの引きつけ方を変えるだけでも、結果として『チーム全体の攻撃力』は変わります。私はデータを提供する際、自身(個人)の数字だけを気にするのではなく、常に組織(チーム)の数字が目標を達成しているかどうか、それに自身がどう関われているかという捉え方が大切であると、言い続けています。
古くから使われているものの、今では錆びついてしまい、正しく測れない“物差し”は残念ながら存在します。そういった物差しには別れを告げ、選手のパフォーマンスをより適切に評価できる新しい物差しを追い求めてきました。正しい物差しがあるからこそ、目標を達成するための水準とのギャップがわかり、真に意味をもつ目標値が設定できるわけです」
“錆びついてしまった物差し”は、言い換えれば「経験」「勘」に言い換えられるかもしれません。しかし渡辺氏は、その経験や勘自体は否定せず、誤った仮説のまま進んでしまうことが最も良くないことであると指摘します。
「業界で長く仕事をしている人、経験を積んでいる人は、データの裏付けがなくても、鋭い仮説を立てる力を持っています。しかし、いざデータを分析してみると、その仮説が間違っていることも起こります。そこで大事なことは、仮説が間違っていたことの事実を受け止め、データ分析の結果を吸収することです。
データ分析を推し進めるためには、『人間には、経験や勘、信念による認知の偏りがある』ということを理解することが何よりも重要です。データ分析によって、経験や勘を更新できれば、意思決定にデータをさらに効果的に使えるようになり、個人の力も組織の力もよりアップしていくことでしょう」
渡辺 啓太(わたなべ・けいた)
國學院大學 人間開発学部 健康体育学科 准教授。日本スポーツアナリスト協会 代表理事。
ロンドン五輪で全日本女子バレー28年ぶりの銅メダル獲得に貢献した頭脳役で、バレーボールアナリストのパイオニア的存在。著書に『人はデータでは動かない ─ 心を動かすプレゼン力』(新潮社)など。
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