墨汁(墨滴)やサインペン、筆ペンなどヒット商品を持つ書道・筆記用具メーカーの呉竹は、明治時代に製墨業として設立された企業です。特に筆ペンでは全国トップクラスのシェアを誇ります。
呉竹は長い社歴の中で、さまざまな障害に直面しながらも事業を継続してきました。そして近年は日本の書道市場の縮小から将来の模索を行なっています。その1つとして日本の書道で培った技術を活用した商品のグローバル展開があり、今海外市場で熱い注目を浴びています。今回は、呉竹が新たな市場で成功した戦略を紹介します。
流行に流されるのではなく、時代に寄り添う事業展開
呉竹の創業は、1902(明治35)年に奈良県で創業者である綿谷奈良吉氏が農業の傍らで墨造りを家業としたことでした。第2次世界大戦前までは、学校教育に書道が組み込まれていたので、現在より多くの製墨業者が日本各地にはありました。
しかし戦後になると、連合国軍の布告により学校教育で書道が禁止されます。これにより製墨業が衰退し、呉竹も事業を一時中断していました。その後に書道が学校教育に復活すると1950(昭和25)年から呉竹は事業を再開したのです。
1958(昭和33)年に、墨をする時間を省略したいという教育現場の声に応えて、液体墨を発明。これが若い教師や塾の先生から好評を得たことにより、書道用品のメーカーとしての立場を確立します。
書道と並行して筆記用具事業にも呉竹は乗り出します。1963(昭和38)年に革新的な筆記具といわれるサインペン、1973(昭和48)年には墨汁とサインペンの技術を掛け合わせた「くれ竹筆ぺん」を発売しました。
筆ペンは日本中で愛用されるようになり、現在も冠婚葬祭や、手書きの便りなどに欠かせない身近な商品としてロングセラーとなっています。
全国的な書道・筆記用具ブランドとなった呉竹ですが、筆記用具はパソコン・プリンターの普及によって字を書く機会が減少し、書道用具は少子化の影響で市場が徐々に縮小します。ヒット商品だった筆ペンの売り上げも伸び悩み、先行きの見通しが不透明になってきていました。
そこで新たな販売方針として考え出したのが、筆記用具を仕事や日常生活ではなく、アート&クラフト界向けとして海外市場への展開です。
海外ではノートに写真をレイアウトし、ペンやシールでデコレーションするスクラップブッキングという文化があります。そのスクラップブッキング向けに開発した「ZIG」ブランドは、クリーンカラーリアルブラッシュなどのクラフト制作に適したカラー筆ペンを開発します。
これがスクラップブッキングの制作に使いやすいと好評となり、世界70カ国で販売されるほどの大ヒットとなりました。呉竹はアメリカにも現地法人を展開し、スクラップブッキング用品のトップブランドとして人気を集めるほどになっています。
書道とスクラップブッキングの世界は、一見するとなんの繫がりもないような気もします。スクラップブッキングには、前述の通り写真に手書きの文字をデコレーションとして添える手法があります。そして文字を手書きするときには“カリグラフィー”という手法が欠かせません。
「カリグラフィー」とは、ギリシャ語で「美しい書き物」という意味を持ち、文字をペンや毛筆などによる手書きで美しく書く手法のことをいいます。カリグラフィーの美しい文字を書くというこだわりは、日本の書道に通じるものがあるのです。カリグラフィーは西洋のアルファベッドだけではなく中東言語でも発展しており、アラビア書道、ペルシャ書道とも呼ばれています。
「美しく、かつ手軽に文字を書く」ということに執念を燃やしてきた呉竹の製品だからこそ、カリグラフィーという芸術、伝統文化においても愛用者を増やすことができたのでしょう。
「アナログ商品」が「革新」を生む
文字を手で書く機会が減少している現代社会で、呉竹はアートやクラフトという海外市場をターゲットすることで業績を回復しました。現在の同社のウェブサイトには企業ロゴの下に「アート&クラフト カンパニー」というキャッチが入っています。
同社代表を務める綿谷昌訓氏は、ウェブサイトの中で「人間らしさを取り戻すにはアナログへの回帰」というスローガンを企業経営に掲げてきたことを語っています。
呉竹は製墨業から始まり、手書きの「温かさ・良さ」にこだわり続けてきました。第2次世界大戦前と戦後、国内、海外と、時代や市場変化に直面しても事業を維持してきた秘訣は、手書きの温かさ・良さが伝わる「愛着が持てる、拘りに応えてくれる」という商品造りを芯に持ち続けたことが挙げられます。
アナログなやり取りである手書きの手紙を重ねていくと、心の交流は確かなものへとなります。そんな場面にふさわしい商品づくりをしてきたという絶対の自信があるからこそ、このようなスローガンを掲げ続けることができたのではないでしょうか。
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