温泉地として広く知られている大分県の別府温泉は、1930年代から外国人の訪日観光客に取り組んでいました。それを本格化させたのは、2000年に国際交流都市宣言を行い、留学生の受け入れに力を入れたことです。別府温泉の魅力を情報発信するなどが、訪日観光の数を増やすことにつながりました。また同時期にはイベントなどのプロモーションを行うことで、国内観光客の増加にも成功します。
しかし2016年4月に発生した熊本地震により、同年のゴールデンウィークは風評から観光客が減少します。その風評を払拭すべく、震災から2カ月後にユニークなプロモーション映像をテレビCMやYouTubeで公開します。それが話題となり風評を払拭した後も、別府温泉は映像を活用したプロモーションを展開し、ユニークというブランドイメージを確立しました。震災の風評という深刻な問題に対して、別府温泉はなぜ「ユニーク」というプロモーション戦略を選択したのでしょうか。
バブル崩壊後から訪日観光を強化
別府温泉は、明治時代から遊覧バスを運行するなど湯治だけでなく、レジャーも備えた温泉郷として整備されてきました。第二次世界大戦前には、近隣の阿蘇、雲仙、長崎と別府温泉を結んだ観光ルートで、訪日観光客を取り込もうという構想が練られるなど、早くから海外への意識を持った地域だったのです。
戦後の別府温泉では、1950~60年代には、高度経済成長や、国内旅行の人気が高まったことにより、宿泊施設やレジャー施設などの建設が行われ、さらに発展を遂げます。
しかし1970年代の石油ショックからバブル景気の崩壊までの間には、海外旅行が一般に浸透したことや、スキーに代表されるような季節ごとのレジャーとリゾート地が誕生したことで、別府温泉の観光客数は右肩下がりとなります。
観光客の減少のピークとなったバブル崩壊後に、別府温泉は再び訪日観光に力を入れ始めます。アジア諸国と九州の首長が交流を行う会合を定期的に行ない、2000年には国際交流都市宣言をします。同時に立命館アジア太平洋大学を誘致して、留学生の増加を図りました。
その留学生が別府温泉の良さを知ると、インターネットなどで情報発信を始めます。なかには、近隣の港に寄港したクルーズ船乗客の案内・通訳を務めるときにアピールする人もいました。そして別府温泉の観光産業に就職する留学生もあらわれ、訪日観光への体制が整ってゆきます。
別府市が毎年調査している「観光動態要覧」によると、訪日観光強化やプロモーションによって、2010年代は外国人観光客が増加します。2015年には前年比30.2%の増加となったほどです。
訪日観光強化と同時に、日本国内にも別府温泉の情報を発信するイベントを2000年代後半から開催します。まちおこしとして始まった現代芸術をテーマにしたイベントや、アニメキャラクターとコラボするなどの話題作りを行ないます。そして、別府温泉の名所や名湯を知ってもらうための、参加体験型イベントの別府八湯温泉泊覧会(通称オンパク)を2011年から毎年開催するなどのプロモーション活動を行ないました。2015年には全観光客数が前年比7.7%の増加となります。
熊本地震による風評を一変させた映像戦略
この2つの施策の結果が出始めていた2016年4月に熊本地震が発生します。別府温泉は大分県ながらも、熊本地震は震度7という本震に加え、余震も6強や6弱が複数回発生したため、九州全体に被害が及んでいるという風評が起こります。
地震の被害は殆どなかった別府温泉ですが、風評から多くの宿泊予定客がキャンセルを申し入れたのです。それによって同年4~6月の観光客数は、前年比30%減にまで落ち込みます。
観光客が減少していることを危惧した別府市や観光協会は、「別府観光誘客緊急協議会」を発足させ、観光PRのプロモーション映像を制作します。その映像内容は、ホテルの支配人が入浴客のいない温泉で、お湯が「垂れ流しじゃ」と叫ぶなど、厳しい現状ながらも、自分たちは通常通り営業していることをユーモラスにアピールしていました。ほかにも女将や地元出身のミスユニバース、市町、市民らが出演して、ユーモラスに別府温泉が元気であることをアピールしたのです。この映像がテレビCMやYouTubeなどで拡散されると、テレビやインターネットのニュースサイトで取り上げられる機会が増加し、別府温泉へ観光客が戻り始めたのです。
さらに別府温泉は映像によるプロモーションにおいて2016年11月にユニークな戦略を開始します。温泉と遊園地を融合させた「湯~園地」計画です。
映像の舞台は別府市内にある既存の遊園地で、タオルを巻いた入浴スタイルの人々が園内を歩いています。回っているメリーゴーラウンドには木馬と一緒に湯船が設置されており、夫婦が入浴しています。ジェットコースターの座席には温泉が満たされた状態で、人々は温泉と融合したアトラクションを楽しんでいるという内容でした。子供が空想するような絵空事を実写化したようなものだったのです。
地震の風評被害でも頑張っている姿をユニークに表現することで注目を集めた別府温泉は、さらにユニークな映像で存在感を示そうとしました。この映像は公開されるや大きな話題を集めます。
さらに映像には、YouTubeで視聴回数100万回を達成したら、湯~園地の舞台となった既存の遊園地で実現するという公約を掲げたのです。この試みは大きな反響を呼び、72時間で100万回再生を達成しました。
そして公約を実現するために別府市が、資金調達で活用したのもインターネットでした。別府市は、インターネットで投資者を募るクラウドファンディングを活用します。金融機関などを頼るのではなく、インターネットの力を借りることにしたのです。
その出資の見返りを、湯~園地の入場チケットにするという告知も話題となります。クラウドファンディングの募集は2017年2月にスタートしましたが、わずか2カ月で3,400万円近くを調達するほどの勢いを見せました。
こうして湯~園地は、2017年7月29日から31日の3日間限定で実現されました。この一連のプロモーション映像と実現によって、別府温泉の「ユニークだけど本気」というブランドイメージを定着させることになりました。
ユニークな映像だから伝わる取り組みの本気度
別府温泉は自治体による「湯~園地」計画のプロモーションによって注目を集めました。しかし、観光などの地域ブランディングを確立するというプロモーション戦略は多くの自治体でも取り組んでいます。
別府温泉のプロモーション映像が注目されたのは、風評や機会損失という危機感から別府温泉は被害を受けていませんといった実情をリアルに打ち出して、世間へ訴えるのではなかったからでしょう。本人たちは大変な状況でも、笑いのエッセンスを加えることで、逆に本気で再生へ取り組んでいることを示したのです。それに続く湯~園地のプロモーションは、公約せずに絵空事で終わっても話題は取れたでしょう。しかし、それを実現するという本気度を示したことで、世間からは応援してもらえる存在になったのではないでしょうか?
人を動かすというプロモーションにはさまざまな手法があります。別府温泉の戦略は、風評被害という厳しい現実に笑い、空想のような絵空事に公約といった相反するものを組み合わせることで、自分たちが応援を必要としていることを人々に強く印象づけることに成功した事例といえます。
※掲載している情報は、記事執筆時点(2017年12月25日)のものです。
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https://www.city.beppu.oita.jp/sangyou/kankou/sokuhou_01.html
https://news.mynavi.jp/article/20150722-beppu/
http://news.livedoor.com/article/detail/11663436/
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