元リクルートのトップセールスマンでありながら、47歳で教育界へと転身した人物といえば藤原和博氏である。杉並区立和田中学校の校長を5年間務め、現在は奈良市立一条高等学校の校長を務めている“ビジネスマン兼教育者”だ。
前編では、これからの時代に求められる考え方について、素早く正解にたどり着く「正解主義」ではなく、自分自身の知識・技術・経験を組み合わせて、その時々の状況の中で最も納得できる解を導き出す「修正主義」に基づいた行動が求められることを詳しく紹介した。
後編は、これからの社会に求められる会社組織の在り方や、藤原氏が提唱する、ビジネスパーソンが自身のキャリアの希少性を高める「三角形モデル」というアプローチについて迫った。
そもそも「マネジメント」=「管理すること」が時代に合わなくなっている
──前編では藤原さんが教育現場で行っている取り組みについて伺いましたが、後半はビジネスに関する話を聞かせてください。たとえばビジネスの現場で、これから会社組織に求められるものは何だと考えていますか。
一言で言うと「ダイバーシティ」(多様性)です。
20世紀は「成長社会」でしたが、21世紀は「成熟社会」へと変わったことで、かつて重んじられていた情報処理力よりも情報編集力が求められる社会に変わりました。みんな同じやり方、考え方でひとつつの正解を一緒に実行していく時代から、それぞれが異なる手法や考え方を持ち、正解ではなく「納得解」(周囲が納得できる解決策)を皆で「共同的に」編み出していく時代となったのです。
そんな時代の変化を読み取れずに、いつまでも「みんな一緒」というやり方を引きずっている企業も多く見受けられますが、そうした企業は既に利益を出すことが難しくなっています。これに対し、「それぞれ一人ひとりが異なって当たり前」というダイバーシティを重んじる企業は、イノベーションを起こして大きくビジネスを伸ばしているのです。
そもそも正解のない、修正主義の今の成熟社会には「管理すること」というもの自体が馴染まないかもしれません。
たとえば多くの会社では、上司は「管理する人」、部下は「管理される人」、という一方的な図式ができあがっているでしょう。20世紀であれば、「とにかく自分が皆を引っ張っていかねば」と考える部長や課長が部下をリードすることで、組織は強みを発揮できました。
しかし、それでは組織として成果を出せなくなってきています。いまの成熟社会では、上司であろうと部下であろうと、その時々の状況で最も納得できる「解」を導き出すことが強く求められています。
「アルバイト時給8百円」「コンサルタント時給8万円」の差はどこにある?
──企業においても、より個人の力が重要になるということですね
そのとおりです。そういう意味では、私がかつて所属したリクルートという会社は、まだ日本が成長社会であった時代から「個人」を握ろうとしていた会社であったと言えるでしょうね。
リクルートでは、たとえば20世紀から21世紀にかけて、それぞれの上司を通さずとも社内での引き抜きを可能にするシステムをイントラネット上に構築しました。こうして組織の事情に邪魔されることなく、個人のやる気やポテンシャルを最大限に引き出せるようにしたわけです。
ITをうまく活用してこのようなシステムを構築すると、やがて社内は「人材マーケット」と化してきます。すると、男性か女性か、どこの大学出身か、はたまた都市出身か田舎出身かなんていう表層的な要素はどんどんと薄くなっていきます。一方で、社員それぞれの本質的な「個人の市場価値」が問われるようになってくるのです。
──「個人の市場価値」とは、具体的にはどのようなことを表すのでしょうか
個人の市場価値については、働くことの対価、つまり収入について考えてみるとわかりやすいでしょう。
一般的なサラリーマンの年収を労働時間で割ると、概ね2000円から5000円の間に落ち着くはずです。これに対し、通常の店舗などでのアルバイトが時給800円ぐらいで、専門の庭師や大工だと10,000円ぐらい、医師や弁護士が30,000円程度、そしてシニアコンサルタントのような人々は時給80,000円にも及ぶでしょう。つまり、労働の対価に100倍もの開きがあるわけです。
では、この800円から80,000円の差を生み出している鍵は何でしょうか。
つまり異なっているのは、仕事の苦労の度合いだとか技術の有無とかではなく、希少性があるかないかなのです。誰かに取り替えられることのできない仕事であるほど、市場価値が高まるわけです。
ここに気づくことができれば、サラリーマンもまた、社外・社内を問わずに自身の市場価値を高めるために、皆と同じように進むのではなく、少しでも他人とは違う方向へと向かうようになるはずです。そして、そんな社員が増えることで、組織にもダイバーシティが浸透し、その結果、競争力が備わっていくようになっていくのです。
“100万人に1人”の希少性を手に入れる「三角形モデル」とは
──とはいえ、誰かに取り替えられないスキルを得るのは、簡単なことではないと思われます。たとえば、個人のキャリアの中で劇的に希少性を高める方法はあるのでしょうか
あります。それも“100万人に1人”のレベルの希少性を手に入れるアプローチです。
しかも、それは何も特別な才能のある人でなければ不可能というものではありません。100万人に1人というのはオリンピックのメダリスト級の希少性ですが、このモデルであれば実にほとんどの人々が100万人に1人の市場価値を発揮できるようになると思います。私はこれを、キャリアの「三角形モデル」と呼んでいます。
どんな仕事であっても、1万時間以上の実践を経れば、それなりにマスターレベルに達しているはずです。世の中には実に多様な仕事が存在しますから、その仕事が経理であれ営業であれ、その時点で既に100人に1人の希少性を持っていることになります。これが三角形の“底辺”となるのです。
そして次はここに違うスキルを掛け算して、“右足の軸”を作り、底辺をよりしっかりとした線に固めていきます。2つの掛け算で、まず食べていけるライフラインができました。
ここで何を掛けるかがとても大事です。なるべく“底辺”の幅を広げるようなものがいいでしょう。たとえば最初が経理の仕事ならば、税理士の資格を取得したり、宣伝だったならばデザインの勉強をしたりすることです。それを1万時間やり遂げれば、さらに100人に1人の存在となるため、最初の仕事と掛け合わせると1万人に1人の希少性が手に入っているはずです。
そして今度は、また1万時間をかけて三角形の頂点をつくっていくのですが、ここは底辺から離れれば離れるほど、面積(=市場価値)を広げることができます。ここからは、お笑いを極めるとか、美容師の資格をとるとか、趣味や興味の赴くままで構いません。というかむしろ、その方が良いです。この3つ目は無謀な演出が重要ですから。面白い、楽しい、チャレンジングな冒険をするべきでしょう。
もちろん、自分の年齢なども気にすることはありません。かく言う私自身、20代で営業とプレゼン、30代でリクルート流マネジメント術という三角形の底辺をつくり、40代後半になって民間校長として教育の世界へと飛び出すことで、三角形を形成してきたのですから。それが50代であろうと60代であろうと全然問題はないのです。むしろ三角形の頂点をより高くして面積を広げるのにぴったりなのが、「志」や「理想」といった哲学性を重んじるようになる60代であると言えます。
経営者からしてみても、100万人に1人のスキルを持ったプログラマーを採用するというのは難しい話ですが、三角形モデルに基づいた100万人に1人の人材を育てることは十分に可能だと思います。そして希少性のある人間というのは、同様の仲間を呼び寄せる力がありますから、そうした人材を1人また1人と育てることができれば、その度に組織のダイバーシティは飛躍的に向上し、企業の価値もまた高まっていくわけです。
これから10年、時代は大きく変わる
──藤原さんがこれからどんな“頂点”を目指していくのか、まったく読めません。今後はどのような分野に挑戦していくつもりでしょうか
Googleの元CEOであるエリック・シュミット氏も言っていますが、私達がこの10年の間に確実に目にするのは、世界中の50億もの人々がスマートフォンなどのデバイスがネットワーク化されることによって出現する、まったく新しい世界です。そこではAIやロボットもつながっていきますし、人間の脳のあり方自体も大きく変わってくるはずです。
しかしそんなデジタルな世界となっても、人間の「教師」の役割というのは決してなくなることはないでしょう。これからはそのような人間的分野の開発にチャレンジしていきたいと考えていきます。
具体的な挑戦の内容については、ちょっと宣伝になってしまい照れくさいのですが(笑)、来年2月に出版予定の私の本『10年後、君に仕事はあるのか?』(ダイヤモンド社)の中で詳しく説明しますので、興味のある方はぜひ一読してみてください。
インタビュー:小池 晃臣
藤原 和博(ふじはら かずひろ)
1955年、東京都生まれ。著述家、教育改革実践家。1978年、東京大学経済学部を卒業後、リクルートに入社。2003年4月、東京都初の民間人校長として杉並区立和田中学校の校長を務めたのち、2016年4月、奈良市立一条高等学校の校長に就任。
連載記事一覧
- 第1回 厚切りジェイソンに聞く!芸人と役員 両立の秘密 2016.08.19 (Fri)
- 第2回 厚切りジェイソンが力説!日本企業はココがおかしい 2016.08.26 (Fri)
- 第3回 H.I.S.澤田会長に聞く、電話1本で起業した苦労と工夫 2016.09.15 (Thu)
- 第6回 ジャパネットの高田明前社長が会長職に就かない真意 2016.10.27 (Thu)
- 第7回 イジメ、裏切り…OKWAVE兼元社長が歩んだ試練の半生 2016.11.10 (Thu)
- 第8回 ホームレスから社長、OKWAVE兼元社長が起業するまで 2016.11.24 (Thu)
- 第9回 ビジネスマン兼教育者、藤原和博氏が日本企業を斬る 2016.12.09 (Fri)
- 第10回 藤原和博氏に聞く、100万人に1人の人材を育てる方法 2016.12.16 (Fri)
- 第11回 “倒産寸前”はとバスをV字回復に導いた社長の苦闘 2017.01.06 (Fri)
- 第12回 はとバスを窮地から救った本当の「現場重視」とは? 2017.01.13 (Fri)
- 第13回 入社3年目で社長に。一風堂を継いだ清宮俊之とは? 2017.02.03 (Fri)
- 第14回 一風堂が目指す「変わらないために変わり続ける」とは? 2017.02.10 (Fri)
- 第15回 突然の業績不振、無印良品元社長はどう対処したのか 2017.04.14 (Fri)
- 第16回 無印良品をV字回復へ導いた「経験主義」の否定 2017.04.21 (Fri)
- 第17回 「泡沫候補」東国原英夫はなぜ有権者に選ばれたのか 2017.05.19 (Fri)
- 第18回 東国原英夫の改革は、椅子を変えることから始まった 2017.05.26 (Fri)
- 第19回 “目標120%” 「PlayStation 4」開発責任者の心得 2017.06.02 (Fri)
- 第20回 PlayStation開発 120%の力の使い道 2017.06.16 (Fri)
- 第21回 落語家・柳家小せん × 「空気を読む力」= ? 2017.06.30 (Fri)
- 第22回 「プレッシャーは克服しない」柳家小せんの仕事観 2017.07.14 (Fri)
- 第23回 「経験が必ずしもプラスにならない」羽生善治の心構 2017.07.28 (Fri)
- 第24回 羽生善治は、わざと損する一手でチャンスを作る 2017.08.10 (Thu)
- 第25回 「読者のことを考えるのは傲慢」羽田圭介の気構え 2018.02.09 (Fri)
- 第26回 「時間と集中力の無駄遣いはダメ」羽田圭介の仕事観 2018.02.23 (Fri)
- 第27回 コシノジュンコ流「異業種交流から始まる顧客開拓」 2018.03.27 (Tue)
- 第28回 コシノジュンコが考える、日本の今後と仕事への姿勢 2018.03.29 (Thu)