いつもの半分以下の時間しか寝ていないと、頭がぼんやりして作業効率が低下したなどの体験から、寝不足が心身に悪影響をもたらすことは多くの人が実感しています。しかし、近年の研究で「毎日6時間寝ていてもガンやアルツハイマー病のリスクが高まる」という報告が注目を集めています。
日々の睡眠時間が少し足りていない状態を、米スタンフォード大学の研究者らは「睡眠負債」と命名しています。この新たなキーワードを元に、日々の睡眠時間が少し足りない状態が、健康にどのように影響するのかを解説します。
自覚の少ない睡眠負債が心身に影響を及ぼしている
日々の睡眠時間が少し足りない睡眠負債という生活習慣を続けると、身体面だけでなく、精神面でも中長期の健康リスクにさらされることがわかりました。また睡眠負債は、週末の寝だめでは解消しきれないということも分かっています。睡眠時間が1時間足りないと、それ以上の睡眠時間を取らないと解消できず、不足分に利子がつく負債のような性質から、睡眠負債と名付けられています。
睡眠に関する実験として、米ペンシルバニア大学などの研究チームは、6時間睡眠をとった被験者グループと徹夜のグループで、注意力や集中力を比較しました。徹夜グループは反応速度が急激に低下しますが、6時間グループも徐々に低下し続けます。そして6時間グループの反応速度は2週間すると、2晩徹夜した3日目とほぼ同じレベルまでに低下してしまうのです。
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センターでは、睡眠時間が改善された場合についての実験を行なっています。睡眠時間が1日あたり約1時間短い状態である成人男性15名に、9日間にわたって12時間の睡眠をとらせました。すると眠気のみならず、内分泌機能の一部に改善が認められたそうです。内分泌機能の改善では、ストレスホルモンと呼ばれている副腎皮質刺激ホルモンやコルチゾールの濃度が低下したそうで、心身ともに改善されたことが判明しています。
これらの実験から、睡眠負債が心身に影響を及ぼしていることがわかりました。また、2015年に厚生労働省が行なった「国民健康・栄養調査」では、日本の睡眠事情を調査しています。その調査では、日本人の約4割が6時間未満の睡眠しか取っていないと報告されています。さらに、ここ10年で6時間未満の割合が増加しているそうです。日本人にとって睡眠負債は珍しいことではなくなりつつあるといえるでしょう。
睡眠負債で発症リスクが高まる病気も
睡眠負債が及ぼすものは、心身の機能低下だけには留まりません。東北大学が宮城県の女性に行なった乳がん発症率の調査によると、平均睡眠時間が6時間以下の女性は、7時間の睡眠をとっている女性に対して、乳がんの発症リスクがおよそ1.6倍にアップすることが分かりました。
また老後の生活に大きく影響する認知症の発症にも、睡眠負債が関わっている可能性があることが分かっています。
米スタンフォード大学の西野精治氏や、米ワシントン大学のジェウン・カン氏らの実験によると、睡眠負債の状態に置かれたマウスは、アルツハイマー病の原因物質が脳に蓄積しやすくなったという結果を発表しています。
アルツハイマー病を発症させる原因物質は、人の脳に約25年前から蓄積されるそうです。70歳代での発症を仮定すると、40歳後半から蓄積が始まることになります。その年齢は働き盛りと重なるため、睡眠負債に陥りやすい環境でもあります。
そのような危険性を減らせるよう、睡眠負債を少なくするために生活習慣で配慮すべきことを紹介します。
睡眠負債の蓄積を防ぐために
働き盛りのビジネスパーソンが、充分な睡眠時間を確保することは容易ではありません。睡眠時間の確保が難しい場合は、寝る前の生活習慣を見直すと、寝付きがよくなる、朝まで目が覚めないなどの睡眠の質を高めることができるそうです。早めの帰宅などによる時間確保が難しいのであれば、寝付くまでの時間を短縮してみましょう。
厚生労働省が2014年に発表した「健康づくりのための睡眠指針」によると、寝付きを良くするには、体温と明るさが大切であるとしています。
人間の体温は、表面と身体内部で差があります。起きているときは身体内部の体温が高く、寝ると表面と身体内部の温度差が少なくなります。体温調節に気を配ると寝付きが良くなるそうです。もし寝室の気温が低すぎると、手足の血管が収縮して身体内部の体温を維持し、気温が高いと表面温度が上がり発汗するため寝付きが悪くなるのです。就寝前には、寝室の室温を快適と感じるように調整しましよう。
寝室の明るさも大切です。明るい光には目を覚ます作用があります。寝室の照明は、白っぽい色味は避けたほうが良いとされています。就寝時は必ずしも真っ暗にしなくても大丈夫ですが、自分が不安を感じない程度の暗さまでに照明を落としておくことをすすめています。
ほかにも、就寝時間の1時間ほど前からはスマートフォンやPCの操作も控えるべきとしています。それらの機器から発するブルーライトが、神経を刺激して覚醒してしまうからです。
就寝だけでなく、起床時の明かりも大切になります。朝起きたら、照明ではなく日光を浴びましょう。体内時計がリセットされて、内分泌などの体内活動時間が適正な状態になります。それによって夜が更けると、自然と眠気を感じるようになり、寝付きがスムーズになるそうです。
米スタンフォード大学の西野氏は著書で、寝付いた最初の90分で深い眠りに入ると睡眠の質が上がるとしています。寝付きが良ければ質も向上するそうで、西野氏も就寝前の体温調節や照明の重要度を説いています。まずは就寝前の環境を整えて、少しずつ睡眠負債を解消しましょう。
【関連記事】
http://www1.nhk.or.jp/asaichi/archive/170904/1.html
https://style.nikkei.com/article/DGXMZO17970880S7A620C1000000
http://www.ncnp.go.jp/press/release.html?no=124
http://bunshun.jp/articles/-/3419
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