「屋外作業が多い建設業界は労働災害がつきものの危険な業界だ」というイメージを抱く人は少なからず存在します。これに対して、政府は建設業界における労働災害の発生防止のために多数のガイドラインを提示しており、各企業はそれらにのっとって安全対策に取り組んでいます。建設業界の労働災害に関する問題に有効な方策として、ICTの活用があります。この記事では、建設業界における事故発生リスクを減らすアプローチを紹介します。
労働災害発生件数が全産業の3割を占める建設業界
高所からの転落や重機との接触など、建設業界における労働災害はどの程度発生しているのでしょうか。厚生労働省労働基準局が発表した「令和3年 労働災害発生状況」によると、建設業における労働災害のうち死亡者数は288人。前年比で11.6%増加しており、全産業の3割を占める数値です。「休業4日以上の死傷者数」に関しては1978年以後減少傾向にありましたが、2019年からはやや増加しています。労働災害が多い業界というイメージは、あながち間違いとは言えません。
同資料を基に労働災害が発生した事故の原因を見ると「墜落・転落」が最も多く、死亡災害全体の25%を占めています。次いで多いのは「交通事故(道路)」「はさまれ・巻き込まれ」です。これらについては、基本的な安全措置を徹底していれば防ぐことは難しくないでしょう。足場や車両に関する安全措置の具体的な内容は労働安全衛生法令で定められており、厚生労働省より「建設業における安全対策」としてガイドラインが公表されています。
これを受けて、作業現場では労働災害を無くすべく安全教育を施したり、現場に潜んでいる危険を指摘し合って安全の確保をめざす「KY活動」を行っています。しかし、作業員や重機操縦者といった、「人」へのアプローチだけでは十分とは言えません。建設現場では「人」「機械」「環境」の3つの観点から安全対策を講じる必要があります。具体的には、以下のポイントに注意することが求められます。
- ● 人 … 操縦者、周辺の作業員、管理者の意識向上
- ● 環境 … 現場環境の整備、危険な労働環境の是正
- ● 機械 … 建設機械の安全性向上
この中でも、建設機械の安全性を向上させることは、技術や費用の面からすぐに対策できるものではないでしょう。その結果、人の注意力頼みになりがちな側面がありました。しかし、現代では「人」や「環境」へのアプローチをICTツールの活用で実現できます。
「人の不注意」をカバーするICTツール
建設現場で発生する労働災害は、多くが「人の不注意」に起因するものと言われています。作業員と重機の接触事故などが代表的な労働災害だと言えるでしょう。人の不注意をカバーするICTツールには、どのようなものがあるのでしょうか。
歩行者検知システム
建設機器の後方など、運転者にとっての「死角」となる箇所に歩行者・作業員の接近を検知できるカメラを設置するシステムです。人を検知すると警告灯が点灯し、油圧ポンプを制御。これによって、建設機器と人の接触を回避することが可能です。
荷物との接触防止システム
地上のクレーンから高所の作業場所に吊り荷を降ろす際、クレーンの操縦者から荷下ろし場所を確認することは困難です。このシステムはクレーンの先端と作業員にセンサーを取り付けることで、作業員とクレーンおよび吊り荷の接触防止を図るものです。
クレーンの運転席にはモニターが設置されており、操縦者は荷下ろし場所の周囲の映像を確認できます。一方、作業員はウェアラブルデバイスから接近のアラートを受け取ることで、危険を回避可能です。
重機周り作業員検知システム
建設現場では、作業員と重機(バックホー)が近距離にあるケースが多くあります。バックホーの旋回半径内に立ち入らないことは安全対策の基本ですが、徹底できていない現場も見られます。
このシステムではバックホーの後部に赤外線発光器を取り付け、作業員には赤外線センサー付きのヘルメットを配布。バックホーの旋回半径内に入った作業員本人にブザーと振動で危険を知らせるとともに、バックホーを自動停止させます。
作業員進入自動警報装置
トンネル工事では立て坑(垂直に掘り下げた坑道)を設け、クレーンを使って資材などを垂直に積み下ろしすることがあります。これまでは、荷下ろしをするエリアに作業員がいないことを、人同士で連絡・確認してきました。
このシステムでは、立て坑下の荷下ろしエリア内で動いている物を感知する「動体監視カメラ」を設置し、動体(作業員)を感知したときは地上の赤色回転灯が点灯します。赤色回転灯の消灯を確認してからクレーンを操作することで、危険性を低減させられる仕組みです。
作業員向け安全管理システム
屋外作業が多い建設業界では、熱中症など作業員の健康状態にも配慮しなくてはなりません。そこで、ウェアラブルデバイスにセンサーを取り付け、着用した作業員の「呼吸・体温・血圧・脈拍」といったバイタルサインのデータを一元管理できるツールが登場しています。これによって、作業員の健康状態をチェックできます。
「労働環境の改善」を手助けするICTツール
建設業界には、現場周辺の環境に起因する労働災害のリスクが潜んでいます。例えばガスの発生や土砂崩れなどの危険を回避するには、経験や勘に頼るしかありませんでした。しかし、現場周辺に潜んでいる危険はIoT機器の活用によって見つけ出すことができます。
気象観測システム
風速、風向、雨量、温度、湿度、気圧などの値を計測・監視するシステムです。現場周辺の環境を把握するために必要なデータを同時に取得できる「統合型気象観測装置」を取り付けることで、気象に起因する労働災害の予防に役立ちます。
ガス検知システム
とくにトンネル工事においては、ガスの発生に注意する必要があります。有毒・可燃性のガスの発生は生命の危機に直結するため、これらを検知して作業員に知らせるシステムが求められてきました。
このシステムでは、トンネル内に設置されたセンサーが有害なガスを検知すると、ネットワークを介して事務所内のモニターに危険性を表示。出入り口で赤色灯が点灯して現場監督や作業員に避難指示を出すことも可能です。
斜面崩壊警報システム
斜面崩壊も、大きな被害をもたらす可能性があります。そこで、斜面の角度を検知するセンサーを取り付けた杭を打ち込み、設定した数値から変動した場合に警報装置を作動させるシステムが開発されています。予測不能な斜面・のり面(人工的な斜面)の崩壊を現場管理者や作業員が持つデバイスに通知可能なものもあります。
内空変位計測システム
トンネル工事にも崩壊の危険性があり、その予兆を作業員に知らせるためのシステムがつくられています。例えば、光線で距離を測る装置(プリズム)を設置して複数の計測地点に反射板を設置し、決められた時間にトンネル壁面の距離を計測。計測値に異常な変化が見られれば、トンネル内にゆがみが発生している可能性があるとして、アラートを発するというシステムも存在します。
まとめ
こうしたICTツールを活用することで、業務時に発生する危険を低減させられます。重機の改良を待つだけではなく、「今できる対策」に取り組むことで作業員の安全を守ることは、現場監督、担当者の責務と言えるでしょう。何から取り組めばよいか分からない、必要なツールを提案してほしい、という漠然としたニーズに応えられるサービスを提供しているICT事業者もあるので、積極的に検討を進めていくとよいでしょう。
建設業 デジタル技術導入・活用ガイド
建設業の過剰な労働時間は長年にわたって問題視されてきましたが、いよいよ2024年4月1日に「残業時間の上限規制」が適用されます。規制に違反すると懲役・罰金刑に処され、悪質なケースでは企業名公表もあるため、労働時間の見直しは建設事業者にとって喫緊の課題です。国土交通省や厚生労働省はICT活用に向けた支援を実施しているものの、十分に普及していないのが現状です。本資料では、建設業のデジタル化に詳しい大阪大学 矢吹信喜教授の見解を踏まえ、2024年問題対策のポイントや進め方を解説します。有効なデジタル技術に言及しながら、事業者がこれから検討するべき対処法を紹介します。
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