今年のセ・リーグは、広島カープが優勝しました。5月に首位に立つと、徐々に他チームを引き離し、優勝時点で2位に10ゲーム以上差を付けるほど、圧倒的な強さを見せつけました。
カープが好調な背景には「選手育成」が挙げられます。昨年、21億円のメジャーリーグのオファーを断り、古巣広島カープに復帰した黒田投手の“男気”は、育成を重視する球団と、選手を支え続けたファンに対するロイヤルティ(忠誠心)の現れです。
今季、圧倒的な強さを見せた広島カープの球団運営を、企業経営になぞり解説します。
「育成重視」スター選手の獲得より、若手選手をいちから育てる
球団独自の理念や工夫を取り入れた広島カープの選手育成方法は、ビジネスにおける人材育成の比喩としてたびたび取り上げられています。以下に、広島カープの特徴的な育成術を2つ紹介します。
(1) 堅実な人材補充
カープの選手補充には、オリジナルの選手表が使用されます。これは、どのポジションに、どの年代の選手を取るべきかが一目でわかる、広島カープ独自のガイドラインです。この指標を軸に、今、あるいは今後必要になるポジションと条件に見合った選手に焦点を絞り人材を獲得します。
他球団の多くは、世間の注目を集めるスター選手の獲得に尽力しますが、カープの場合、ポジションの需要がなければ無理な獲得は行いません。長期ビジョンに沿った人材補充が現在の好成績を証明しています。
(2) 徹底した若手育成
カープに入団する若手の多くは、注目度があまり高くない、どちらかといえば無名の選手です。高額報酬より“人との絆“を選び古巣カープに復帰した黒田投手も、もともとはその一人で、高校時代は甲子園のマウンドを一度も踏むことのなかった控え投手でした。「育成に対する球団の厳しい姿勢がなければとっくに野球をやめていた」と自身の著書で語っています。
人材は企業経営の要の一つ。近年のグローバル化やベンチャー企業の台頭により、一般的には人材育成よりも即戦力が重宝される傾向にあります。しかし、優良企業の多くは、人材育成をおろそかにはしません。
例えば、働きがいのある企業ランキングで3年連続1位に輝くP&G社のオフィシャルサイトでは、自社を“トレーニングカンパニー”と称し、その社員育成への取り組みが、同社の高い評価へとつながっています。
利益なくして経営はなりたたない。「顧客満足」で収益力アップ
広島カープは、集客力の高さも特徴です。本拠地「マツダスタジアム」の収容人数は3万3千人ですが、休日はもちろん平日でも毎試合2~3万人台と、満員に近い動員をキープしています。
なぜここまで高い動員を保てるのでしょうか。その要因のひとつに、2009年に新設されたマツダスタジアムの存在が考えられます。
アメリカ・メジャーリーグの球場を参考に作られたこの球場は、野球観戦をしながらバーベキューを楽しめる「びっくりテラス」、自宅でくつろぐように寝そべって観戦できる「寝ソベリア」など、“球場そのものを楽しめる“さまざまな趣向がほどこされ、リピート率を高めています。
広島カープの集客力はマツダスタジアムだけではありません。神宮球場や横浜スタジアムといった本拠地以外の試合にもファンが押し寄せ、観客席の半分を、広島カープのメインカラーである「赤」に染めています。
この“赤”にもファンを引き付ける魅力があるかもしれません。というのも、プロ野球12球団の多くが青系を使用する中で、赤を球団色として使っているのは広島カープだけです。つまりブランドカラーによる差別化が明確にできているのです。
球団の特徴である「育成」も、集客力と顧客満足に影響しています。若手選手の成長を見守り続けたファンには“共に育て上げた”という共有感が生まれ、長きにわたり支持してくれます。
顧客満足といえば、最近スターバックスが1位の座をライバル企業であるドトールに明け渡しました。スターバックスの顧客満足の低下の理由は、当社のコンセプトである「空間づくり」に他社が追い付いたことが一因します。つまり、ゆったりと座れるソファーや、Wi-Fi接続サービスを競合他社も導入したことにより、ブランドの差別化がはかれなくなったのです。また店舗の拡大は店員の人選、教育を低下させ、ホスピタリティに不満の声があがっています。顧客満足は常に工夫と誠意ある対応が必要であることが認識できる事例ではないでしょうか。
コスト効果の高い経営戦略が「黒字経営」を担う
ところで広島カープは「貧乏球団」と揶揄されることも多いチームですが、そんなイメージと相反して、約40年間黒字経営を続ける優良球団でもあります。
2016年の日本プロ野球選手会平均年棒を見ると、1位はソフトバンクの6,960万円、続いて2位は巨人の5,787万円です。どちらの球団も毎年優勝や上位に位置する強豪チームであり、資金力と順位の比例が垣間見えます。しかし、ここ数年Aクラスに入り、今年は優勝候補に上がる広島カープの平均年棒は3,111万円、上位2球団の約半額です。つまりコスト効果の高い球団運営が行われているのです。
広島カープは親会社を持たない独立採算制企業、資金援助は行われません。つまり、資金を調達できないことで経営をひきしめ、決められた予算で最大の成果を出す工夫を実践してきた球団なのです。
そのひとつに、12球団で唯一、広島カープがFA(フリーエージェント)制度で大物選手を高額獲得しないことが挙げられます。一方、財力ある球団として有名な巨人軍はその資金力でFAによる大物選手を次々獲得します。カープの方針が「育成」なら、巨人は「即戦力」を重視した人事運営です。しかし、ベテランを揃えることで若手の活躍の場が断たれ、若手が育たない悪循環も生まれています。
広島カープを企業経営に投影すると、計画性をもった人員の補充と育成、顧客満足のための努力と工夫、費用を厳しく管理する経営方針の3点をクリアした優良企業、であるということがいえるかもしれません。
とはいえ、カープが現時点で手にしたのはリーグ優勝のみ。これからクライマックスシリーズ、日本シリーズと、さらなる頂点を目指す試合が続きます。広島カープは、今までコツコツ積み上げてきた努力を、日本シリーズ優勝という最高の形で結ぶことはできるのでしょうか。
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