現在、多くの企業が「デジタル化」や「DX化」に取り組んでいます。小売業も例外ではありません。本記事では、なぜ小売業でデジタル化やDX化をする必要性があるのか、どのようなメリットがあるのかについてわかりやすく解説します。現在、デジタル化やDX化で成功している小売業の事例も紹介します。
デジタル化とDX化の違いとは
「デジタル化」と「DX化」は、一見同じような意味を表しているように見えます。しかし、両者には明確に違いがあります。
まず「デジタル化」とは、アナログ的な手法からデジタルへ切り替えることを示します。たとえば、請求書などの帳票を紙ベースで作成していたものを、デジタル帳票に変えてペーパーレスにすることは、デジタル化の一種です。デジタル化すると、これまで手作業で行ってきたことをコンピューターで行えるようになるため、ヒューマンエラーが減ったり、業務効率化が期待できるメリットがあります。
一方、DXとは「Digital Transformation(デジタルトランスフォーメーション)」の略で、デジタル化の先を見据えた取り組みのことです。デジタル技術によって大きな変革を起こし、市場競争力を高め、優位性を獲得することが目的です。
小売業のデジタル化・DX化が求められる背景
総務省が公表している「令和3年情報通信白書」によると、卸売業と小売業がDXに取り組んでいる、あるいは取り組みを検討している割合は42.1%と、それほど高くはありません。
しかし、経済産業省が平成30年9月に発表した「DXレポート~ITシステム『2025年の崖』の克服とDXの本格的な展開~」では、あらゆる企業がDXの知識を蓄え、実践しなければ、甚大な経済損失が生まれる可能性があると指摘しています。つまり、たとえ小売業であっても、デジタル化やDX化が求められているということです。
なぜDX化が必要なのか、その背景について2点解説します。
消費者行動の変化
かつての小売業では、商品を棚に並べておくだけでもある程度売れ、広告を出せば流行になり、もてはやされることもありました。
しかしインターネットが普及し、欲しいものがいつでもどこでも手に入るようになった現代では、消費者にとって価値を感じられる対象が変化しています。要因としては、物質としての「モノ」から、体験などの「コト」が重視されるようになっていることや、インターネット上でさまざまなサービスが誕生していることも、モノが売れにくくなっている一因と考えられます。消費者の価値観が多様化しているため、消費者が何を求めているのかを的確にとらえるには、デジタル化やDX化を取り入れて細かく分析することが大切です。
競争環境の変化
小売業の企業がライバル企業と競争する際、ひと昔前までは商品の価格で勝負するケースがよく見られました。値下げ競争で、安く売り販売数を増やすことにより、利益を確保する方法です。
しかし技術が進歩し、商品のクオリティが全体的に上がり、値下げ幅が限界に近づきつつある今、他社との差別化は別の部分で行っていく必要があります。
たとえば最近はキャッシュレス決済が普及しつつありますが、競争環境が変化する中で販売機会を広げるためには、キャッシュレス決済に対応するなど、決済手段の選択肢を増やすといった方策も求められるでしょう。
小売業のデジタル化・DX化のメリット
小売業でデジタル化やDX化が実現すると、どのようなメリットが生まれるのでしょうか。ここでは代表的な4つのポイントについて解説します。
メリット1. 従業員の負担軽減や最適な人材配置につながる
たとえば、従業員一人ひとりのシフトや休暇、残業といった勤怠管理を給与情報などと併せてデジタル化すれば、一元的にシステムで管理できるようになります。
人材データ、顧客データ、商品データなど社内に散在する各データを統合して一元管理すれば、これまで定型作業に携わってきた従業員の負担が大きく軽減できる可能性が高まります。従業員によっては得意な業務、不得意な業務があるため、能力に応じて適切な人員配置を行うなど、限られたリソースの最適配分も手間なくできるようになるでしょう。
メリット2. 従業員の省人化によりコスト削減につながる
アナログな方法で行ってきた業務をデジタル化する際、AI(Artificial Intelligence:人工知能)を活かせるケースがよくあります。AIは、すでに存在するデータから分析、判断、学習を重ねることで、未来に起こりうることを予測できるツールです。たとえば、これまで経験や勘に頼ってきた発注業務をAIで予測すれば、在庫を多く抱え過ぎる失敗が回避しやすくなります。
IoT(Internet of Things、モノのインターネット)も広く活用されつつあります。IoTとは、これまでインターネットにつないでいなかった機器をつなげ、遠隔操作や状態監視などが行えるようにする技術です。小売業でIoTを活用すれば、たとえば値札や広告の管理を遠隔から操作できるようになります。
こうしたデジタル技術を使えば、従業員がその場にいなくても、業務がスムーズに進められる可能性が高まります。企業にとっては、わざわざ人を配置する必要がなくなるため、人件費を大幅に減らせるうえ、人的リソースを真に必要な業務に振り分けられることから、人手不足の解消にもつながるというメリットがあります。
メリット3. 顧客満足度アップが期待できる
デジタル化によってさまざまなデータを一元管理すれば、業務の効率性が向上し、従業員は定型的な業務に時間を割く必要がなくなり、顧客対応に専念しやすくなるでしょう。たとえば、顧客が抱いる課題を丁寧にヒアリングしたり、解決するためにさまざまな情報を集めたり、それらの情報についてわかりやすく提案するといった、一連の接客に関するクオリティが高められます。
その結果、顧客が「この会社は、自分のために、時間を使ってきちんと対応してくれる」と信頼感を抱くようになれば、顧客満足につながっていきます。顧客満足度が上がれば、おのずと売上も向上し、店舗やブランドのファンが増えていくでしょう。
メリット4. データを活用した経営が可能になる
デジタル化やDX化を推進し、事業を成長させていくためには、業界にかかわらず、必要不可欠な取り組みがあります。それが、「データ活用」です。
店舗で取り扱う商品の在庫管理情報や、従業員にまつわるさまざまな個人情報をデータで管理すれば、業務効率性が高まるでしょう。たとえば従業員のシフト調整業務にこれまで1時間かかっていたとして、データ化により30分で処理できるようになれば、浮いた30分間はほかの仕事に回せるようになるなど、限られた時間や人員の有効活用が可能になります。ほかにも、会員カード情報をデータで管理し、来店や会計の際に顧客がカードを利用すれば、来店頻度や来店時間の傾向が可視化しやすくなります。
小売業のデジタル化・DX化の事例
ここからは、小売業がデジタル化・DX化した事例について、3つ紹介します。
事例1. AI技術を活用するコンビニエンスストア
まずは、コンビニエンスストアチェーンA社が食品ロスに取り組んだ事例です。
A社は、在庫過多となっている商品や販売期限が近づいた商品について、従業員が自由に値引きできるシステムを導入していました。ただ、値引きの条件は、各従業員の経験や勘に頼っていたため、従業員によって判断がバラバラになるケースもあり、最終的に食品ロスを減らすには困難な状況が続いていました。
そこでA社は、AI技術による食品ロスへの対策を導入。具体的には、その日の在庫状況をAIが管理し、商品ごとにいくらの値引きをすれば良いかを提案するというものです。
同社はさらなる食品ロス対策として、「販売期限切れ商品(消費期限内ではあるものの、自社基準で販売可能な期限を過ぎ、店頭撤去している商品)」を活用する仕組みもスタートしました。これは、販売期限が切れた弁当やおにぎり、パンなどの食品を、自社の専用ECアプリに登録し、バックヤードで冷蔵保存し、ECサイトで値引きをするというものです。注文が入れば、商品受け取り用の生鮮宅配ボックスに入れ、注文客が受け取ります。
世界では食糧難のリスクも懸念されている中、食品ロス対策を積極的に実践していることは、企業の姿勢としても高く評価されるでしょう。
事例2. ECを活用するスーパーマーケット
近年は、スーパーマーケットのデジタル化が進んでいます。わざわざ足を運ばなくても、スマートフォンやパソコンから欲しい商品を選んで購入し、自宅へ配送するネットスーパーのようなサービスもあります。仕事が忙しかったり、育児や介護で時間が無い人にとっては、今や不可欠な存在ともいえます。
ネットスーパーを運営するB社は、商品の配送にAIやロボティクスの仕組みを導入しています。配送業務は、多種多様な商品の中からピッキングする作業が非常に煩雑です。そこでB社は倉庫内にピッキングロボットを配置し、スピーディかつ正確に処理できるようにしました。スムーズな配送は顧客満足度の向上にもつながり、リピーター獲得にもつながるでしょう。
B社はさらに、ネットスーパーで利用できる電子クーポンも配布しています。紙のクーポンを印刷する必要がないため、コスト削減が期待できます。さらに「○○○円以上で配送料が無料」という送料無料サービスを設けることで、顧客単価を上げることも狙っています。
事例3. セルフレジを導入する小売業
3つめの事例は、スーパーマーケットやコンビニエンスストアでよく見られるセルフレジです。すでに多くの企業が導入しているため、業界全体での成功事例として取り上げます。
現在一般的に普及しているセルフレジは、レジで会計する作業の一部、またはすべてを、従業員ではなく顧客が画面の指示に沿って操作する仕様となっています。従業員と非対面で会計を済ませられるため、感染症の予防になるだけでなく、レジスタッフの人手不足もカバーできます。とくに深夜帯はシフト上も従業員が集まりにくい傾向にあるため、セルフレジの導入は効果的でしょう。
セルフレジは、レジでの操作が一切不要な形へと進化を遂げようとしています。まず店内に設置したAIカメラが、どの顧客がどの商品を、いくつ手に取ったかを把握します。その後、顧客が店外へ出ると、持ち出した商品の合計金額が、事前に登録したクレジットカードから自動的に決済される仕組みです。このような技術が進むことで、人件費や労働力不足といった課題は解決していくことでしょう。
まとめ
新型コロナウイルス感染症の影響などもあり、消費者の価値観や行動、競争環境は年々変化し続けています。小売業においてもモノが売れない時代に突入し、デジタル化やDX化で根底からビジネスモデルの見直し求められています。人手不足や、人件費などのコスト高騰といった課題を解決できるメリットは、今後ますます大きな意味をもつようになるでしょう。
実際に取り組む際は、自社ではどのようなことがDX化できるのかを、多角的に検討する必要があります。自社に適した形でデジタル化・DX化を進めることで、経営にも良い影響が出てくることでしょう。
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小売DXは「経営陣の心構え」で成功する
政府による後押しもあり、各業界でデジタルトランスフォーメーション(DX)への取り組みが加速しています。その中ではデータ活用が重要となりますが、業界によってはデータの活用度合いに開きが見られます。小売業ではどうなのでしょうか。本ホワイトペーパーでは、「小売DX大全」の編集者である神奈川大学 経営学部 国際経営学科 准教授 中見真也氏の意見を基に、小売業DXの進捗や日本の小売事業者が抱える課題を整理した上で、小売業DXを成功に導くポイントについて解説します。
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