働き方改革は、労働者の一人ひとりが多様な働き方を選択できる社会をめざした取り組みです。各業界で働き方改革の目標に沿った取り組みが行われています。小売業でも対応が求められていますが、業種特有の課題があり、取り組みがなかなか進んでいない状況にあります。
本記事では、働き方改革の基本をはじめ、小売業が抱える課題とその解決のために押さえるべきポイントなど、働き方改革と小売業に関する情報を詳しく解説します。
そもそも働き方改革とは?
働き方改革は、日本政府が主導する一連の法改正を伴う労働環境改善のための取り組みで、各業界には大きな変化が求められています。小売業が抱えている課題を解決するためには、まずは働き方改革の基本を理解する必要があります。
「一億総活躍社会」をめざす改革
働き方改革とは、「一億総活躍社会」をめざして実施されている労働環境の改革です。一億総活躍社会とは、年齢や性別、環境などにとらわれず、誰もが活躍できる全員参加型の社会です。働き方改革関連する各種法案は、2019年4月から順次施行されました。こうした取り組みや、指針、実行計画については、厚生労働省が中心となって情報を発信しています。
働き方改革の目的は、労働環境を見直し、労働者がそれぞれの事情に対応した多様な働き方を選べる社会の実現です。長時間労働の是正や多様な働き方を実現できる環境整備、雇用形態による格差の是正などの措置が進められています。
具体例としては育児休暇の取得やテレワークの推進、残業規制や基本給の引き上げなどが挙げられます。ほかにも各業界や企業の事情に合わせた施策が取り入れられ、より多くの人材が働きやすい社会の実現をめざしています。
改革の背景は「労働量不足」
働き方改革関連法が施行された背景には、想定以上の速度で進む生産年齢人口の減少があります。生産年齢人口とは国内の生産活動を中心となって支える15歳以上65歳未満の人口です。
生産年齢人口は1995年に8,697万人のピークを迎えた後、減少に転じました。2013年には8,000万人を割る7,939万人に、2019年には7,510万人にまで減少しています。2050年には5,275万人まで減少するという試算もあり、労働力の不足による生産力や国力の低下が懸念されています。
労働力不足を解消するために必要な対策は「働き手を増やす」「出生率の上昇」「労働生産性の向上」の3つです。
働き手を増やすためには労働参加率の向上が求められます。特に注目されているのが子育て世代の女性です。「令和2年度 年次経済財政報告」によると、日本における女性の労働参加率は2013年頃から上昇テンポが加速していますが、おもに30代で欧米主要国に比べると低い水準にあり、向上する余地が残されています。
子育て世代を中心とした層が、それぞれの事情に合わせて多様な働き方を選択できる環境が整えば、労働参加率の上昇が期待できます。多様な働き方の例としては、企業でのテレワークの導入や個人事業主のクラウドソーシングなどが挙げられます。
出生率の上昇を実現するには、働きながら育児しやすい環境が必要です。日本ではいまだ女性が出産・育児でキャリアを諦めざるを得ない風潮があります。逆にキャリアを優先することで、出産の優先順位が低くなることも指摘されています。働きながら子育てができる環境が整えば、若い世代は子どもを持つことに積極的になる可能性が上がり、子育て世代の女性が育児を理由に離職したり、就職を諦めるといった事態を防ぐことが可能になります。
労働生産性を上げるには、企業が労働力人口の減少を考慮しつつ、長時間労働を是正するなどしてワークライフバランスの向上に取り組むことが必要です。公益財団法人日本生産性本部がリリースした「労働生産性の国際比較2022」によると、日本の一人当たりの労働生産性は818万円で、OECD加盟38ヶ国の中では29位でした。時間当たりの労働生産性にすると5,006円で、OECD加盟38ヶ国の中で27位です。
労働生産性が高い国は、平均労働時間が日本より短い傾向があります。このような状況を見ると、労働生産性の向上は、長時間労働の是正につながることもわかります。
働き方改革で解決をめざす課題
働き方改革を実現するためには、日本社会が現状で抱える課題の解決が求められます。主な課題は以下の3つです。これらはいずれも、小売業でも解決が必要な課題といえます。
課題1. 長時間労働を解消する
日本は高度成長期に長時間労働を肯定する価値観が生まれましたが、やがて過重労働の悪影響による健康障害や過労死、ハラスメント問題が顕在化し、今では“時代遅れ”な考え方と言わざるを得ません。
価値観の変容はあるものの、長時間労働が完全に是正されたわけではありません。そこで働き方改革では、時間外労働の上限規制や勤務間インターバル制度などの環境整備を進めてきました。
特に注目されたのが時間外労働の上限規制です。日本では労使協定の「36協定」を締結しない限り、1日8時間・週40時間を超えた労働(残業)は禁止されています。36協定を締結した場合でも1カ月45時間、1年間で360時間を超える時間の残業は認められません。以前は大臣告示による上限にとどまっていましたが、働き方改革では法律で上限が設けられ、違反した場合の罰則も設けられました。
労使協定に特別条項を加えた場合、実質残業時間の上限がなくなるという抜け道もありましたが、この点も見直されました。特別条項による残業時間の上限は1カ月100時間、複数月(2~6カ月)の平均で80時間に制限されています。こちらも違反した企業に対する罰則が規定されています。
日本の長時間労働は国際的にも問題視されています。2013年、国連は日本政府に対し、長時間労働が関わる問題として過労死・過労自殺防止措置を勧告しました。このような動きも長時間労働の是正を推し進める背景となっています。
課題2. シニア層の就労を促進する
労働力人口の減少対策として、シニア層の就労促進も重要視されています。日本では労働意欲を持つシニア層が多く存在します。「令和4年版高齢社会白書」によると、総労働力人口のうち65歳以上の割合は13.4%です。
同白書によると現在働いているシニア層のうち「働けるうちはいつまでも」働くと回答した人が36.7%です。70歳くらいまで、あるいはそれ以上まで働くと回答した人と合わせると90%近い人が就業に高い意欲を示しています。
日本企業の多くは60歳が定年です。しかし男女ともに60歳を超えても就業している人が多く、特に65歳以上の就業者は増加傾向にあります。総務省によると、65歳以上の就業者は2004年以降18年連続で増加しており、2021年には909万人と過去最高を記録しました。
シニア層の就労促進により、労働力人口の増加が見込めます。そのためには継続雇用延長や定年延長が効果的な手段のひとつです。業種や企業によってはシニア層とのマッチングに課題があるでしょう。この点、政府はシニア層のマッチング支援を進めており、各自治体を中心にさまざまな取り組みが行われています。例えば東京都ではシニア層に向けた派遣先企業の紹介やセカンドキャリア塾の開催、企業向けのシニア雇用促進セミナーなどを実施しています。
課題3. 正規社員と非正規社員の格差を是正する
正規雇用者と非正規雇用者の格差を是正する「同一労働同一賃金」は、働き方改革における目玉のひとつです。これは、同じ仕事で同じ利益をもたらす人には、同じ賃金を支払うべきであるという考え方です。2020年4月から大企業に対して、2021年4月からは中小企業に対しても適用されました。国は格差是正促進のため、パートタイム・有期雇用労働法、労働者派遣法の改正にも着手しています。
これまでの日本の社会では、多くの場合、正規雇用者が優遇されてきました。しかし実際には正規雇用者と非正規雇用者が同一の仕事をし、同一の結果を出しているケースがあり、同じ仕事内容なのにも関わらず、給与や福利厚生など待遇面に格差が生まれることが問題視されてきました。
この状況を改善するための是正項目が、「基本給」「ボーナス」「退職金」「各種手当」「福利厚生」「教育訓練」です。企業はこれらの項目において正規雇用者と非正規雇用者で不当な格差が出ないよう、従来システムの是正が求められます。
同一労働同一賃金はデフレ解消につながる可能性も見込まれています。日本のデフレは長期間賃金が上がらなかったことが原因のひとつです。労働者は賃金が上がらないまま節約を続け、いつまでも経済は回らない状態が続いてきました。
同一労働同一賃金で非正規雇用者の賃金を上げ、消費を促し、デフレ脱却をはかるという目的も、働き方改革のポイントでしょう。
小売業の現状や働き方改革が進まない理由
働き方改革は企業の規模や業種を問わず推進されています。小売業も例外ではありません。しかし小売業は働き方改革がなかなか進まない状況が続いています。
理由のひとつは慢性的な人手不足です。利益拡大のために長時間営業に舵を切ったものの、人手不足で業務が回らず、結果として従業員が長時間労働に従事せざるを得ない状況が生み出されることもあります。さらには長時間労働や休みの少なさに負担を感じて離職する人も多く、人手不足は一向に解消されません。
他業種は働き方改革の推進でテレワークが導入されることもありますが、小売業は実店舗での販売を基本とする業態特有の事情から、制度の導入や活用が比較的難しい業種です。
このような事情から小売業の働き方改革は進みにくい状態が続いていますが、課題を解決し、働き方改革を推し進めている企業もあります。小売業で働き方改革を成功させることは決して不可能ではありません。
働き方改革を小売業で成功させるためのポイント
小売業で働き方改革を成功させるためには3つのポイントがあります。
ポイント1. 年間5日の年次有給休暇取得義務を徹底する
2019年4月より、年10日以上の有給休暇を取得できる労働者に対し、使用者は年間5日の有給休暇を取得させることが義務付けられました。アルバイトやパートのような非正規雇用者も対象です。取得時季は使用者が指定できます。これに伴い、労働者ごとの年次有給休暇管理簿の作成と3年間の保存が必要になりました。
有給休暇取得の徹底により、ワークライフバランスの改善や労働意欲の向上、離職率の低下が期待できます。企業にとっても、従業員が働きやすい職場としてイメージアップにつながるでしょう。
ポイント2. 時間外労働に関する考え方を改める
小売業は労働時間が長く、職場によっては時間外労働が発生しがちです。かつては時間外労働の上限規制を超えても罰則はありませんでした。しかし働き方改革によって法制化されたことにより、現在は上限規制を超えると罰が与えられます。
使用者は従業員の労働時間を把握し、労働による健康被害を発生させないようにする、安全配慮義務があります。これは、時間外労働の上限規制にかかわらず果たさなくてはなりません。「労働時間が長い業界だから」と諦めず、労働環境の実態把握や業務効率化を試み、長時間労働の是正に取り組みましょう。
ポイント3. 業務の仕分けを適切に行う
適切な業務の仕分けも働き方改革を成功させるポイントです。業務を棚卸しして、業務効率化につなげられる可能性を探るべきでしょう。
例えば、今まで店舗間の連絡に必要以上の手間がかかっているのであれば、コミュニケーションツールを導入し、スムーズに連絡できる仕組みを構築すべきでしょう。決められた拠点の間でやり取りができる社内ポータルや、小売業に向けて開発された店舗マネジメント支援サービスの利用も業務効率化に役立ちます。
小売業の働き方改革は業種の特性上、難しい面があるかもしれません。しかし課題や改革が進みにくい原因を把握し、対応を進めれば、改善できる可能性があります。慣例的な働き方に対する意識改革や業務効率化など、できることから着手すべきでしょう。
まとめ
一億総活躍社会をめざす働き方改革は、長時間労働の是正や多様な働き方の整備、雇用形態による格差是正など、労働者の環境に大きく関わる施策です。小売業ではスピーディな推進が難しい面もありますが、実行している企業もあり、決して不可能ではありません。
働き方改革について正しく理解し、自社にとって適切な方法を取り入れ、成功をめざして取り組みましょう。
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