2024年4月から建設業では、労働基準法の改正による時間外労働の罰則付き上限規制が適用されます。規制の適用により生じるさまざまな問題は、「建設業の2024年問題」と呼ばれています。建設業に携わる企業が2024年問題をクリアするためには、働き方改革の推進が欠かせません。本記事では、建設業界全体で働き方改革の推進が重要課題となっている理由や、政府が主導する「建設業働き方改革加速化プログラム」の概要について解説します。
建設業の働き方改革が求められる理由
建設業で働き方改革の推進が重要課題となっている背景には、大きく「長時間労働の常態化」「人手不足の深刻化」「後継者問題」の3つがあります。
長時間労働の常態化
厚生労働省の「毎月勤労統計調査 令和4年10月分結果確報」によると、建設業の1カ月あたりの総実労働時間は167.1時間です。同調査は製造業や情報通信業、金融業・保険業、電気・ガス業、飲食サービス業といった16の産業を対象としていますが、建設業の労働時間は最も高い数値となっています。
また、建設業の1カ月あたりの所定外労働時間は15.1時間と、運輸業・郵便業の23.0時間、情報通信業の16.2時間、電気・ガス業の15.6時間に次いで高い数値になっています。さらに月間の平均出勤日数は20.4日となっており、鉱業・採石業の20.5日に続く2番目に高い数値です。以上尾の結果から建設業は、他業種と比較しても長時間労働である状況がわかります。
人手不足の深刻化
人手不足の深刻化も、建設業界を悩ませる課題のひとつです。「令和4年版厚生労働白書」によると、日本の総人口は2008年をピークに下降線を辿っており、生産年齢人口(15~64歳の人口)は1992年を頂点として減少に転じています。高齢者人口の上昇も深刻化しており、2022年9月に総務省が公表した「統計からみた我が国の高齢者」によると、日本の総人口に占める高齢者人口の割合は29.1%と、過去最高の数値を記録しています。
少子高齢化の影響により、国内では多くの産業で労働力不足が叫ばれていますが、建設業も例外ではありません。国土交通省の資料によると、2020年の建設業就業者数は492万人で、ピーク時の685万人と比較して大きく減少しています。さらに、建設業就業者は約36%が55歳以上であり、一方29歳以下の若年層は約12%と、就業者の高齢化と若手就業者の減少が深刻化しているのが現状です。
後継者問題
就業者の高齢化と若手就業者の減少が加速する建設業では、後継者不足に悩む企業が少なくありません。顧客ニーズが多様化かつ高度化し、技術や製品のライフサイクルが短命化する傾向にある時代のなかで、建設業が持続的に発展していくためには、熟練工のもつ深い知識と高度な技術を、若手人材がスムーズに継承できる仕組みを構築しなくてはなりません。
しかし帝国データバンクの「全国企業「後継者不在率」動向調査(2022)」によると、建設業の後継者不在率は63.4%と、多くの企業が後継者不足に悩まされているのが実情です。このような背景から、国土交通省や厚生労働省は、建設業における人材の確保・育成に向けた取り組みを推進しています。
働き方改革と建設業界の2024年問題
2018年6月に「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」、いわゆる「働き方改革関連法」が参院本会議で成立しました。働き方改革関連法は、2019年4月より大企業を対象として順次施行され、2020年4月からは中小企業にも適用されています。この働き方改革関連法の成立に伴い労働基準法が改正され、時間外労働に関する罰則付きの上限規制が開始されています。
働き方改革の本質的な目的は、国内労働環境の抜本的な変革を通じて、一億総活躍社会の実現を推進することです。日本は人口減少や高齢者率の増加といった社会的背景から、経済規模の縮小や医療・介護費の増加、国際市場における競争力の低下といった、さまざまな問題を抱えています。このような現状を打破すべく、長時間労働の是正や公正な待遇の確保、有給休暇の取得促進などの施策を通し、人々が多様かつ柔軟な働き方を選択できる社会の実現を目的としています。
多くの企業が実施する中で、建設業界はほかの産業と比較して労働環境の改善に時間を要することから、「自動車運転の業務」と「医師」などともに、法改正の適用に5年間の猶予が設けられました。しかし2024年4月を間近に控え、建設業界はいわゆる「2024年問題」に直面しています。
2024年4月から残業上限規制が施行
労働基準法第32条により、法定労働時間は「1日8時間かつ週40時間」と定められており、超過する場合は36協定を締結しなくてはなりません。使用者と労働者で36協定を結び、労働基準監督署へ届出をすることで、「月45時間以内かつ年360時間以内」の時間外労働が可能となります。さらに、特別条項付き36協定を締結することで、年間6カ月までを上限として「月45時間以内かつ年360時間以内」を超える時間外労働が可能、というのが基本原則でした。
しかし建設業は、36協定に関する時間外労働の規制が適用除外の産業であり、上限規制を超過しても法律に抵触しません。つまり、建設業界に従事する労働者は、事実上無制限の残業が黙認されている状態でした。
ところが、2024年4月から建設業界にも労働基準法の法改正が適用されるため、労働環境の見直しを余儀なくされる状況となっています。
改正前と改正後の違い
まず大原則として、「1日8時間かつ週40時間」という法定労働時間と、36協定締結後の「月45時間以内かつ年間360時間以内」という残業規制に関しては、法改正の前後で変化はありません。改正前と改正後の大きな違いのひとつは、特別条項付き36協定でも超過できない労働時間が具体的に定義され、その法改正が建設業界にも適用される点です。
法改正後は、特別条項付き36協定でも上回れない上限が設定されています。具体的には、時間外労働を年間720時間以内に抑える必要があり、さらに月間45時間を上回れるのは6カ月までで、単月100時間未満かつ2~6ヶ月の平均が80時間以内という明確な基準が設けられました。災害からの復旧・復興に限り適用除外となる項目もありますが、違反した企業は「6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金」という罰則を科される可能性があります。
2024年問題を「ニューノーマル時代にふさわしい労働環境を構築するチャンス」と捉える企業も少なくありません。これを契機として労働環境の変革を推進することで、優れた人材の確保や労働生産性の向上、技術継承問題の解消などに寄与し、結果として企業の成長と発展が期待できるからです。
政府主導の「建設業働き方改革加速化プログラム」とは
では、具体的にどのようにして2024年問題に取り組めばよいのでしょうか。指標となるのが、国土交通省の「建設業働き方改革加速化プログラム」です。「長時間労働の是正」「給与・社会保険」「生産性向上」という3つの枠で、建設業の働き方改革推進に必要な取り組みがまとめられています。
長時間労働の是正
前述した国土交通省の資料によると、建設業の労働者のうち約4割が4週4休以下の就業形態となっており、4週8休を導入している企業は2割程度です。働き方改革の本質的な目的を実現するためには、こうした長時間労働の常態化を是正しなくてはなりません。
建設業働き方改革加速化プログラムでは、現場管理費や共通仮設費の補正率の見直し、週休2日対象工事の適用を拡大するなど、導入を後押ししています。
給与・社会保険
就業者の高齢化と若手就業者の減少が加速する建設業で人材を確保・育成するには、公正かつ公平な人事評価制度の確立と、福利厚生の充実が不可欠です。
建設業働き方改革加速化プログラムでは、労働者の能力に見合った処遇を実現すべく、建設技能者の能力評価制度を策定したり、社会保険に未加入の建設企業には建設業の許可・更新を認めない仕組みを構築したりと、環境整備への取り組みが明記されています。
生産性向上
さまざまな業界でICTの活用による業務効率化が進められていますが、建設業も例外ではありません。国土交通省はICTを建設現場に導入し、生産性向上や建設現場の魅力向上などをめざす取り組み「i-Construction」を推進しています。
建設業働き方改革加速化プログラムでもi-Constructionの推進が明言されているほか、建設業許可など申請手続きの電子化といった業務効率化、施工時期の平準化などが記載されています。
まとめ
建設業は、「月間45時間以内かつ年間360時間以内」という時間外労働の上限規制が適用外の産業であり、長時間労働や残業の常態化が問題視されていました。しかし、2024年4月より労働基準法の改正が適用され、時間外労働の罰則付き上限規制がスタートします。そのため、建設企業は働き方改革関連法に対応すべく、労働環境の抜本的な変革を推進しなくてはなりません。建設業界における2024年問題を解消するためにも、政府主導の建設業働き方改革加速化プログラムに基づき、新しい時代に即した労働環境の構築をめざしましょう。
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建設業 デジタル技術導入・活用ガイド
建設業の過剰な労働時間は長年にわたって問題視されてきましたが、いよいよ2024年4月1日に「残業時間の上限規制」が適用されます。規制に違反すると懲役・罰金刑に処され、悪質なケースでは企業名公表もあるため、労働時間の見直しは建設事業者にとって喫緊の課題です。国土交通省や厚生労働省はICT活用に向けた支援を実施しているものの、十分に普及していないのが現状です。本資料では、建設業のデジタル化に詳しい大阪大学 矢吹信喜教授の見解を踏まえ、2024年問題対策のポイントや進め方を解説します。有効なデジタル技術に言及しながら、事業者がこれから検討するべき対処法を紹介します。
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