優秀な人材を離職させないことは、企業にとって重要な課題です。この課題へ取り組み、10年以上離職率がほぼゼロを実現している企業が、日本レーザーです。同社がこの課題に取り組む前は、赤字続きで倒産寸前の業績でした。
その赤字続きから23年間連続黒字までに回復させたのが、倒産寸前の時期に社長就任した近藤宣之氏です。同氏の離職率ゼロと黒字回復を両立させた経営理念や、人材の流出を防げた理由について取り上げます。
倒産寸前から4年で累積赤字を一掃した経営理念とは
日本レーザーは、レーザー機器や光学機器の輸入を行う専門商社です。電子顕微鏡などの理化学計測機器メーカーである日本電子の子会社として、1968年に設立されました。
レーザー機器専門商社の草分けであった日本レーザーは、バブル崩壊以降、業績が下降の一途を辿ります。1993年になると、経営環境の変化や当時の経営者の誤った経営判断により債務超過に陥りました。主要な取引銀行から融資を断られ、倒産寸前まで追い込まれます。
一部上場企業が親会社であるにも関わらず、銀行から融資を断られるという厳しい状況の中、日本電子から出向したのが近藤宣之氏です。同氏は、日本電子で労働組合執行委員長や、社員1,000人のリストラ、アメリカ法人を再建させた経歴を買われて、1994年に日本レーザーの5代目社長に就任します。
創業時から日本レーザーの歴代社長は、親会社から出向されていました。近藤氏の前に就任していた社長たちは、親会社の役員と兼務や、海外取引経験の少なさ、経営マネジメントに不慣れなどの理由で、日本レーザーの経営は安定していませんでした。同時に社員は不明確な人事待遇などに不満を抱えていました。近藤氏は、それらの問題に対応できる経験が豊富ということもあっての人選です。
社長に就任した近藤氏は、まず社員へ経営方針を打ち出します。それは人事評価を能力・業績主義を主としながらも、社員を「大切」にする理念主義を組み合わせるというものです。
もともと専門商社である日本レーザーの人事評価は、メーカーである親会社の制度をそのまま使っていました。しかしメーカーと商社では業務内容が違うため、日本レーザーの人事評価は成績と給与が比例していないことという問題点がありました。そこで近藤氏は、インセンティブ制度をベースとした独自の人事評価システムを作ります。
インセンティブ制度の導入は能力・業績主義にあたりますが、理念主義に掲げたのが「リストラをしない」と「完全フェアな人事評価」です。リストラは人件費が抑えられるので、手っ取り早く赤字を減らすためには有効な手段です。しかし、リストラは業績の向上につながりません。
日本電子時代の社員1,000人のリストラや、アメリカ法人の再建から得た経験を通じて、近藤氏には、社員一人ひとりの成長がなければ会社の業績は回復しないという考えを抱いていました。そこでインセンティブ制度の評価基準を社員に明示・説明し、フェアな人事評価を浸透させたのです。
近藤氏は「会社は社員が自己実現(成長)するための舞台である」と考えています。会社は社員が成長するための、仕事という「場」を提供することが最大の使命であり、その場を台無しにする赤字は「経営者にとって犯罪的行為だ」と断じています。そのため近藤氏は理念主義の経営方針として、「リストラをしない」と「赤字にしない」を社員に対して約束したのです。
この経営方針は社員たちにモチベーションを呼び起こしました。それにより日本レーザーは近藤氏が就任した初年度から単年度で黒字に転じます。そして社員たちは評価を上げるべく努力を惜しまなかった結果、累積赤字や不良債権、不良在庫を4年で一掃し、完全なる再建を果たしたのです。
優秀な人材をつなぎとめた3つの理由とは
日本レーザーは直近の10年で、離職率をほほゼロに抑えています。つまり優秀な人材を引き止め続けてきたということです。その10年には、他社からヘッドハンティングのオファーを受けた社員もいたとのこと。
社員が離職しないのは、同社に3つの理由があるからだと近藤氏は言います。それは社員が「言いたいことが何でも言える明るい風土」「会社から大事にされているという社員の実感」「会社は自分のものだという社員の当事者意識」の3つです。
社員が会社に求めているものでいちばん大切なものは、言いたいことが言える「社内風土」と近藤氏は考えています。社員の仕事に対するモチベーションを高めるには、社長や上司が対話を通じて社員一人ひとりと向き合うことが重要です。相談をしても片手間の対応では、社員のモチベーションは上がりません。
日本レーザーには「今週の気づき」という名前の仕組みがあります。全社員が週末までに、自分の上司へ、どのようなトラブルが発生し対処したか、もしくはこれからの対処について報告するものです。受け取った上司はフィードバックを返信する決まりになっています。このやり取りを続けることで、上司と部下の間にはお互いへの信頼や連帯が生まれます。部下は上司(他人)の意見に耳を傾けることで、成長できたことを実感し、業績で応えようというモチベーションが生まれます。
また、明確でフェアな人事評価システムも、会社が社員をきちんと見ている証拠です。フェアなシステムで評価されると、社員は「会社から大事にされている」と実感し、その評価をさらに高めたいというモチベーションが生まれます。
「言いたいことが何でも言える明るい風土」と「会社から大事にされているという社員の実感」は、信頼や連帯感を社員に生みます。すると、勤めている会社の問題や課題を自分事化として捉えるようになります。つまり、「会社は自分のものだという社員の当事者意識」という状態になるわけです。当事者意識を持つようになれば、離職という選択肢に目を向けることも少なくなります。
社員を大切にする姿勢が業績回復に繋がった
近藤氏は、社員に目を向けることで倒産寸前だった日本レーザーの業績を回復させ、離職率ゼロの記録を伸ばしています。近藤氏は日本レーザーの社長に就任してからは、社員の成長が業績回復につながると考えていました。そのためには社員の仕事に対するモチベーションを高めなくてはという視点で経営方針を打ち出したのです。
近藤氏は社長に就任して2年目で、累積赤字などの一掃へ着手する前に、親会社である日本電子の取締役を辞職しました。それは自分が日本レーザーに骨を埋める気持ちがあることを示さないと、社員にはモチベーションが生まれないと思っての行動です。そのことを社員たちにも伝え、社員とともに頑張るという自分の気持ちも伝えました。
近藤氏の「すべては社員のために」という経営信念と行動が、日本レーザーの業績を回復させたといえます。
【関連記事】
http://diamond.jp/articles/-/125000
http://corp.en-japan.com/success/3529.html
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