独特のセールストークによるテレビ通販で有名になったジャパネットたかたは、通信販売業界ではトップクラス企業の1つに数えられています。しかし、同社は常に右肩上がりで成長してきたわけではありません。テレビ放送がデジタルへと完全移行する際に起きた買替需要で急成長を見せましたが、需要が尽きると同社の業績は大きく落ち込み、初めての減収に直面します。はたして同社は、どのような形でV字回復を成し遂げたのでしょうか。
テレビ番組を自前で制作するまでに至った通販事業
ジャパネットたかたの通信販売事業は、1990年3月に長崎のラジオ局で始まり、1994年にはテレビの深夜番組、2001年にはCSデジタル放送で専門チャンネルを開設するまで成長してきました。テレビ番組は、創業社長である高田明(たかたあきら)氏が自ら出演し、実際に手に取って商品の良さをわかりやすく説明するというスタイルが人気を博し、売上を伸ばしてきました。
高田氏は、「消費者にどうすれば利用してもらえる企業になれるのか」というテーマに沿って事業を経営してきたと語っています。自らが番組で商品を説明するときは、「使ったときにどんな幸せがあるか」ということを伝えようと心がけたそうです。それには自らの言葉で心から伝えないと、お客さまには届かない(売れない)ということを実感していたからです。
そこで自分たちがすすめる商品のセールスポイントを的確に伝えたいという観点から、地元長崎の佐世保にスタジオを建設し、自社で放送スタッフを雇用しました。通販番組の出演者ではなく、ディレクターという視線で商品の魅力を伝えようとしたのです。
地デジ買替で最高売上が、一転して2年連続減収
ジャパネットたかたの取扱商品の1つであったテレビに大きな転機が訪れます。2003年から都市部で始まった地上デジタル(地デジ)放送が、2011年にはアナログ放送から完全に移行されることになりました。さらに2009年5月に政府は「家電エコポイント事業」を施行。消費電力の少ない家電製品を購入するとエコポイントが付与され、それで指定商品が安く購入できるというものです。経済活性化と地デジ対応テレビの普及などを目的とした制度で、これにより家電買替の需要が起きました。とくにテレビは爆発的に売れ、ジャパネットたかたもテレビに注力し、2010年12月期の売上高は1759億円という過去最高を記録。テレビだけで960億円の売上があったそうです。
しかし同制度が2011年3月に終了すると、状況は急変します。売上は2011年12月期に1540億円に、2012年12月期には1170億円にまで落ち込んでしまったのです。
原因は、買替需要終焉による反動を過小評価していたことでした。テレビ以外の販売戦略が手薄だったのです。
同社は創業以来の業績下降という未曾有の危機に直面していましたが、高田氏は不安を抱えるより、今後をどうするかという視点に切り替えて販売戦略を見直します。そしてテレビ番組からインターネットに通信販売事業のチャネルを切り替える、あるいは増やすなどの新しい改革ではなく、商品の魅力をテレビで伝えるという「原点に立ち戻った」販売戦略に踏み出していきます。
立て直しに着手し始めた頃に高田氏は、社員全員にテレビに代わる販売戦略案を募りましたが、手応えが薄いと感じたそうです。
社員が本気でないと、危機を本当に脱していない
そこで高田氏は、社員が本気で行動する環境づくりが必要だと考えるようになりました。対策の1つとして、2012年夏に高田氏が常駐しない東京にオフィスを設置。東京オフィスには、独自に選んだ商品の番組を制作させます。そして高田氏が指揮する佐世保オフィスが制作した番組と、販売成績を競い合うという課題を与えました。
さらに社員へ会社が危機的状況であることを肌で感じてもらうため、2013年に過去最高益を更新できなければ、社長を辞任すると2012年秋に宣言します。この宣言は社員だけでなく、取引先からも「真意なのか」と問われるほどの無茶な目標でした。
この社長辞任宣言と相まって、東京オフィスのスタッフはさまざまなアイデイアを練り上げて、高田氏の佐世保オフィスと社内コンペを繰り返すようになります。その中から掃除機や冷蔵庫、エアコン、洗濯機などの白物家電で好セールスを記録する商品がいくつか育ちました。
こうした高田氏の狙いと東京オフィスの奮闘により、脱テレビ買替となる多角的な商品構成が構築され、2013年12月期には売上は1425億円に回復し、営業利益も150億円という過去最高益を達成したのです。
危機からの回復劇は、事業継承力を育むチャンス
危機に直面した時、多くの企業では、新しい分野への参入といった“改革”を選択しがちです。しかし、新しいことへのチャレンジは投資だけでなくノウハウの構築などで時間が必要となります。
ジャパネットたかたの再生戦略は、商品の良さを伝えるという販売ノウハウを、他の商品にコンバートすることで、新しい市場(商品)を掘り起こしました。
東京オフィスは売れる商品を掘り起こすために、高田氏にさまざまな提案を行なったそうです。そのなかには一度は不採用を下されたものもあります。それでも東京オフィスは、自分たちが信じる商品の良さを再提案するという熱意で押し切ったこともありました。
そのような商品から好セールスが生まれたとき、高田氏は社員たちが本気で商品の良さを伝えようとしていることを実感したそうです。それは自分が社長を辞めても会社は大丈夫という確信になりました。そして2015年1月に高田氏は、東京オフィスを牽引してきた副社長であり息子である高田旭人氏に社長の座を明け渡したのです。
企業が危機に陥ったときに、経営者1人が解決を図るのではなく、社員にも本気で取り組んでもらうことによって、経営者だけではたどり着くことができなかった新しい活路が見いだせることがあります。ジャパネットたかたの社員一丸で取り組んだ回復劇は、社員の意識改革など学ぶべき点がいくつもあります。とくに「事業継承力」という次世代を育てたことは特筆すべき点でしょう。
【関連記事】
http://www.japanet.co.jp/shopping/jh/company/companyhistory.html
http://biz-journal.jp/2015/02/post_8966.html
https://style.nikkei.com/article/DGXMZO11626070T10C17A1000000
https://style.nikkei.com/article/DGXMZO12094830V20C17A1000000
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