世界的なコーヒーチェーンのスターバックスには、通常のチェーン店では必ず存在するものがありません。それは従業員の接客用マニュアルです。
マニュアルがないにもかかわらず、スターバックスはなぜ高いホスピタリティを提供することができるのでしょうか? 今回はその秘密を調べてみます。
場面に応じた最高の顧客対応を提供
日本では1996年に銀座で1号店がオープンしたスターバックスコーヒー。いまは全国に拡大し、国内店舗数は1,000店を超えるまでに成長しました。流行り始めのころは「トール」「グランデ」といった注文方法に混乱した人もいたかもしれませんが、今では自分好みのオーダーをする人も増えています。
店頭ではスタッフが、顧客のさまざまなオーダーに笑顔で応じる姿が見られます。“さぞ分厚いマニュアルを読んでいるのだろう”と思いきや、スターバックスにはドリンクのレシピマニュアルこそあるものの、接客マニュアルは存在しません。
スターバックスでは、細かいマニュアルをたたき込む代わりに、サービスに対する基本的な考え方を指導しています。その極意は「接する、発見する、対応する」の3つです。「接する」は、顧客との対話を通して相手の気持ちを汲むこと。そうして本当に顧客が求めているサービスはなにかを「発見する」、そして最後に、要望に「対応する」ことで満足をしてもらう、というものです。
シンプルではありますが、シンプルゆえにごまかしがきかず、高いレベルのコミュニケーション能力を必要とする接客といえます。例えるなら、一流のすし屋に行って、職人さんとのなに気ない会話から、こちらの体調を看破されて、そのときに最も合ったネタを握ってくれるようなサービスです。
人は千差万別で、たとえ常連さんでも日によって気分が違います。そうした細やかな心の機微をすくい取れるのは、マニュアルにとらわれないスタッフによるサービスだからなのでしょう。
マニュアルはないが研修はある
スターバックスには、サービスに関する逸話がいくつかあります。例えば築地店で、客から市場で買ってきた魚を預かってくれ、と頼まれたということもあったといいます。スタッフは実際に魚を預かったそうです。
もしも細かなマニュアルが規定されている店だったら、こうした臨機応変な対応はなかなかむずかしいでしょう。魚の預かりを頼まれたケースが、マニュアルに書いてあるはずもありません。あるとすれば、「イレギュラーには対応しない」といった項目になるでしょう。スターバックスでは、スタッフに行動の権限を委譲し、自主性を重んじて創意工夫をすることで、高いホスピタリティを生むようにしているのです。
とはいえ、従業員に何もかも任せれば良いというわけではありません。スターバックスには接客マニュアルがないものの、新人には80時間に及ぶ研修を行っています。これはアルバイトであろうと正社員であろうと同じです。臨機応変な対応は、従業員教育のたまものであることも忘れてはいけません。
低い離職力の裏にハワード・シュルツの理念あり
スターバックスのもうひとつの特徴として、離職率の少なさがあります。離職率は正社員で年間パーセンテージがひと桁代、流動性が高いアルバイトでも50パーセントを下回る年もあるほどです。自主性を重んじる会社風土が、スタッフのモチベーションアップにつながっており、従業員の定着につながっているのでしょう。
人を大切にする風土の形成は、スターバックスの中興の祖であるハワード・シュルツ会長の経営理念が色濃く反映されているでしょう。同氏はニューヨークのブルックリンにある低所得者層向け住宅に育ち、決して裕福ではありませんでした。日雇い労働者であった父は仕事に苦労し、若くして没しました。
シュルツ氏はそんな境遇で育ったためか、自分がビジネスをやるときは、誰もが能力をイキイキと発揮できて、それが正しく報われる働きやすい環境を作ろうと心に決めたそうです。顧客が大切であることはもちろんですが、従業員が人間らしく働いて幸福な生活を営むことが、おいしいコーヒーと高いホスピタリティにつながるのです。
経営者の理念は、事業の規模が大きくなればなるほど、全従業員に浸透されるのがむずかしいものです。しかしスターバックスのように各従業員に落とし込まれていれば、理念は薄まらず、広がっていくようです。経営のヒントは、会社の創業期を紐解くことで見つかるかもしれません。
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