2023.05.16 (Tue)
他人には聞けないICTの“いま”(第61回)
人生100年時代のファイナンシャル・インクルージョン
世界的な政策課題として、経済活動を行うために必要な金融サービスをすべての人が使えるようにする「ファイナンシャル・インクルージョン(金融包摂)」の重要性が高まっています。SDGsの目標としても、貧困削減に向けて、マイクロファイナンス(小規模金融)を含む金融サービスを確保することが掲げられています。本記事では、テクノロジーを活用してファイナンシャル・インクルージョンの促進に取り組む国内外の事例とその可能性を紹介します。
ファイナンシャル・インクルージョンとは
「ファイナンシャル・インクルージョン」とは、所得や人種、性別などに関わらず、すべての人が送金、決済、貯蓄、債権、保険などの基本的な金融サービスにアクセスおよび利用できる状況を示します。経済発展や雇用促進、所得格差の是正といった社会問題の解決に寄与するものであり、特に低所得者層に向けた政策が注目されています。
なかでも国と公的銀行主導で、ファイナンシャル・インクルージョンを驚異的なスピードで推進したのがインドです。「PMJDY」と呼ばれる口座開設促進とともに、オンライン国民識別システムの普及を加速させることで、約5割だった口座保有率をわずか3年で8割近くまで押し上げました。
国際通貨基金の報告書によれば、世界の成人のうち24%は銀行口座を保有していません。特に発展途上国の貧困地域では、地元の金貸業者や個人間の賃借、貯蓄グループなどの金融手段に依存し、銀行口座を持たない人が多くいます。
金融分野にICT技術を組み合わせて生まれた新たな金融サービスや事業領域であるFinTechの発展により、モバイルマネー口座などの金融サービスを利用できる人が急増したものの、いまだに金融サービスへのアクセスにはさまざまな格差があるのが実状です。たとえば、男女間の格差もそのひとつ。コロナ禍による電子決済の普及に伴い改善傾向にあるものの、世界の銀行口座保有率は男女間にまだ6ポイントの差があり、女性の経済的自立の障壁となっています。
欧米の若年層で利用広がる、後払い式決済「BNPL」
こうしたファイナンシャル・インクルージョンの課題に対応するべく、国内外でテクノロジーを利用した新たな金融サービスが登場しています。
そのひとつが、欧米の若年層を中心にクレジットカードを持てない人々の間で利用が拡大している、後払い式の決済手段「Buy Now Pay Later(BNPL)」です。従来のクレジットカード払いやローン払いと異なり、与信審査や分割払い時の手数料が要らないという点が、利用者の拡大につながっています。
BNPLの利用に関するマッキンゼー・アンド・カンパニーの調査では、アメリカ人の回答者のうち30%が同類のサービスを利用して購入資金を調達したことがあると回答。また、利用したことのある人のうち29%はBNPLがなければ購入額を抑えるか、まったく購入しなかったと答えており、消費行動への多大な影響力を示唆しています。BNPLの利用は、現在欧米が主流となっていますが、今後、日本でもEC市場の拡大に伴い拡大していくと考えられます。
成人の銀行口座保有率が約98%である日本では、金融サービスへのアクセスや金融取引が困難になった高齢者に対するサポートが優先課題となっています。また、在日外国人や障がい者、遠隔地に住む人々など、多様なニーズに対応する金融サービスの利便性向上が求められています。
国内では高齢者・外国人向けのサービスが登場
国内事例では、高齢者が安心して金融サービスを利用できるようにする口座見守りサービスがあります。目的は、高齢化に伴い認知・判断能力が低下した方が、誤って高額商品を繰り返し購入したり、近年多発している振り込め詐欺被害に遭ったりするのを防止するためです。高齢者が信頼できる家族などの第三者を口座の「見守り人」として指定し、出金などの口座取引があった際にメール通知やスマホアプリで知らせます。
日本在住外国人に向けた新たな金融サービスもあります。「仕事や生活に必要な自動車やオートバイを購入したくてもローンを組むことができない」という実状に応えるべく、ある地方銀行は永住権のない外国人向けオートローンを提供開始。さらに、同行は外国人が安心して口座取引ができるよう、銀行のスマホアプリを多言語化するなど、金融サービスの利便性向上に取り組んでいます。
そのほか、顧客の声紋などでキャッシュカード所有者の本人確認をする生体認証サービスや、チャット形式で個人の情報を登録し、家族や成年後見人に共有できる生前遺言システムなど、高齢者や障がい者、外国人を想定したさまざまなサービスが登場しています。
このほかにも、金融リテラシーを学べるアプリなども登場し、金融に対する人々の意識も変わりつつあります。とはいえ、世界で広がりつつあるファイナンシャル・インクルージョンに対する理解度は、日本ではまだ低いのが現状。今後、この概念をさらに広め、社会的弱者が取り残されることのない金融の仕組みを実現するため、ICT活用の展開がますます期待されます。
連載記事一覧
- 第2回 ばらまき型メールによるウイルス感染に注意 2016.02.01 (Mon)
- 第4回 どこが変わったの? いまどきの無線LAN事情(前編) 2016.02.19 (Fri)
- 第5回 どこが変わったの? いまどきの無線LAN事情(後編) 2016.02.29 (Mon)
- 第8回 FAX複合機に注意!内部データが丸見えに!? 2016.04.08 (Fri)
- 第10回 デジタルサイネージで“おもてなし”(前編) 2016.05.23 (Mon)
- 第11回 デジタルサイネージで“おもてなし”(後編) 2016.05.30 (Mon)
- 第12回 東大職員も騙された!心理の隙を突いたサイバー攻撃 2016.06.03 (Fri)
- 第13回 起きる前に芽を摘む!内部不正とヒューマンエラー 2016.06.17 (Fri)
- 第14回 せっかく育成したセキュリティ担当が、転職!? 2016.07.15 (Fri)
- 第15回 すぐにしないと命取り!?事例で見るセキュリティ対策 2016.07.15 (Fri)
- 第20回 社内に溜まった紙資料の問題を「電子化」で解決! 2016.10.21 (Fri)
- 第22回 面倒なマニュアル作成もクラウドで解決!? 2016.10.28 (Fri)
- 第23回 クラウド化のメリットはコスト削減だけではない! 2016.11.29 (Tue)
- 第24回 夜間の回線トラブルがもたらし得る大きな損害 2016.12.02 (Fri)
- 第25回 データとIT資産の管理はアウトソーシングすべし 2017.03.06 (Mon)
- 第26回 会話するロボットを自社スタッフとして活用する方法 2017.03.28 (Tue)
- 第27回 システム管理者も“クラウドに置く”時代!? 2017.04.28 (Fri)
- 第28回 社内から「繋がらない」の声をなくす、VPNを検討してみる 2017.05.12 (Fri)
- 第29回 ランサムウェアの脅威に備える最適な方法とは? 2017.05.25 (Thu)
- 第30回 社内にネットワーク管理者は不要の時代!? 2017.05.26 (Fri)
- 第31回 VPNってなに?今さら聞けないVPNはじめの一歩 2018.02.22 (Thu)
- 第32回 拠点間同士を結ぶネットワーク、今はVPNがトレンド 2018.02.23 (Fri)
- 第33回 ネットワーク監視も24時間サービスが最適な理由 2018.02.28 (Wed)
- 第34回 セキュリティ人材の争奪戦勃発!企業は何をすべき? 2018.03.22 (Thu)
- 第35回 今からでもまだ間に合う! ICT管理者探しはお早めに! 2018.03.28 (Wed)
- 第36回 押し寄せるデータの波は、NASでは乗りこなせない! 2018.03.30 (Fri)
- 第37回 専門知識は必要なし!今どきのホームページ制作事情 2019.01.10 (Thu)
- 第39回 初診の「オンライン診療」解禁、対応病院は1万件に 2020.06.12 (Fri)
- 第40回 コロナでも急成長、「サブスク」で継続利益を確保する 2020.08.05 (Wed)
- 第41回 知らないと損!新たな顧客体験「OMO」で売上UP 2020.12.23 (Wed)
- 第42回 こんなAI/IoTの導入は失敗する!重要なのは顧客視点 2020.12.23 (Wed)
- 第43回 売れないスルメにも意味がある!チャンス発見学とは 2020.12.23 (Wed)
- 第44回 離島や薬局で導入・実証進む、オンライン診療のいま 2021.02.19 (Fri)
- 第45回 ビジネスチャット。安全・手軽なコミュニケーション 2021.04.30 (Fri)
- 第46回 並ばず買い物OK、コロナ禍で需要伸びる無人店舗 2021.06.03 (Thu)
- 第47回 地方創生のカギ、どこでも受講できる「ネット大学」 2021.06.03 (Thu)
- 第48回 薬局DXのいま、ロボット活用やドローン配送なども 2021.06.15 (Tue)
- 第49回 建設業の人件費を約4割削減も、進むi-Construction 2021.06.15 (Tue)
- 第50回 「言葉の壁はなくなる?」NICT隅田氏に聞く 2021.07.01 (Thu)
- 第51回 全労働人口の8割を占める、デスクレスワーカーのDX改革 2022.11.15 (Tue)
- 第52回 高齢者のデジタルデバイド問題に立ち向かう自治体・企業のいま 2022.11.15 (Tue)
- 第53回 AIやビッグデータ活用も、進化し続けるデジタルサイネージ2022.12.21 (Wed)
- 第54回 コスト削減やデータ活用に期待、電子レシートの可能性2022.12.21 (Wed)
- 第55回 「お絵描きAI」のビジネス活用の可能性と課題とは2022.12.21 (Wed)
- 第56回 AI採点や新スポーツも、スポーツテックとは何か 2022.12.21 (Wed)
- 第59回 「ベビーテック」は少子化対策の切り札になるか?2023.03.06 (Mon)
- 第60回 研究現場もDX!ラボラトリーオートメーションとは2023.04.28 (Fri)
- 第61回 人生100年時代のファイナンシャル・インクルージョン2023.05.16 (Tue)
- 第62回 その通信機器、実は違法かも!?「技適マーク」の重要性2024.01.17 (Wed)
- 第63回 スポーツ観戦は、データと一緒に見ればもっと楽しい2024.07.11 (Thu)
- 第57回 Z世代の心をつかむ「メタバース採用」とは2023.01.30 (Mon)
- 第58回 医療・健康ビッグデータ「PHR」はビジネスチャンスとなり得るか2023.01.30 (Mon)