2023.01.30 (Mon)
ICTで製造業はどのように変わるのか(第21回)
トレーサビリティとは? 種類や製造業におけるメリットを解説
トレーサビリティは、製造業をはじめとするさまざまな分野・業種で導入されています。本記事では、トレーサビリティとはどのような考え方なのか、製造業でトレーサビリティを取り入れると、製造者と消費者にそれぞれどのようなメリットや効果が得られるのかを解説します。
トレーサビリティとは
トレーサビリティ(Traceability)とは、「原材料の調達から生産、消費、廃棄まで追跡できること」を指す言葉です。「Trace(追跡)」と「Ability(能力)」を組み合わせた言葉で、直訳すると「追跡可能性」となります。
トレーサビリティの考え方は幅広い業界・業種で導入されていますが、業種ごとに細かな定義や意味は異なります。製造業においては、原材料の調達・加工、販売といった各製造プロセスにおける販売元や仕入れ先を記録し、履歴から追跡できる状態にすることを表します。
トレーサビリティのシステムを構築することで、商品・製品に問題が生じた場合、迅速に解決でき、今後の改善点が明らかになります。つまり、トレーサビリティによって、効率的かつ質の高い生産管理・品質管理を実現できるようになるのです。
トレーサビリティにおける追跡方法には「トレースフォワード」「トレースバック」があります。どちらか片方だけでも実践できますし、両方を組み合わせることも可能です。
トレースフォワードとは
トレースフォワード(Trace Forward)とは、製品が製造されてから消費者の手に届くまでの情報を時系列順に追跡する方法です。川の流れをイメージして、製造者を「上流」、消費者を「下流」とし、製造者から消費者方向に追跡調査をします。
問題のある製品が見つかった場合、製品が製造されてから出荷・販売されるまでの流れを、時間経過に沿って調査を行い、不備が生じた段階を明らかにして、どの原材料、作業内容に問題があったのかを特定します。
トレースバックとは
トレースバック(Trace Back)とは、製品の移動を“遡及”して調査する方法です。トレースフォワードとは反対に、問題が発生した段階(下流)から製造段階(上流)へと遡って追跡が行われます。
問題のある製品が見つかった場合、いつ不備が生じたのかを調査して、関係のある製品と同じロットや番号の商品を特定します。
製造業でトレーサビリティが採用される理由
製造業においてトレーサビリティの考え方を取り入れることで、欠陥品が生じた場合、すぐに対策することが可能になります。
日本では戦前から、製品に番号をつけて管理する「製番管理」「号機管理」という生産管理方法が用いられていました。トレーサビリティという言葉は、2000年代初頭から広く使われるようになりました。この時期、世界では牛が感染するBSE(牛海綿状脳症)という病気が流行しており、政府はこれを受けて、2003年に「牛トレーサビリティ法」を制定しました。同法では、製番管理のように牛に個体識別番号をつけて一元管理することを義務づけており、各プロセスで番号を伝達することで、消費者も情報を得ることが可能になりました。トレーサビリティの考え方やシステムが普及したきっかけは、牛の伝染病だったのです。
製造業におけるトレーサビリティは、リコールを行う際にも有効です。リコールとは、欠陥が見つかった製品を回収し、修理することです。2021年には消費生活用製品安全法が改正され、自動車だけでなく生活用製品にもリコールが義務づけられています。
リコールを行うにあたっては、欠陥の原因や対象となる製品を特定する必要があります。速やかに問題を解決できなければ損害規模も拡大し、消費者や取引先からの信用を失うことになります。そんな時に、トレーサビリティが導入されていれば、消費者と製造者の両方を守ることが可能になります。
製造業でトレーサビリティを導入するメリット
製造業では、トレーサビリティの導入によってさまざまなメリットを得られます。その具体的な例として、「リスクマネジメントの強化」、「歩留まりの改善」、「品質意識や企業イメージの向上」という3つの観点から解説します。
リスクマネジメントの強化
トレーサビリティの導入によって、リスクマネジメントが強化されます。
製品・商品に不具合や欠陥が生じた場合、企業は速やかに原因を究明し、被害や影響を最小限に抑える必要があります。原因究明が遅れると、製品への不信感につながり、売り上げが落ち込む可能性が高くなります。
しかし、トレーサビリティを導入していれば、各製造プロセスにおけるさまざまな情報・記録が蓄積されているため、これらの情報をたどって原因を特定し、早期解決が可能です。消費者向けの情報開示も可能になり、企業における経済的損失も低減できます。
スピーディーに問題を解決することによって、製品の回収にかかる費用や労力も削減できます。さらに問題が発生した場合の対応をマニュアル化すれば、より迅速な対応を取ることも可能です。
歩留まりの改善
トレーサビリティによって、「歩留まり」の改善が期待できます。歩留まりとは、製品全体数から欠陥品を除いた製品の割合で、歩留まりが高くなると出荷できる製品が多くなり、歩留まりが低くなる=欠陥品が多くなるため、出荷できる製品が少なくなります。
製品の製造プロセスでは、一定の割合で欠陥品・不良品が生じます。完成した製品に欠陥が見つかれば、回収・廃棄せざるを得ず、歩留まりが低くなります。歩留まりが低いほど、原材料や製造プロセスにおけるロスが大きくなるので、コストがかさみます。歩留まりは企業の技術力を示す目安でもあり、歩留まりの向上は重要です。
トレーサビリティによって、欠陥品・不良品の情報が蓄積されれば、製造段階における問題点が浮かび上がります。どの製造工程においてどういう問題が発生しているのかを解明することで、検査・製造プロセスが改善でき、歩留まりが向上します。
品質意識の向上
製品に欠陥が生じた場合、製造プロセスにおいて、どの段階でどんな問題が発生し、製品に欠陥が生じたのかがわからなければ、責任の所在も問えません。改善にも時間がかかるうえ、現場の意識や責任感は低くなるでしょう。低い品質意識は現場のモチベーションを低下させ、新たな問題・事故につながる恐れがあります。企業の競争力も低下する恐れがあります。
そこでトレーサビリティを導入することで、いつどこでどのような作業を行ったことで欠陥・不良が生じたのか、その原因を突き止めることが可能です。製造方法や検査方法をどう改善すれば問題発生のリスクを減らせるのかが検討でき、対策が講じられます。
トレーサビリティによって、製造工程における責任の所在が明らかになることで、製造プロセスの担当者には「欠陥・不良を生じさせない」「高品質の製品をつくる」という意識が高められるでしょう。
企業イメージや顧客満足度の向上
消費者からの信頼や安心は、ブランドや企業イメージの形成に多大な影響を与えます。もし製品に不良品があった場合も、トレーサビリティによって問題がある製造プロセスを明らかにし、欠陥品・不良品の回収と正規品への交換を速やかに行うことで、消費者に向けて「安全な製品を提供する企業」というアピールになり、消費者が企業に対して抱く信用・信頼を保つことが可能になります。
たとえ不良品が発生していなくても、トレーサビリティによって製造元や原材料の仕入れ先、製品の製造・検査方法を事前に開示することで、消費者に対し製品の安全性をアピールし、企業の誠実な姿勢を伝えることもできます。消費者の顧客満足度も高くなるはずです。
トレーサビリティの種類
トレーサビリティは、大きく「チェーントレーサビリティ」と「内部トレーサビリティ」の2つに分けられます。ここまでのトレーサビリティについての説明は、おもにチェーントレーサビリティに関するものです。ここでは、それぞれの定義について解説します。
チェーントレーサビリティ
チェーントレーサビリティとは、原材料の調達から流通・販売までの各プロセスにおいて、製品がどう移動したかを把握・追跡する仕組みのことです。トレーサビリティという言葉が使われる場合、一般的にはチェーントレーサビリティを指します。
チェーントレーサビリティは、製造者側に商品に問題が発生した場合にすぐに回収できるというメリットをもたらします。問題の原因を明らかにし、再発防止にもつなげることが可能になります。消費者側も、商品がどこでどのように製造されたかを知ることができ、問題が発生してもメーカー側から速やかな対応が受けられます。
チェーントレーサビリティを追跡するためには、複数の企業間の連携・情報共有が不可欠です。たとえひとつの商品でも、複数の取引先や卸先が関係する場合もあるため、企業間で共通するルール・基準を設定する必要があります。
内部トレーサビリティ
内部トレーサビリティとは、特定の製造プロセスや施設に限定したトレーサビリティです。ひとつの工場、もしくは企業に限って、製品・部品の情報を追跡します。対象となるのは、製品の原材料の入荷や加工方法、品質検査の内容や結果、製品の管理方法や出荷状況などです。
製造業においては、部品・製品につけた識別番号をバーコードリーダーで読み取れるようにする取り組みがあります。ある製造プロセスで記録した作業や検査の内容、日時を、その次のプロセスで読み取ったうえで、次の製造プロセスを開始します。
電化製品では、製造プロセスに加えて、納品先も調査・追跡を行います。何度も使用する工具にも、内部トレーサビリティは適用されます。工具に識別番号をつけ、保管場所の情報を登録すれば、誰が工具を使用したのかといった情報、使用回数やメンテナンスをした日時までわかります。摩耗の度合いや廃棄すべき時期も明らかになるため、工具の品質確保に役立つでしょう。
内部トレーサビリティは、チェーントレーサビリティよりも対象範囲が限定されるため、各企業や工場ごとにカスタマイズされた、複雑な追跡が可能です。複数の拠点・企業間の移動を追跡する必要がなく、ひとつの施設内で追跡が終了するため、導入における難易度も低い傾向にあります。
まとめ
トレーサビリティを実現することで、製造者、消費者のどちらにもメリットが生じますが、導入にあたっては管理システムの構築が不可欠となります。大量の製品データを人力で管理するのは限界があり、デジタルの活用が必須といえます。
トレーサビリティのデータをデジタルで管理すれば、問題が起こった製品の検索も簡単です。各部門の情報を連携することで、製品番号を検索するだけで、製造工場や製造日時が判明できるようになります。
NTT東日本は、デジタル技術やセキュアなインフラ環境構築を通じて、製造業のスマートファクトリー化をサポートしています。生産状況や生産工程のモニタリングなど、デジタルの面からトレーサビリティの実施が可能になります。トレーサビリティの向上に取り組む際には、ぜひ以下のページも合わせてご覧ください。
製造業のスマートファクトリー化をデジタル技術から支援
日本の製造業は人材不足や老朽化した生産設備の維持、技能継承など、さまざまな問題を抱えており、これらに対応するため、生産性の向上が喫緊の課題となっています。NTT東日本は、「デジタル技術」と「セキュアなインフラ環境」によって、工場のデジタル化(スマートファクトリー化)をご支援。製造業の生産性向上をサポートします。
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