低迷する市場で売上を伸ばしたビールがある
「どうすれば自社のサービスや商品が市場で高く評価されるのか」
これは多くの会社に共通する、解決が困難な課題です。特に、市場全体が低迷している場合、その課題を解決する難易度はさらに高まります。
たとえばビール業界も、市場全体が低迷しているカテゴリのひとつです。ビール大手5社が発表したビール類の出荷量は、前年から2.4%減となる4億1,476万ケースですが、これは12年連続マイナスで、過去最低の数値となります。
そのような厳しい状況にあって、サントリーホールディングス社(以下、サントリー)は、ビール大手の中で、売上高3年連続首位を獲得しています。その背景のひとつに、ビール市場の低迷が続く中においても、着実に販売実績を伸ばし続けてきた、プレミアムビール「ザ・プレミアム・モルツ」(以下、プレミアム・モルツ)の成功があるでしょう。
そもそもビールは差別化が難しい商品
プレミアムビールとは、国内大手メーカーが製造販売する定番のビールよりも、店頭での実勢価格が高いビールのことを指します。サントリーでは2003年より、 “こだわりの素材・品質を徹底して訴求した”というプレミアムビール「プレミアム・モルツ」を販売していますが、販売数量は発売から2014年まで11年連続で上昇。2017年においては、対前年103%となる1,770万ケースの販売を目指すとしています。
なぜ、プレミアム・モルツはここまで成長したのでしょうか。その要因を説明する前提として、「ビール」という商品の市場における特殊性を理解しておく必要があります。
自社製品が市場で高く評価されるためには、他社より勝っているとする「差別化」が必要となりますが、サントリー代表取締役の水谷徹氏は、日本のビールが他社製品とブラインドテストをしても、すべて当てるのが難しいほどに技術やおいしさが拮抗しており、差別化しにくい商品であると、雑誌のインタビューにおいて指摘しています。
ポイントは、消費者はプレミアムビールをいつ飲んでいるのか?
商品の明確な差別化ができないとすれば、自社の製品を積極的に選択してもらうためには「ブランド」の力が必要となります。
ブランド・マネジメントでは、「多くの人に知られる」という「認知の幅」が必要となりますが、それと同時に「そのブランドが、消費者のニーズに結びついている」という「認知の深さ」も必要となります(ケビン・レーン・ケラー著『戦略的ブランド・マネジメント 第3版』東急エージェンシー)。
サントリーは、同社が行ったある調査で、プレミアム・モルツの「認知の深さ」を知ることになります。
ビール業界では従来、高級ビールが売れる時期は、年末年始などのギフトシーズンであると考えられていました。しかし、サントリーが行った調査によれば、実際にプレミアムビールが最も飲まれているのは「休日の夕食」であることが判明しました。
そこでプレミアム・モルツでは、訴求ポイントを従来のギフトシーズンから「休日」へと変更。“「週末の夕食」という特別な時間にはプレミアム・モルツ”と、消費者にアピールしました。この結果、販売数は増加。高級ビールとしての知名度という「認知の幅」に加え、プレミアムモルツが休日の夕食のパートナーとして選ばれるという「認知の深さ」も得ることに成功したのです。
注力したのは、利用シーンにあったブランディング
前述の通り、ビールというのは差別化の困難な商品です。だからこそ、サントリーはブランディングにこだわりました。水谷氏も、飲食店の顧客から「プレミアム・モルツはないの?」と、ブランドを指名されることが重要だ、と指摘しています。
消費者から支持を集めるプレミアム・モルツの販売戦略からは、市場で評価を得るためには、業界の一般的なやり方に依存するのではなく、その商品がどのように消費者に利用されているのか、消費者のニーズを満たしているのか、利用シーンを検証しながらブランディングを行い、差別化を図ることの重要性が見て取れます。
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