電力、原子力、鉄道、ネットワークインフラなどを手がける総合電機メーカーの日立製作所は、日立鉱山の一部門として1910年に創業されました。
その後、日立は日本最大規模の総合電機メーカーとして発展するも、リーマンショックが起きた2008年度には、7,873億円という赤字を出しました。しかし、2009年度に行った改革により、2010年度にはバブル期以来の純利益を生み出すというV字回復に成功します。また2013年度には、創業以来最高額となる営業利益5,328億円を計上しました。
2008年に日立が危機的状況へ陥った要因としては、リーマンショックの影響で、国内市場にコスト削減の動きが出て、設備投資などの買い控えが起こったことと、グローバル化により海外市場での競合争いが激化し、劣勢となったことなどがあげられます。
そのような危機的状況で、日立はいかにして業績を回復することができたのでしょうか。V字復活の立役者である、当時の日立製作所取締役・代表執行役会長兼執行役社長 川村隆氏の著書『ザ・ラストマン 日立グループのV字回復を導いた「やりぬく力」』をもとに、その道のりを紐解きます。
日立をV字回復させた3つの施策
日立が劇的な回復を果たしたポイントとしては、赤字部門から撤退または縮小し、利益を生み出す事業に注力したことにあります。利益を生み出す事業とは、世界の中で1~2位を争える分野のことです。社会インフラ事業などの総合電機メーカーである日立ならではの強みが生かせるものや、市場全体は縮小傾向にあっても、最後には日立だけが残存者利益を見込めるものなどになります。
そのような視点をベースに、日立がV字回復を果たすために行った取り組みとしては、重要事項はトップダウンで行う、社内カンパニー制、上場しているグループ会社を子会社化などでした。
重要事項のトップダウンとは、2009年4月に川村隆氏が社長兼会長に就任した際に変更した、意思決定体制の仕組みのことです。緊急性のある事項に関しては、社長兼会長と5人の副社長の計6人だけで、100日間という期限を区切って、意思決定するように変更しました。これにより決定までの時間が短縮され、被害を最小限に食い止めることができました。川村氏はスピードがなければ被害は大きくなると考えていたからです。
社内カンパニー制とは、事業内容によって、本社を6つの組織(カンパニー)に分けたことです。各カンパニーは、普通の会社と同じレベルで財務状況などの経営管理を行います。導入以前は、ある事業の収益が悪化しても、総合電機メーカーゆえに全社規模の収益がプラスとなっていると、それが目立たない傾向がありました。しかし、この制度により財務状況も独自管理となると、全社という隠れ蓑がなくなります。またカンパニーの裁量に任される部分が多くなり、自然とカンパニー間で競争意識が芽生え、隠れ蓑に安穏とする気質は弱まりました。
最後にある、上場しているグループ会社を完全子会社化したのは、各子会社に流れていた利益を、本社へ取り込むことが目的でした。グループ会社ならば、本社以外の株主も存在します。本社の意向を組んで、業績を子会社があげても、利益はそれらの本社以外の株主にも流れることになります。川村氏はこれを「顕在化していない赤字」と捉えて、株式の買い取りによる完全子会社化によって、本社の利益を増やしたのです。
しがらみのない改革を断行させたもの
これらの施策で劇的な復活を果たした日立ですが、リーマンショック以前にも危機的状態に陥る予兆はありました。1990年代のバブル崩壊後から、営業利益率がなかなか伸びないという実態があったのです。しかし当時の取締役たちは、社内にあるしがらみなどを意識し、抜本的な対策がなかなか打てなかったそうです。
なぜ2009年にはしがらみと無縁だったのでしょうか。重要事項を決定する社長兼会長と副社長による6人のメンバーの多くは、グループ会社の会長・社長職に就いた経験があり、本社外からの目線で、しがらみを考慮せずに問題点を見つめることができました。だから、情よりも理を優先し、痛みを伴う改革を断行できたのです。
2009年の経験によって日立製作所は、外部からの目の重要性に気付きます。それを具体化したものが、社外取締役の数です。2015年6月時点で、社外取締役は社内取締役の倍の人数(8人)います。そのうち、外国人が4人、女性が2人という構成です。会社内にいると、しがらみから身内には甘くなりがちですが、第三者、特に外国人が加わることで本音の意見を聞くことができ、会社についてシビアに考えることが可能になるのかもしれません。
また川村氏は、存続の危機などの非常時を除き、会社は現状維持を望む傾向にありますが、平時こそ構造改革の意識が必要だ、と著書で述べています。
平時の意識として必要なのは、日頃から財務諸表などのデータを読んで、事業の撤退・縮小の見極めや対策を行うこと、現場からの情報を素早く耳に入れ、他社よりも早く行動して、ビジネスチャンスにつなげていくことなどです。
「最後の責任は自分がとる」ラストマン精神を
このような会社の業績の回復や成長には、著書のタイトルにあるように、最後の責任は自分がとるという「ラストマン」精神を、経営者のみならず、社員1人1人が持つことが重要としています。
このラストマン精神は、かつて配属されていた工場の工場長の言葉と、自らが乗り合わせた飛行機がハイジャックされたときに、同乗していた非番のパイロットがとったマニュアルにとらわれない行動から、川村氏は学んだと述べています。
社員にラストマンである当事者意識を芽生えさせるためには、経営者が社員に直接会う機会を作る、イントラネットなどの組織内のプライベートネットワークで、自らの思いや戦略を繰り返し伝えていく、社長表彰を行うなど社員のモチベーションをアップさせることなどが重要と川村氏は書いています。そのことで、社員が他人ごとではなく、自らの力で会社や社会を良くしていこうという意識が高まるようになるそうです。
ラストマン精神により回復を遂げた日立は、社会イノベーションを目標とした企業へと意識変革をしました。自分が責任を取るということが全社に浸透したことで、日立製作所は窮地を脱したのです。
※掲載している情報は、記事執筆時点(2018年2月25日)のものです。
【参考書籍】
川村隆 「ザ・ラストマン 日立グループのV字回復を導いた「やりぬく力」」角川書店
川村隆 「100年企業の改革 私と日立 私の履歴書」日本経済新聞出版社
小板橋太郎 「日立製作所川村改革の2000日 異端児たちの決断」日経BP社
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