2024.10.18 (Fri)
理想的な会社の在り方とは(第73回)
人手不足解消につながるか。経産省が進める「ニューロダイバーシティ」の可能性
少子高齢化が進む日本では、将来的な就労人口の維持や競争力強化における環境整備が求められています。問題を解決するために、経済産業省は発達障害や自閉症などの神経疾患と呼ばれるものを個性として捉える「ニューロダイバーシティ」の取り組みを進めています。本記事では、企業がニューロダイバーシティに取り組むメリットや、実際に雇用につなげた企業事例、取り組むために必要なプロセスを説明します。
人手不足だからこそ、多様な人材を活用する「ダイバーシティ経営」が求められる
少子高齢化が進んでいる現在の日本において、どのように働き手を確保するのか、現在も頭を悩ませている人事担当者は多いことでしょう。
こうした人手不足の解決のひとつに、多様な人材を活用することがあります。
経済産業省は「中小企業のためのダイバーシティ経営」という資料の中で、性別や年齢、人種や国籍、障害の有無、キャリアや経験、働き方など、一人ひとりの多様性を活かし、その能力や特性を最大限引き出すことで、企業は持続的に付加価値を生み出し続けることができるといいます。
同省では、こうした多様な人材を活用した経営のあり方を「ダイバーシティ経営」と定義し、人材の多様性が増すことで、生産性の向上や人手不足の解消など、企業の価値創造につながるとしています。
「ニューロダイバーシティ」なら、特別な能力を持つ人材が獲得できる
このダイバーシティ経営のひとつに、「ニューロダイバーシティ」という考え方が存在します。
ニューロダイバーシティとは、Neuro(脳・神経)とDiversity(多様性)という2つの単語を組み合わせたもので、「神経多様性」(Neurodiversity)をあらわす言葉です。脳や神経に由来するさまざまな特性の違いを多様性と捉え、その特性を尊重しながら、社会の中で活かしていく考え方を指します。
具体的には、自閉スペクトラム症、注意欠陥・多動症といった発達障害がある人材を活用し、彼らの「興味関心のある物事に対して高い集中力を発揮する」という傾向を業務に活かすことを指します。
経済産業省の「“ニューロダイバーシティ”の取組可能性にかかる調査結果レポート」という資料によると、発達障害のある人材は、パターン認識や記憶力、数学力といった分野で特殊な能力を持つ可能性があるため、こうした能力が業務に活かされる、データアナリティクスやITサービス開発といったデジタル分野で、高い適性があるといいます。
なぜニューロダイバーシティは効率性が高いのか
同レポートでは、企業がニューロダイバーシティに取り組むことで、主に3つの効果が期待できるとしています。
1つ目は、人材獲得競争の優位性の確保です。発達障害のある人材は、特性によりコミュニケーションが不得意な人もいるため、通常の面接中心の採用方法では、強みや能力が企業に伝わりにくく、不採用になる傾向にあるといいます。
たとえば世界的なIT企業であるマイクロソフト社は、現在は自閉症者雇用プログラムを開始し、発達障害のある人材を積極的に雇用していますが、同プラグラムで獲得した人材の約半分は、過去に同社に応募し不採用になっていたといいます。
2つ目は生産性の向上です。ニューロダイバーシティの発端とされるデンマークの「スペシャリステルネ」という企業では、発達障害のある人材が行う業務において、生産性の向上やエラーの減少といった成果が見られ、後続の企業でも確認されているといいます。アメリカのマネジメント誌「Harvard Business Review」でも、ニューロダイバーシティを採り入れたチームは、そうでないチームに比べて効率性が約30%高いと報じられています。
3つ目は社会的貢献です。たとえばSDGsでは「誰ひとり取り残さない」ことを目標として掲げていますが、この中には発達障害のある人も含まれます。ニューロダイバーシティによって、今まで雇用できなかった人が雇用できるようになることで、社会参加や所得増によるGDPや税収への社会経済インパクトの大きさに加え、SDGsへの貢献も期待できます。
日本企業もニューロダイバーシティを導入している
日本でも、ニューロダイバーシティを導入が徐々に増えています。
たとえば水に関する事業を行う水ing社では、IT業務や事務系業務で発達障害のある人材の採用を推進しています。受け入れにあたっては、就労支援機関と連携して職場定着のための支援計画を策定・共有し、社内外でのサポート体制を整えています。チャットツールの活用やフリーアドレス制など、当事者が働きやすい環境整備も行っているといいます。
ファッションブランド「サザビーリーグ」の子会社であるサザビーリーグHR社では、ITエンジニアの職種にて、発達障害のある人材の採用を推進しています。就労支援機関を通して採用した人材の半数はIT未経験者だったものの、高い集中力を発揮してスキルアップに取り組み、現在では高い専門性を獲得しているといいます。
サポート体制としては、オフィス内に適宜休憩が取れるスペースの設置や、感覚過敏への対応として、イヤーマフ(聴覚保護具)や視覚的な刺激を軽減する眼鏡の使用を許可するなどの取り組みも行われています。
一般的な採用では見逃してしまいがちな人材も、ニューロダイバーシティの考え方を採り入れることで、自社の戦力として迎え入れることが可能になります。人材不足に困っているのであれば、ニューロダイバーシティで人材の多様性を受け入れてみてはいかがでしょうか。
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