
少子高齢化や人口減少が進む中、日本各地で公共交通の維持が課題となっています。特に地方では、利用者の減少や事業者の経営難により、バスや鉄道の縮小が進み、住民の移動手段が制限されつつあります。一方、欧州連合(EU)では「持続可能な都市モビリティ計画(SUMP:Sustainable Urban Mobility Plans)」を軸に、デマンド交通やMaaS、低炭素移動手段の導入など、地域に根ざした取り組みが展開中です。本記事では、海外の事例を紹介し、日本の自治体が参考にできるポイントを探ります。
海外でも進む、持続可能な地域公共交通への取り組み
人口減少や高齢化が進む日本では、特に地方において公共交通の維持が課題となっています。バスや鉄道の利用者減少により、路線の縮小や廃止が相次ぎ、住民の移動手段が制限される状況が深刻化しています。一方、欧州では持続可能な地域公共交通の確立を目指し、都市計画と一体化したモビリティ政策を推進中です。
特に、EUでは2013年にSUMPを策定し、公共交通の利便性向上やカーボンニュートラル化を進めるための戦略を各都市に提供しています。この指針は、フランスやドイツの先進事例を基に作成され、欧州各国の都市で採用されています。さらに、SUMPは中国語や日本語にも翻訳されるなど、世界的な指針として認知されています。
欧州の多くの国では、公共交通を単なる移動手段ではなく社会に必要なインフラと捉え、収益性よりも社会的利益を優先しています。そのため、公的資金を積極的に投入し、低コストで利便性の高い交通サービスを提供する仕組みを整えています。
ドイツでは、2023年5月に「ドイチュラントチケット(D-チケット)」を導入し、月額58ユーロ(※)で全国の鉄道やバスが利用できる制度を開始しました。自家用車からの転換を促すため、2022年には年間15億ユーロ(約2,100億円)の予算を確保するとしたのです。
(※)当初は49ユーロだったが2025年より58ユーロに変更された
オーストリアでは2021年に「気候チケット」を導入しました。これは、1,095ユーロで1年間、特急列車を含む公共交通機関が利用可能になる制度です。これのために政府は初年度に2.4億ユーロ(約340億円)を投入しています。
加えて、欧州では持続可能な都市づくりの観点から、公共交通の利用促進だけでなく、歩行空間の確保や自転車インフラの整備にも力を入れています。
フランスでは交通計画と都市計画の連携が法的に義務付けられており、「モビリティ計画(PDM)」と広域都市計画「地域一貫性計画(SCoT)」を統合することで、公共交通の利便性を高めています。スイスでも同様に、都市の無秩序な拡大を防ぎつつ、公共交通の拡充や都市間の接続強化を進めています。
持続可能な地域公共交通に関する海外事例
持続可能な地域公共交通の実現に向けた取り組みが世界各国で進められています。MaaSの活用や公共交通の強化、都市計画との連携など、欧州や北米、中国で実施されている先進事例を紹介します。
フランス:連帯モビリティ
フランスでは、移動制約のある人々の交通手段を確保する「連帯モビリティ」の取り組みが進められています。その土台となるのが、2019年に制定された「モビリティ・オリエンテーション法(LOM)」です。これに基づき、地方自治体や非営利団体が主体となって、多様な移動支援策が導入されています。例えば移動支援プラットフォーム「Mon Copilote」では、移動が困難な人々がボランティアドライバーとマッチングし、日常の移動を支援しています。地方ではモビリティ・ステーション「MOBI’PLUM」を整備し、住民が相乗りやシェアリングを活用しやすい環境を整備。さらに、ボランティアが患者の移動を支援し、医療機関へのアクセス向上を図る「健康カーシェアリング」なども展開されています。
イギリス:自動運転による大量輸送
イギリスでは、政府と産業界の共同資金により、自動運転技術を活用した大量輸送の実現に向けた取り組みが進められています。代表的な事例の1つが「自動走行ヘルスリンク(Autonomous Healthlink)」です。イングランド東部のシート・テラハム駅では病院へのアクセス向上を目的とし、ゼロエミッションの自動運転システムの実現可能性を検証しています。また、スコットランドのハイランド地方では、自動運転車を活用し、大学キャンパスと地域の主要拠点を結ぶ交通サービスの試験運用を実施中です。また、島嶼地域へのアクセス向上を目的に、フェリーと公共交通機関の連携も検討されています。
カナダ:バンクーバー都市圏のマルチモーダル連携
カナダでも、公共交通、カーシェア、シェアサイクルを統合し、移動の利便性を向上させる取り組みが進められています。バンクーバー都市圏では「RideLink」を活用し、移動計画から予約、決済までを一元化する仕組みの構築を進めています。従来この地域では交通系ICカード「Compass Card」とUberやLyftなどの外部サービスとの統合・連携が進められてきました。それがRideLinkによって異なる交通手段の乗り継ぎがスムーズになり、Compass Cardやクレジットカードでの決済も可能になります。今後は、他のMaaSとの連携を視野に入れつつの、対象エリアの拡大が期待されています
中国:上海郊外「天空の都市」
上海郊外では「天空の都市」と呼ばれるTOD(公共交通指向型開発)プロジェクトが進められています。これは鉄道の主要駅と直結し、商業施設や住宅、オフィス、ホテルなどを備えた複合都市です。この地域は、これまでベッドタウンとして発展してきたものの、交通ネットワークが十分に整っておらず、利便性に課題がありました。しかし、新たに鉄道の幹線や都市間高速鉄道の整備が進み、駅を中心とした大規模な開発が本格化したのです。これにより、分断されていた地域が駅と一体化し、公共交通の乗り継ぎがスムーズになるほか、公園や水路を活かした快適な都市環境の整備も進められています。このような開発は、中国各地にも広がりつつあります。
公共交通に関する取り組みで参考にすべきポイントは
欧州を中心とした公共交通の先進事例を紹介しました。では、日本の自治体が持続可能な地域公共交通を推進するには、どのような取り組みが求められるのでしょうか。各種事例を踏まえると、2つの重要なポイントが浮かび上がります。
1. 交通計画と都市計画の連携を制度化する
欧州では、交通計画と都市計画を一体化させることで、公共交通の利便性向上を図っています。フランスでは「モビリティ計画(PDM)」と「地域一貫性計画(SCoT)」を統合し、広域的な視点で都市と交通の開発を進めています。日本でも、交通と都市開発を統合的に管理できるよう、法制度や条例で連携を義務付ける仕組みが求められます。
2. 公共交通の方向性を明確化し、持続可能な運営を目指す
交通計画やそれに基づくモビリティ施策の方向性を明確にすることは、政策の一貫性と効果的な実施に不可欠です。SUMPは、各都市に公共交通の利便性向上やカーボンニュートラル化のための戦略を提供しています。日本でも地域の実情に即した明確な公共交通のビジョンを設定し、継続的なモニタリングと改善を行うとともに、安定した財源の確保と適切な資金投入が必要でしょう。
持続可能な地域公共交通を実現するには、公共交通の存続だけでなく、都市計画や環境政策と連携し、地域全体の発展を見据える視点が不可欠です。今回は、海外の地域公共交通におけるさまざまな取り組み事例を紹介しました。自地域の住民や事業者の声と、こうした海外事例などで得られる多角的な視点を組み合わせることで、利便性が高い地域公共交通を整備・維持していくためのヒントが生まれるはずです。
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