近年、小売業をはじめとする店舗でもDX化を進める企業が増えています。店舗型DXは、ICTを活用して業務効率化や顧客満足度の向上を実現するだけでなく、市場における競争優位性を維持するために重要な取り組みです。本記事では、店舗DXの意味と目的、店舗にDXが求められる背景などの基本情報とともに、得られるメリットや導入する際に把握すべき点を解説します。また、店舗DXの成功事例も紹介します。
店舗DXの意味と目的
店舗DXにおける「DX」とは、デジタルトランスフォーメーション(Digital Transformation)の略語です。IoTやAI、ビッグデータなどのさまざまなICTを活用し、業務効率化や新たな価値の創出、レガシーシステムからの脱却をめざし、「デジタルによる変革」を実現することを意味します。経済産業省が2018年に示した「DX推進ガイドライン」を契機に、日本企業の間で認知拡大しました。
中でも店舗DXは、小売業や飲食業をはじめとする店舗型ビジネスのDXを示します。単なるICT化にとどまらず、店舗の価値創出や変革を目的としています。日々変化する市場において、競争優位性を維持するには、店舗を有する小売業などでもICTを用いた変革が必要不可欠です。
店舗DXが求められる背景
店舗DXが求められる背景には、どのような理由があるのでしょうか。主なふたつの理由を解説します。
消費者の購買行動やニーズの変化
店舗DXが求められる大きな理由のひとつが、消費者の購買行動やニーズの変化です。スマートフォンやタブレット端末などが普及する以前は、折り込みチラシや雑誌などを見て実店舗に出向くという購買行動が一般的でした。近年は、インターネットの口コミサイトやSNSなどの情報源から購買の意思決定を行うことが増えつつあります。購買経路も実店舗だけでなくECサイトやネットスーパーなどを日常的に利用する消費者が増えています。
インターネット利用による情報収集の拡大は、モノを所有するという価値観からコトを体験するという価値観への変化を後押ししています。サブスクリプション型など、モノを所有せずに体験できるサービスも拡大しています。モノが簡単に売れない時代となっているのも、DXを推進すべき理由でしょう。
加えて、新型コロナウイルスの感染拡大による消費動向の変化も、店舗に大きな影響を与えています。営業スタイルの変化を余儀なくされる店舗や、閉業に追い込まれる店舗もあったことから、時代のニーズや価値観の変化に合わせた店舗DXが求められています。
人手不足
深刻な人手不足も、店舗DXが求められる理由のひとつです。厚生労働省が発表した「令和4年上半期雇用動向調査結果の概況」によると、令和4年6月末日時点における産業別の未充足求人数(※)は「卸売業、小売業」が242.0千人で全産業中もっとも多い結果となりました。人材不足が叫ばれている「医療、福祉」を上回る水準であり、小売業の深刻な人手不足がうかがえます。
※未充足求人数とは、仕事があるにもかかわらず、その仕事に従事する人がいない状態を補充するために行っている求人数のことです
店舗型ビジネスで人手不足が深刻化している理由のひとつに、休日の取得しにくさが挙げられます。「令和4年就労条件総合調査の概況」によると、労働者ひとりあたりの平均年次有給休暇の取得状況は、全体の平均が10.3日です。対して「宿泊業、飲食サービス」が6.6日、「生活関連サービス業、娯楽業」が8.4日、「卸業・小売業」が8.7日と、店舗型ビジネスに関わる業種は一様に低い水準です。年中無休の店舗も多く、従業員の負担が大きいことがうかがえます。
ほかにも、長時間労働や低賃金なども、店舗型ビジネスが人手不足に陥っている理由として指摘されています。
店舗DXにおける4つのメリット
小売業をはじめとする店舗は、DX化することでどのようなメリットが得られるのでしょうか。4つのメリットについて解説します。
メリット1. 業務の効率化が進む
店舗DXにおける大きなメリットのひとつが、業務の効率化です。たとえば、チラシや店内ポスターなどを使った販促活動を、店舗アプリやSNSなどのICTを活用した情報発信に移行することで効率よく幅広いターゲットへの訴求が可能になります。加えて、これまでチラシやポスターの制作・印刷にかかっていたコストの削減も期待できます。
これまで人力で行っていた在庫管理の自動化も、棚卸業務の効率化に寄与します。在庫管理システムを導入することで、在庫状況の管理だけでなく、発注状況や入荷情報、賞味期限情報なども確認可能です。在庫が足りていない、もしくは過剰にあるなどの状況を可視化することで、発注機会の損失を防止できます。自動化によりさまざまな業務の効率化が進むことは、店舗運営の効率化につながります。
メリット2. 顧客満足度の向上が期待できる
顧客満足度の向上も期待できます。たとえばセルフレジやキャッシュレス決済の導入は、会計待ちの時間短縮につながり、顧客の利便性を高めます。会計業務に割いていた人手をほかの接客業務に集中させることで、顧客満足度の向上につながる可能性もあります。
購買行動が多様化した昨今は、実店舗を使わずに商品やサービスが購入できるECサイトの開設もDX化に有効な手段です。AIが質問に答えるチャットボットツールの導入も、顧客がインターネットを使って手軽に問い合わせできるため利便性向上につながります。電話などと異なり、店舗の営業時間外でも目当ての商品を閲覧、購入および商品に対する質問ができることは、企業の利益に貢献するだけでなく、顧客体験の向上にもつながるでしょう。
メリット3. 人手不足の解消につながる
店舗DXは、人手不足の解消にもつながります。セルフオーダー端末やセルフレジの導入などによって各業務における省人化が進むことで、少ない人数でも業務が効率的に行えます。さらに、省人化や自動化により従業員の負担が軽減されることで、労働環境も良くなるでしょう。労働環境の改善は、従業員の働きやすさにつながり、ワークライフバランスの実現も可能です優秀な人材の確保や離職率の低下にもつながるでしょう。結果として、人手不足の解消も期待できます。
メリット4. 人為的なエラーが低減できる
人力で行う業務は、どのような業務でも人為的なエラーが起きる可能性があります。人為的なエラーを低減させるには、業務の自動化が効果的です。たとえば、飲食店で注文を受ける場合、口頭で注文を受けると、聞き間違いや客側の言い間違いなどでトラブルになりかねません。セルフオーダー端末などを導入することで、聞き間違いやオーダーの記入ミスを低減できます。
店舗をDX化する際に把握すべきこと
店舗のDX化を進める際には把握しておくべきポイントがあります。以下で主な2点を解説します。
短期間で成果を出すのは難しい
店舗のDX化は、これまでアナログな方法で行っていた業務の効率化を実現すると同時に、人手不足の解消や顧客満足度の向上なども期待できます。しかし、成果を出すにはある程度の時間が必要です。
DX化の検討段階では、どの業務に自動化や省人化が必要なのか、自動化などで効果が得られるのはどの業務なのかを把握することから始めます。その際は、業務の洗い出しも行わなければなりません。対象業務が決まり、実際にシステムを導入しても、その日からすぐに使いこなせるわけではなく、従業員が運用に慣れるまでに一定の時間がかかります。一例として、顧客管理システムの場合は導入から実運用までには数か月かかることもあります。そのため、短期間でDXの成果を出すことは難しいでしょう。
システムなどの導入に際しては、スモールスタートを意識することが重要です。すべての業務で一斉に導入を行うと、現場の混乱を招く恐れがあります。まずは限られた範囲の業務で導入を進めることで、上手くいかなくても修正しやすく、損失も少なく済みます。たとえば、顧客リストの電子化や、店舗間でビジネスチャットなどのコミュニケーションツールを導入するなど、スモールスタートを心がけましょう。
人材育成の時間やコストが発生する
店舗型DXでは、店舗を統括する本社だけでなく、各店舗で働く従業員のすべてを対象にした意識付けやITリテラシーの向上が必要です。実際に導入するシステムを利用するのは現場の従業員なので、特に店舗人材の育成が求められます。
まずはDX化する必要性や導入する時期に関しての注意点などを伝えておく必要があるでしょう。実施に際しては、研修や質問体制の構築なども必要です。
導入するシステムの運用方法だけでなく、システムの効率的な活用方法などを理解できる人材の育成も必要です。既存の従業員を育成するには時間がかかるため、デジタルに精通した人材を新たに採用する必要も生じるでしょう。DX推進人材は市場におけるニーズが高いため、採用が難航する可能性もあります。その場合は外部から専門家を招いて講習を行ってもらったり、プロジェクトベースで業務委託する必要性が生じるかもしれません。DXに伴う人材の確保には、時間もコストも発生することを覚えておきましょう。
店舗DXの成功事例
店舗型ビジネスにおいてDXを成功させた事例を2例紹介します。
株式会社ローソン
コンビニエンスストアを全国展開する株式会社ローソンは、AI技術を活用した食品ロスの削減に取り組んでいます。
これまで、販売期限が迫った商品の値引きは各店舗で異なり、それぞれの判断によって実施されていました。そこで、AIの値引き推奨機能を導入し、値引きの対象商品や値引きのタイミング、値引き額、数量、値引き時間をAIで算出する取り組みを実施。結果、販売期限の迫った商品も効率的に売り切れるようになりました。さらに、各店舗周辺の見込み客に向けて値引き情報を配信するなど、来店を促す取り組みも行っています。
ほかにも同社は、カメラやマイクで取得した、売り場の通過人数や客の滞留時間、棚の接触時間、商品の購入率などのデータを、個人が特定されない形で可視化し、売上データと合わせて分析する施策を行っています。分析したデータは、棚割りや販促物の掲出など、店舗の状況に合わせた売り場改善に利用され、顧客満足度の向上や店舗の利益向上を図っています。
イオン株式会社
スーパーマーケットを全国展開するイオン株式会社は、サステナブルな社会を実現するために「イオン脱炭素ビジョン」を掲げ、店舗で排出する温室効果ガスを総量でゼロにする取り組みを進めています。
その中で行っているのが、人流などのデータとAIを活用したスマート空調制御の実現に向けた施策です。IoTやAIを用いて人流や温熱環境の計測と予測を行い、その環境に最適な空調運転を実現します。具体的には、店舗内外にカメラや温度計などのセンサーを設置し、リアルタイムで人流や動線、温度・湿度、CO2濃度などを感知。これらのデータを蓄積し、AIによる解析や予習、予測を行います。これにより、風向や風量の抑制など、最適な空調自動制御を実現しています。同社は、本施策により空調におけるCO2排出量の40%削減をめざしています。
店舗DXは、業務の効率化や顧客満足度の向上、人手不足の解消にもつながります。一方で、DXの成果はすぐに得られるものではなく、システムの導入や人材育成にも時間やコストがかかります。DXの成功事例を参考にし、自社の目的に合っているか検討を重ねたうえでDXに着手しましょう。
まとめ
ビジネス環境の変化や消費者の購買行動・ニーズの変化に対応するためにも、店舗DXは重要な取り組みです。店舗DXを行うことで、業務の効率化が進み顧客満足度の向上や人手不足の解消、人的エラーの削減にもつながります。
店舗DXに取り組む際は、短期間で成果を出すのは難しいということや、従業員の理解やDX人材の育成、それに伴うコストが必要であることを把握しておきましょう。そのうえで、店舗DXを行う目的を明らかにし、自社にどのような方法があっているかを検討、導入することが大切です。
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