人口減少や高齢化の進行に伴い、地域の公共交通は深刻な課題に直面しています。しかし、AIなどの最新デジタル技術を活用した次世代交通システムは、移動手段の確保にとどまらず、医療や福祉、観光といった地域社会が抱えるさまざまな課題を解決する可能性を秘めています。本稿では、次世代公共交通がもたらす多面的な効果と、その可能性について探ります。
深刻化する人口減少と地域公共交通の危機
日本の人口減少は、地域公共交通に深刻な影響を及ぼしています。政府広報によると、日本の総人口の約27%に相当する約3,500万人が「交通弱者」とされており、その主な内訳は障害者手帳所持者の約655万人、75歳以上の高齢者約1,520万人、要支援・要介護認定者約580万人となっています。
この状況の中で、公共交通の供給は年々縮小しており、2008年度から2022年度までの15年間に、路線バスは20,733kmもの路線が廃止され、鉄道も約589kmにわたる17路線が姿を消しました。加えて、バスやタクシーの運転手不足も顕著となっており、住民の日常的な移動手段の確保に対する不安が一層深まっています。
このような供給の縮小と人材不足は、交通弱者の移動手段の確保をより困難にしています。また、公共交通サービスの維持コストが上昇する中で、地域間のサービス格差の拡大や、移動手段を持たない方々の社会的孤立、高齢者の運転免許返納後の移動手段不足といった問題も深刻化しています。特に一部の地域では、障害者の方々や要介護者が通院や買い物などの日常生活を維持することさえ難しい状況に直面しています。
これらの課題に対応するためには、地域公共交通システムの抜本的な再構築が不可欠です。特に交通弱者の多様なニーズに応える、柔軟で持続可能なサービスの提供が求められています。
地域公共交通の課題解決へ ~新技術活用による可能性~
地域公共交通の課題を解決するために、現在、新たな技術に大きな期待が寄せられています。交通弱者を含む多様な利用者に対応し、持続可能で利便性の高い交通サービスを実現するため、いくつかの注目すべき取り組みが進められています。
AIオンデマンド交通
地域公共交通の再構築における有望な技術の1つとして注目を集めているのが、AIオンデマンド交通です。これは、利用者と交通事業者がリアルタイムで双方向のコミュニケーションを行い、複数の需要に応じた最適な配車を実現するものです。
利用者がスマートフォンのアプリや電話で乗車希望地と目的地を予約すると、AIが他の利用者の予約状況も考慮しながら、最も安全かつ効率的な運行ルートを即座に算出します。
例えば、近い時間帯に似たような経路の予約があれば、それらをまとめて1台の車両で運行することで、効率的な相乗りが実現できます。また、リアルタイムの交通状況や天候なども考慮して柔軟にルートを変更することができ、定時定路線では対応できなかった多様なニーズに応えることが可能です。
従来の固定された停留所を持つ路線バスと比べて、利用者の自宅や目的地の近くに一時的なバス停を設定することで、ドア・ツー・ドアに近い移動体験を提供することができます。
自動運転移動サービス
特にドライバー不足への有効な対策として期待が高まっているのが、自動運転移動サービスです。政府は2025年度までに全国50か所、2027年度までに100か所以上で無人自動運転サービスを展開することを目指しており、全都道府県で少なくとも1か所の運行計画を進めています。
このサービスは、移動困難者や高齢者を含む交通弱者に新たな移動手段を提供し、日常生活の利便性を大幅に向上させるとともに、ドライバー不足が進行する中でも安定的なサービス提供を可能にします。また、交通事業者にとっても運行効率を高めることでコスト削減に寄与することが期待されています。
キャッシュレス決済
すでに多くの商取引に取り入れられているキャッシュレス決済も、交通機関の事業者と利用者双方にメリットをもたらします。交通事業者にとっては、運賃精算事務の効率化や紙券用機器の削減といった運営コストの削減が可能となり、利用者にとっては支払いの手間が軽減されるだけでなく、接触機会を減らすことで安全性も向上します。
さらに、キャッシュレス化によって得られる利用データは、AIオンデマンド交通や自動運転移動サービスでの需要予測や運行計画の最適化にも活用でき、交通サービス全体の効率を向上させる基盤となる可能性を秘めています。
福祉・医療・防災など、交通面以外のメリットも
新たな技術を活用した地域公共交通の取り組みは、移動手段の確保にとどまらず、介護・福祉、医療、防災といった多岐にわたる分野で波及効果をもたらすことが期待されています。
介護・福祉分野では、送迎業務の柔軟性と効率性の向上が見込まれています。例えば、運営主体が異なる介護サービス事業所の利用者が同乗できる仕組みを整備することで、交通空白地での送迎業務の負担が軽減されます。
また、利用者の生活実態に応じて、親戚宅や一時的な居住場所への送迎も可能となり、従来のサービス範囲を超えた柔軟な対応が期待されています。さらに、介護サービス事業所が所有する車両の空き時間を地域住民の移動手段として活用することで、輸送資源を有効活用し、地域全体の利便性向上に寄与します。
医療分野では、特にへき地での医療アクセス向上に大きな期待が寄せられています。へき地患者輸送車の空き時間を地域住民の移動に利用する取り組みや、複数の医療機関による患者輸送の共同委託により、医療サービスへのアクセシビリティが改善される見通しです。これにより、医療機関が限られる地域においても、住民の生活基盤が支えられることが期待されています。
防災面では、次世代公共交通の導入が緊急時の迅速な対応力を高める要素となります。災害時には、AIオンデマンド交通や自動運転技術を活用した柔軟な輸送体制が避難計画の実行や支援物資の輸送を効率化します。
また、被災地域における交通インフラの早期復旧や代替交通手段の提供が可能となり、地域の復興を迅速に進める一助となるでしょう。加えて、最新のシステムから取得されるモバイル通信データやキャッシュレス決済データは、災害状況の把握や資源の最適配置にも貢献すると考えられます。
さらに、農泊分野においても、デジタル技術を活用した移動手段の確保が観光振興に役立つと考えられています。観光客が農山漁村にアクセスしやすくなることで、地域の観光資源を生かした経済活性化が進むほか、地域住民と観光客の交流が促進され、新たな関係人口の創出にもつながるでしょう。
このように、AIなどの最新技術を含む各種デジタル技術を活用した交通システムは、平時の利便性を向上させるだけでなく、地域の安心・安全、そして経済を支える基盤としても機能することが見込まれているのです。
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