2020.12.23 (Wed)
他人には聞けないICTの“いま”(第43回)
売れないスルメにも意味がある!チャンス発見学とは
ビジネスの中でイノベーションにつながるヒントをどう見つけ出すか。東京大学で「チャンス発見学」の研究に取り組む大澤幸生教授に話を伺いました。
<目次>
「AIやビッグデータがあれば何かがわかる」という幻想
「売れない高級スルメ」には意味があった
可視化されたデータからストーリーを描くのは「人自身」
実データを持たなくてもアイデア創出の議論はできる
データのさらなるつながりが発見を生む
「AIやビッグデータがあれば何かがわかる」という幻想
データからビジネスにつながる知見を得る取り組みに対して、規模の大小を問わず多くの企業が関心を寄せています。特にDX(デジタルトランスフォーメーション)が叫ばれ、変革の必要に迫られる現在、自社に眠るデータを変革に生かしたいと考える企業も少なくありません。ところが、そうした現状に対して警鐘を鳴らすのが、東京大学の大澤幸生教授です。
「いま多くの企業では、イノベーションの創出を目的としてデータに着目していますが、実際には両者の間には大きな隔たりがあります。イノベーションの根本にあるのは潜在的なニーズを掘り起こすこと。目の前にあるデータをただ漫然と分析にかけても、そこに至ることはできません」(大澤教授)
ここ数年のビッグデータやAI(人工知能)のブームは、DXの動きとも相まって多くの企業にデータ分析・活用を促してきました。その背後にあるのは「大量のデータをAIに学習させれば何か新しいことがわかるのではないか」という漠然とした期待からです。
しかし、どんなデータを誰がどう使い、どんな目的を達成するのかという課題を正面から捉えられないままでは、ビジネスにつながる新たな価値を発見することはできません。
こうした課題を解消する手法としていま注目を集めるのが、大澤教授が約20年前から研究に取り組み、提唱してきた「チャンス発見学」です。簡単に言えば、「まれにしか出現しないが意思決定にとって重要な事象」を発見するための方法を体系化するものです。
「売れない高級スルメ」には意味があった
ではチャンス発見学とは具体的にどのようなものなのでしょうか。大澤教授は次のような例を紹介します。
ある日、ビールを買いにスーパーマーケットに行ったところ、ビールの棚の近くにスルメが売られていて、肴にしたいと思いました。しかしそのスルメは1枚1000円以上もする高級なもので、自宅での晩酌用としては高すぎます。そこでスナック菓子のコーナーに行って手頃な価格の商品を2、3袋買って帰ったというものです。
「さて、このスーパーマーケットは売れなかったスルメをその後どうするでしょうか。棚から下げてしまうかもしれませんが、その選択肢は正しくありません。なぜならその売れなかった高級スルメが顧客の潜在ニーズを刺激し、スナック菓子を買うという意思決定を促したからです。つまりビールとスナック菓子という売れ筋の商品群を、高級スルメというほとんど売れない商品がつないだのです」(大澤教授)
まさにこの高級スルメこそが、スーパーマーケットにとって発見すべきチャンスだったのです。しかし、POSデータやSNSでのクチコミなど手元にあるデータから過去の売れ筋商品を見つけ出し、販売促進を行っていくという従来型のマーケティング手法に基づいたデータ活用では、いつまでたっても未来の事業に向かうチャンスを発見できません。
「さまざまな文脈を通して売れない商品からもチャンスを発見し、適切なアクションを取ることで店舗全体の売上を伸ばすことができます。小さなデータに意味を見出しビジネスにつなげるアプローチが必要とされるのです」(大澤教授)
可視化されたデータからストーリーを描くのは「人自身」
しかし、よほど勘の鋭いマーケターであったとしても、ただデータを眺めているだけでチャンスを発見することは困難です。そこでヒントになるのが、大澤教授が1996年に開発した「キーグラフ」と呼ばれるデータ可視化ツールです。
キーグラフは、テキストマイニング※した文章の情報を含むさまざまな情報ソースから抽出されたキーワードをマッピングし、それぞれの関連性の強さや頻出度をもとにグルーピングして可視化するものです。
※テキストマイニング…自然言語処理などを用いて大量のテキストデータを解析し、有用な情報を取り出す技術
一見するとブレインストーミングなどで用いるマインドマップのようなイメージですが、活用の仕方はまったく逆です。発散的思考や共通項となるデータを探すのではなく、「頻度は低いけれども意思決定の転換点となる重要な事象データ」を見つけて意思決定に至る収束的思考まで完遂すること目的としています。
ここで重要となるのは、分析に使用するキーグラフ上のデータを意思決定者本人である『人間自身』が選んで設定することです。AIや機械学習では、データからなんらかの特徴や傾向を抽出することは得意である一方、先述した『スルメ』のように取るに足らないデータにどんな意味があったのかを解釈することは困難だからです。
大澤教授は「新しい発見にはどんなデータをどう使うのか人間の判断が必要です。例えば新商品開発ならば、可視化された内容をベースにマーケター同士がコミュニケーションを重ね、商品を売るためのストーリーを描き出していきます」と説明します。
このキーグラフを用いて実際にチャンスを発見した例として、大澤教授はある生地メーカーの名を挙げました。
「このメーカーは、販売実績データなどをもとにキーグラフ上で自社の生地商品をマッピングして可視化していきました。すると『スーツなどのフォーマル用の生地A』と『カジュアル用の生地B』という2つの売れ筋商品の間にある生地の存在を発見したのです。その生地は売上も多くなく、特定の用途もなかったのですが、担当者が『仕事にも、アフター5のプライベートにも着ていけるジャケットに使えないか』という着想を得てアパレルメーカーに提案したところ、ヒット商品を生み出すことができたのです」(大澤教授)
実データを持たなくてもアイデア創出の議論はできる
データから深い洞察を得るにあたって、「自社のデータを、機密性の高いデータや社外のデータとつなぎ合わせて可視化したい」と考える企業もいるでしょう。そうした課題に対して大澤教授が開発したのが「データジャケット」という手法です。
データジャケットとは、データの中身を見せずに、保存形式、収集方法などを含む「概要情報」だけを共有してデータを扱えるようにしたもの。機密保持が求められるデータでもセキュリティリスクを低減させながら、企業や組織の枠を超えた議論ができるようになります。
このデータジャケットを使って新たな課題やニーズの洗い出しと解決シナリオを考えるワークショップが、「IMDJ(Innovators Marketplace on Data Jackets)」です。現在、さまざまな企業がIMDJを利用して大澤研究室と共同研究を行っています。
例えば某大手スーパーマーケットとの取り組みでは、気温データやPOSデータなどのさまざまな情報やデータジャケットを組み合わせながら可視化マップを生成。1年の中のあるタイミングを境に、特定の製品の消費傾向が変わることを明らかにし、陳列の方法を変化させる提案を行ったといいます。
データのさらなるつながりが発見を生む
いま注目を集めるAIや機械学習を活用するには、データが必要です。大量のデータには何かチャンスが潜む可能性があるため、ビッグデータこそ発見の源泉であると考えがちですが、それは必ずしも真実ではありません。
まだつながりが存在していなかったデータ同士を結ぶ何かを見つける。たとえ自社が持っていなくても他社の持つ「組み合わせてみたいデータ」をマッピングしてつなげる――これらが新たなヒントやニーズ発見の糸口になっていくのです。
もっとも、データを生かした新たな価値の創造やイノベーション創出は、自社だけで完結できるとは限りません。大澤研究室は、丸の内エリアを中心にデータ活用を通じた共創を目指すコミュニティ「丸の内データコンソーシアム」や、横浜市と富士通と連携したデータ共創ラボの監修にも関わっています。大澤教授によると、「こうした組織のつながりが、新しいデータがつながる可能性や選択肢を広げ、発見へのヒントを促す」といいます。
「ニーズを満たす新たな製品を考案するためにデータを組み合わせるだけでなく、データを組み合わせたからこそ初めてニーズに気づく、という逆のパターンもあります。この2つは両輪で考えていくべき。データの活用はサイクリック(循環的)に継続して取り組むのが大切です」(大澤教授)
最先端の技術を用いたデータの利活用が企業にメリットをもたらすことは事実ですが、すべての課題を解決することはできません。最後に大澤教授は次のように語ります。
「データは、必ずしも『ビッグデータ』である必要はないのです。大量のデータは扱いが複雑であり、分析していくうちに泥沼にはまってしまう危険性もあります。市場のニーズとそれに対するソリューションの仮説を立て、データどうしの結びつきと掛け合わせて議論を重ねていくことで、AIや機械学習では見つけられないチャンスの発見につなげられるはずです」
<インタビュイープロフィール>
大澤幸生(おおさわ ゆきお)
東京大学大学院工学系研究科教授。大阪大学基礎工学部助手、筑波大学ビジネス科学研究科助教授などを経て現職。チャンス発見学やイノベーションゲームなどを提唱し、現在はデータ利活用手法「データジャケット」やCOVID-19感染拡大抑制指針を独自開発し普及に取り組む。専門は人工知能、データ可視化、システムデザイン。
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