2003年に都市部で始まった地上デジタル放送によるテレビの買い替え需要から、液晶テレビの業績を大きく伸ばしたシャープでしたが、その需要が2011年に消滅したことにより経営不振に陥ります。経営不振は長年続き、ついに単独で立ち直るのは不可能と判断。シャープは、2016年4月に外資系企業である台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業へ買収されるに至りました。
その後、収益力の回復を目標とした「聖域なき構造改革」によって、同社は2017年3月期の連結決算には黒字を確保するなど一定の成果を上げました。
長年の不振にあえいでいたシャープが、買収された経緯、短期間でV字回復した鴻海による改革の内容について紹介します。
純利益1兆円が、6年で純損失5,000億円へ
2000年代、2010年代のシャープは、激しい浮き沈みを体験しています。2000年代のシャープは、わが世の春を謳歌していました。液晶カラーテレビだけでなく、冷蔵庫、エアコンなどの事業が好調に推移し、毎年のように経常利益・純利益で過去最高を更新しました。2006年度と2007年度は、経常利益のみならず、純利益においても1兆円を超える業績を残したのです。
しかし、2008年度の決算では一転して最終赤字に転落。アメリカのサブプライムローン問題に端を発し、リーマン・ショックへと繋がった世界的な不況の波を受け、主力事業が軒並み不振に陥ります。液晶事業を始めとしたエレクトロニクス機器は約338億円、電子部品などは約240億円の営業損失を計上しました。その結果、経常損失が約824億円、純損失が約1,258億円に達します。
リーマン・ショック後は、一時的に黒字転換したものの、欧州の金融危機や中国・新興国における競争激化、日本国内で長引くデフレなど市場変化により、再び赤字へ転落。2012年度の決算では、約5,453億円もの純損失を計上。なおも輸出、国内ともに不振から脱せずにいると、銀行からは工場の閉鎖やリストラ、債権の株式化などによる再建を迫られました。他企業からの買収案なども報道されるようになります。
シャープがそのような状況で2016年4月に決断したのは、電子機器の受託製造の分野では世界トップクラスの台湾企業、鴻海(ホンハイ)精密工業から株式の買い取りによる増資を受けて、経営再建を目指すことでした。つまり、シャープは鴻海に買収されたのです。日本の大手電機メーカーが外資系企業に買収されるのは、初めてのことでした。
鴻海精密工業のコストカット戦略
2016年4月に鴻海精密工業傘下に入って、すぐに数字上の変化が現れます。第一四半期の営業損失は約25億円で、前年度第一四半期の約288億円から大幅に圧縮されました。2016年度全体で見ても、当期純損失が約24億円。前年度の約253億円から10分の1以上となっています。2017年度も改善傾向は継続し、2017年10月に発表した2018年3月決算の業績予想では、約690億円の純利益でした。
急速な業績改善の背景には、鴻海流の徹底的なコストカットがありました。シャープの社長に就任した戴正呉氏は、シャープの社風や体制について「金持ちの息子のよう」「技術はあったが、マネジメントが悪かった」と厳しく批判。社長決裁が必要となる投資額を300万円まで引き下げ、投資内容を社長自らがチェックすることで投資の無駄を排除しました。またコストの面でも、原材料調達のみならず、オフィスの賃貸料などの細かな点に至るまで徹底的に見直すというコストカットを進めました。
そしてコストカットの効果が生まれたことにより、シャープの改革は次のステージである事業拡大へ移ろうとしています。2017年5月に発表された「2017~2019年度中期経営計画」では、2019年度の全社目標を売上高3兆2,500億円、営業利益を1,500億円に設定。住宅向けのスマートホーム、オフィスや工場などに向けたスマートビジネスソリューション、ディスプレイを中心としたアドバンスディスプレイシステム、そしてIoTエレクトロデバイスという4つの事業ドメインを設定し、それぞれの拡大を目指すことを発表したのです。
「信賞必罰」は、現在の結果に報いるための改革
鴻海グループによるマネジメントの構造改革、徹底的なコストカットで成し得たシャープの改革の裏には、従業員や旧経営陣に痛みを強いたもののように見えるでしょう。実際、2016年11月には、日本の終身雇用制度では考えられないようなマネージャーの降格制度を導入するなど、年功序列ではない「成果に報いる人事制度」という信賞必罰をうたった制度を取り入れています。こうした人事は、鴻海グループの厳しさを示すものといえるでしょうが、それにも理由があります。
かつての不振に対し戴正呉社長が「社員の能力の問題ではない」と述べるなど、過去の失敗を個人には言及しませんでした。新しい人事制度には全社員への役割等級制度の導入や営業・技術インセンティブのさらなる拡充といったように、現在の実力や競争の結果を評価する制度を盛り込んでいます。過去にあぐらをかくことなく、現在の実力を発揮せよというメセージが込められています。
また社長自身も、シャープから役員報酬を受け取らず、社員寮で生活し、外回りは社員とワゴン車に相乗りして出かけるなど、社員と同じ目線で改革にかけずり回る姿勢を見せています。この姿勢が、従業員にだけ痛みを強いるのではないという思いを伝えたのでしょう。
厳しいコストカットと、社員の実力を引き出す人事制度によって経営不振から抜けだそうとするシャープですが、今後の事業拡大と収益力強化が軌道に乗れば、長年の不振から脱せるかもしれません。決して社員に厳しいだけの姿勢を見せるだけではなく、社長自ら事業や業務の中身を精査し、社員と同じ目線で改革をスピーディーに進める鴻海グループの姿勢には、日本企業も学ぶところがあるのではないでしょうか。
※掲載している情報は、記事執筆時点(2018年1月21日)のものです。
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http://www.sankei.com/west/news/171027/wst1710270094-n1.html
https://www.j-cast.com/2017/05/15297751.html?p=all
http://www.sharp.co.jp/corporate/ir/financial/highlight/qj.html
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