少子高齢化に伴う労働人口不足が叫ばれる昨今、従業員が複数のスキルを保有し、さまざまな業務が行えるようになる教育を行う「多能工化」が注目されています。社内に多能工を増員することで、業務効率化はもちろん、市場の変化に対応できる柔軟な組織づくりも期待できます。ここでは多能工化のメリット・デメリットのほか、多能工化を進めるためのポイントや、多能工を育成する際の重要なポイントについて紹介します。
多能工化とは従業員が多様な業務をこなせるように教育すること
多能工は、トヨタ自動車工業で副社長を務めていた大野耐一氏によって考案されたといわれています。多能工で構成された組織は、余裕のある作業員が人手の足りない工程を支援することで、効率を落とさずに作業を進めることができます。つまり多能工化とは、多能工になるべく多様な業務が行えるように教育することを示しています。「必要なときに、必要なものを、必要なだけ生産または調達する方法」とされる、トヨタ生産方式の「ジャストイン生産方式」を実現するポイントのひとつにもなっています。
単能工との違いとは
多能工に対応する言葉が単能工です。単能工とは、ひとりの従業員が単一の業務を行うことです。製造現場の工程は、いつも同じ作業量やスピードで行われるわけではなく、繁閑の差があります。単能工の従業員しか存在しない組織は、ある工程では多忙を極め、別の工程では手待ちが発生する状況が発生します。トヨタ生産方式ではこのような状況を「手待ちのムダ」と呼び、すぐに改善すべき状態として定義しています。
多能工で構成されている組織は、人手の足りない工程に支援人員を送り、スケジュールを遅らせずに作業を進めることができるため、手待ちのムダが発生しにくいという特長があります。
多能工化を推進する4つのメリット
多能工化により多能工を増員することで、さまざまなメリットが期待できます。
メリット1:柔軟性の高い組織づくりができる
複雑かつ短期間で変化する消費者のニーズに合わせた製品を提供し続けるためには、製造現場もニーズにあわせて柔軟に対応する必要があります。単能工で構成された組織は、ニーズの変化にあわせて製造ラインを変更する際、従業員を改めて教育する状況が発生しやすいため、迅速な対応が困難となります。対して多能工で構成された組織は、ニーズの変化に合わせて製造ラインを変更しても、人材配置に困るケースが減少します。
メリット2:業務負担を平準化できる
多能工化が進んだ企業は、それぞれの従業員が幅広い業務を担えるため、繁忙期や不測の事態などで発生する業務の偏りを抑えられ、平準化が期待できます。
業務が平準化された企業は、労働時間の削減や業務負荷の軽減といった成果が出せるようになるため、従業員は育児や介護を両立した働き方が実現しやすくなるなど、働き方改革の推進も期待できます。
メリット3:チームワークの向上につながる
単能工で構成された企業の従業員は、担当業務のみに注力するため、担当外の業務に対する理解は浅くなりがちです。しかし多能工化が進んだ組織は、複数の従業員が多様な業務に関わるため、必然的に視野が広くなります。さらに従業員同士が連携する機会が増えるため、チームワークの向上にもつながります。
メリット4:業務を可視化できる
多能工化を推進するには、やみくもに多様な業務スキルを身につけるように教育するのではなく、どのような業務スキルを教育する必要があるか検討する必要があります。そのためには、業務の手順を整理するほか、誰がどのような業務を行っているのか把握しなければなりません。つまり、業務の可視化が必要となります。
業務を可視化することで、作業が停滞しやすい業務、稼働率が高い傾向にある業務、問題やトラブルが良く発生する業務などが確認できるようになります。
多能工化を推進する際の注意点
次に、多能工化を推進する際に注意したい点を紹介します。
注意点1:多能工の育成に時間がかかる
専門的な知識・経験を必要とする現場では、必然的に多能工を育成するための期間が長くなります。一部の教育はOJTにする、閑散期に教育を行うなど工夫を凝らす必要があります。
注意点2:モチベーションの低下につながることもある
多能工化は経営者にとってメリットが大きい取り組みですが、経営者の都合だけで従業員に多様な業務を任せすぎると、モチベーションの低下につながりかねません。多能工化をめざすにあたり、従業員が希望するキャリアプランに見合った計画になっているか、担当する業務範囲は適切かなど、コミュニケーションを重ねながら推進するべきです。
さらに、習得したスキルや作業実績を評価し、適切な報酬が得られる人事評価制度の最適化も必須です。人事評価制度は定期的に見直し、現場の実態が反映された評価となるようにしましょう。
多能工化を失敗させないためにできること
多能工化の推進は時間やコストが必要となるものの、メリットも大きい取り組みです。ここでは、多能工化を実現するための進め方について紹介します。
業務の洗い出しを行う
まずは、各従業員の業務量や保有スキルを洗い出します。さらにスキルマップなどで可視化し、それぞれのスキルに偏りがないか確認することも重要です。スキルマップは、スキル別に「ひとりではできないが作業を理解している」「時間はかかるが作業をひとりでできる」「作業を理解しておりひとりで実施できる」「作業を熟知し他者に指導できる」などのように複数の段階を設定し、現状を把握します。
育成計画を立てる
洗い出した業務やスキルマップを基に、目標値と現在の状況を踏まえて「いつ」「誰が」「誰に」「何を」「どのように」行うかを明確にした育成計画を立案します。並行して、多能工化の実現に向けたマニュアル作成を行うことも必要です。マニュアルは業務内容や作業工程を図や表で示し、誰もが理解しやすく、すぐに作業ができるように配慮した内容づくりをめざしましょう。
なお育成計画は、適性について従業員本人の意思を確認し、同意を得たうえで進める必要があります。併せて、多能工化の推進目的を従業員に共有することも重要です。今後はさまざまな作業を覚えてもらいたい、色々と協力をしてもらいたいと声をかけることで、意識統一が期待できます。
定期的に振り返りを行う
多能工化の進捗状況について、定期的に振り返りを行いましょう。従業員と上司で1on1などの場を設け、適宜コミュニケーションを取りながら多能工化の定着度を測定します。振り返りの中では、スキルマップなどを参照しながら進捗具合を確認します。
ほかにも、複数の業務を担当することで従業員が負担を感じていないか、体調を崩していないか、モチベーションが低下していないかなど配慮することが大切です。進捗が芳しくない場合は担当を別の従業員に変える、といった判断も必要でしょう。
まとめ
多能工化を推進することで、外的な変化に強いだけでなく、従業員の業務負荷を平準化できるなど、多くのメリットが得られます。しかし多能工を育てるためには時間とコストが必要で、一朝一夕に実現できるものではありません。さらに、多能工化の実現は各従業員のモチベーションに依存する側面も大きく、従業員の目標と企業の目標が一致していないと、実現が難しくなります。
柔軟な組織づくりや業務の平準化のためには多能工化だけでなくICTの活用も有効です。製造業では、生産性の向上と業務の効率化につながるスマートファクトリーが注目されています。詳細は以下をご参照ください。
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