他人には聞けないICTの“いま”(第58回)

医療・健康ビッグデータ「PHR」はビジネスチャンスとなり得るか

 少子高齢化に伴う社会課題を解決する糸口のひとつとして、医療や介護に関する個人の情報を連結してAI解析などを加え、実効性のあるサービス提供に活かす「データヘルス改革」が進められています。その取り組みに欠かせないのが「パーソナルヘルスレコード(PHR)」の導入です。個人の医療・介護・健康データを活用することで日本国民の健康への寄与、さまざまな業界のサービス向上に貢献するPHRについて、政府・企業の動向や、活用メリット、本格導入に向けた課題を紹介します。

パーソナルヘルスレコード(PHR)とは

 PHRとは、個人の医療・介護・健康データのことです。「生涯型電子カルテ」とも呼ばれており、個人の健康に関する情報を本人の同意のもとデータ化して集約し、健康増進や生活改善につなげる役割をもちます。

 スマートフォンやクラウドの普及に伴い、PHRとして記録・管理できるデータの種類は多岐にわたっています。病院や検査機関の診察・検査データだけでなく、健康保険に紐づく健診データ、薬局で処方された薬剤データ、そしてスマートフォンやスマートウォッチなどのデバイスに記録された運動量や心拍数、摂取カロリー、睡眠時間などのデータも活用が可能です。

 近年、Apple Watchをはじめとするスマートウォッチやスマートフォンアプリなどで、PHRを活用したサービスが続々と登場しています。健康管理に必要な記録をまとめて管理できるアプリや、PHRの情報に合わせてキャラクターが進化するユニークなデバイスなども登場し、社会的な認知度は徐々に高まっています。

 海外で先行していたPHR活用ですが、国内でも2020年に厚生労働省が「国民の健康づくりに向けたPHRの推進に関する検討会」を立ち上げ、国民・患者視点に立ったPHR推進の基本方針が議論されています。2021年には、経済産業省と民間企業15社によるPHRサービス事業協会が立ち上がり、データ利活用の標準化やルール整備、民間企業によるオープンイノベーション促進が進められています。

「診療の迅速化・高度化」や「医療従事者の負担軽減」が期待できる

 PHRの活用は、生活者や企業にとって以下のようなメリットがあると考えられています。

1. 診療の迅速化・高度化

 病院や診療所では、限られた時間と情報の中で適切な治療を行うのが難しい場合もあります。PHRで患者のさまざまな情報を参照できるようになれば、過去の診療情報やアレルギー情報などを把握できるため、迅速かつ精度の高い診療が期待できます。例えば転出入をした時や、緊急・災害時にもPHRの活用が役立つと考えられています。

2. 医療従事者の負担軽減

 医療現場では人手不足や業務負荷の増大が恒常的な課題とされていますが、PHRで患者の情報を把握することで、医療従事者の作業負担軽減が期待できます。医療現場の業務効率や生産性が高まれば、質の高い医療サービスが提供されるようになるでしょう。

3. 健康管理の促進による生活改善

 個人がPHRを活用して健康状態や日々の生活記録を簡単に確認できるようになれば、健康への関心やモチベーションが高まり、自発的な健康管理や生活改善の促進が期待できます。

4. 新商品・新サービスの創出

 PHRの社会浸透は、企業にとって新たなビジネスチャンスと捉えることができます。個人情報保護を前提にPHRに蓄積されたビッグデータを活用することで、潜在的なニーズの発見や社会課題の解決に貢献する新たな商品・サービスを生み出せる可能性があります。近年はヘルスケア業界のみならず、さまざまな業界で活用可能性が検討されています。

PHRの民間活用における課題は、個人情報の適切な管理

 2021年に厚生労働省が実施した「民間PHRサービス利用者へのアンケート調査結果等」では、現在利用しているアプリケーションのカテゴリとして「お薬手帳」「コロナ接触確認」「フィットネス」が多いことがわかります。また、利用目的は「健康増進・疾病予防」と「各種手帳等の電子化」が多く、体重や血圧、運動、睡眠など日々のライフログ情報を比較的多く利用している傾向にあるようです。

 一方、PHRサービス利用を離脱した人へのアンケート調査では、データ登録やアプリケーション同士の連携を手間に感じているほか、個人情報の漏えいなど情報セキュリティに対する不安が大きいことが明らかにされています。特に個人情報の漏えいに対する不安は、PHRサービスを利用したことがある人の約半数にのぼることから、今後PHRサービスのさらなる普及には個人情報の適切な管理や情報セキュリティ対策に注力することが必要であると考えられます。

 PHRの社会実装に向けて、今後どのような動きが出てくるのか、企業だけでなく政府の動向にも注目です。

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