2014年に映画『ハリー・ポッター』の世界を再現したアトラクションのオープンから、3年連続で来場者数を伸ばし続けるのが、大阪のテーマパーク、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(以下USJ)です。また2015年10月には、単月で初めて東京ディズニーランドの入場者数を超えたことも話題となりました。さらに、その3年間で一般的には来場者減の要因といわれる入場料値上げも行なっています。
USJは開業以来、右肩上がりで成長してきたわけではありません。2001年の開業こそ華々しかったのですが、2年目は火薬の不正使用や期限切れ食材の使用といった不祥事により、来場者数が急落。その後も来場者数は低迷を続け、2009年には東証マザーズへの上場が、2年半で廃止となる事態に追い込まれます。そのような事態から、 USJはどのような施策でV字回復を成し遂げたのでしょうか。
「映画ファンだけのテーマパーク」から脱却するも
開業当初のUSJは「映画のテーマパーク」としてハリウッド映画の世界観を楽しめる施設でした。しかしテーマを映画に限定したため、客層の幅が狭く、ピンポイントに映画ファンのみという状況でした。また映画は、作品数を重ねたシリーズ物の大ヒット作でないと、3~4年もすれば人気は風化します。
そこでUSJは「映画の専門店」から「世界最高のエンターテイメントを集めたセレクトショップ」へと転換。ハリウッド映画中心から、日本のアニメやゲームといったさまざまなジャンルの人気シリーズやキャラクターを投入しました。
2004年以降、USJは「ハローキティ」や、夜の電飾パレード「マジカル・スターライト・パレード」などを次々と導入します。しかし、それでも来場者の減少には歯止めがかからなかったのです。
CEOが招いたマーケターによって来場者が増加
来場者減少が続くなかで、2010年にUSJのCEOであるグレン・ガンペル氏は、P&Gなどでマーケティングを担当していた森岡毅氏を引き抜きます。そしてグレン氏から再建を託された森岡氏は、マーケティングという視点から改革に乗り出します。
森岡氏が入社した2010年はUSJにとって開業10周年というアニバーサリーイヤーでした。しかし3月に東日本大震災が発生したため日本は自粛ムードに包まれており、レジャーへの客足が鈍っていました。
そこで森岡氏は、関西の子供を無料で招待する「スマイル・キッズ・フリー」を実施。その実施には、当時の大阪府知事だった橋下徹氏の協力を取り付けたことにより、話題となりました。翌年には、数年前から開催していたアニメ『ワンピース』のショーをテレビCMなどで積極的にプロモーションすることなどで、世間のUSJに対する認識を、「映画の専門店」から「世界最高のエンターテイメントを集めたセレクトショップ」へと切り替えさせます。
また2012年にはファミリー層をターゲットとした「ユニバーサル・ワンダーランド」をオープン。USJはリアルやスリルを追求する大人向けのアトラクションが充実していた反面、ファミリー層が楽しめるものは少なかったのです。これにより、客層の幅をファミリー層までに拡大。また『ワンピース』などの根強いファンがいるショーを定期的に開催することで、そのファンをUSJのリピーターへと変換していきました。
そして2014年、関西だけでなく外国人観光客を取り込むコンテンツとして、映画『ハリー・ポッター』シリーズの世界観を再現したアトラクション「ウィザーディング・ワールド・オブ・ハリー・ポッター」をオープン。
それらによって年間来場者数は毎年100万人ずつ回復し、2014年度には、それまでの最高だった開業初年度の1,100万人を超える1,270万人を記録しました。その後も、テーマパーク経営にとって重要な来場者が年々増えていくというV字回復を達成したのです。
企業の視点を「消費者価値」へとシフト
アトラクションやイベントを制作する現場では、全員が「ゲストを喜ばせるために面白いものを作ろう」と、さまざまな企画を考えています。しかし「喜ぶもの」が消費者と企業で、一致しているとは限りません。多くの場合は、企業の価値観が先行したり、自社の実行能力を優先したものへすり替えられて乖離してしまうことも少なくありません。
その点で森岡氏は「どれだけ消費者の価値につながるのか」という視点がマーケティング戦略では重要としています。逆に「企業側のどんな事情も善意も、消費者価値につながらない(伝わらない)のであれば一切意味がない」と言い切っています。
森岡氏はUSJに入社して園内を観察したところ、アトラクションのクオリティーは高いのに来場者が増えない理由が、消費者価値と違う方向に進んでいることに気が付きました。そこで、各部署に消費者価値がどこにあるかを考えるように徹底します。
たとえば、新しいアトラクションやイベントを企画する際には、そのコンテンツやブランドのファン層が魅力と捉えている内容を検証する、ファン層に新企画の価値を認知してもらうプロモーションを仕掛けるというように変化します。
その視点に基づいた結果、2010年以前は30%程度だったアトラクションやイベント導入などの新プロジェクトの成功確率が、97%という飛躍的な改善を見せたのです。
マーケティングの力で企業は劇的に変わる
森岡氏はマーケティングを「消費者理解の専門家」と表現しています。専門家として、消費者価値が最大化する着眼点に気付かせ、そこへ経営資源を集中させることで「売れる仕組み」が作れるのがマーケティングの仕事と語っています。
USJにはクオリティーの高いアトラクションを制作する技術力は、森岡氏が入社する以前から持っていたとしています。技術力を持っている企業に、マーケティングという戦略を持ち込めば、業績回復は必ずできるとも述べています。
日本では、技術力がある企業という言葉はよく耳にしますが、マーケティングに長けている企業というのは馴染みが少ないです。森岡氏が述べているように、技術力が消費者視点と乖離していては、売れる仕組みにはなりません。USJのように自社に「消費者視点」があるかを問いただしてみることが、今後の経営戦略では重要ではないでしょうか。
※掲載している情報は、記事執筆時点(2017年10月26日)のものです。
【参考書籍】
森岡毅『USJを劇的に変えた、たった1つの考え方』(角川書店)
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