H.I.S.(株式会社エイチ・アイ・エス)といえば、航空券や海外・国内旅行パッケージをリーズナブルな価格で提供する旅行業者として、業界を代表する存在である。
そんな同社も、元々は1980(昭和55)年、新宿のビルの一室で、現取締役会長の澤田秀雄氏が起業したベンチャー企業だった。当時のオフィスには電話一本、机二つだけしかなかったが、1996年には航空会社「スカイマークエアラインズ(現スカイマーク)」を設立し、2010年には九州のテーマパーク「ハウステンボス」を子会社化するなど、旅行業界に革命を起こしてきた。
なぜH.I.S.は、ここまで成功を収めることができたのか? そして成功を収めた今、何を目指しているのか? 起業から現在に至るまでの道と、これから進んでいく道を、澤田本人に聞いてみた。前編では、澤田がH.I.S.を起業し、成功を収めるまでの苦労と努力を取り上げる。
海外留学で「みんながハッピー」になるビジネスを発見
――まずは、澤田さんがH.I.S.を起業するまでの話を聞かせて下さい。高校卒業後に世界中を旅されたようですが。
私が高校を卒業する頃は、ちょうど学生運動の真っ只中。日本の大学に進学しても、まともに勉強できる環境ではなかったので、思い切ってドイツのマインツ大学に留学しました。
もともと高校の頃から旅行が趣味だったので、留学中も旅をしようと思い、結局4年半でアフリカ、中米、南米、中近東、アジアなど50ヶ国以上を周りました。
もちろん旅を続けるには資金が必要ですから、夏休みにビジネスをやることを思いつき、ドイツ語が話せたので日本人観光客向けの通訳ガイドをはじめたら、これが大当たり。それからツアーを企画して、ホテルのフロントマネージャーに頼んで日本人客を紹介してもらったりしているうちに、月に100万円以上稼げるようになりました。今で言う学生ベンチャーの走りです。
マネージャーにも手数料を払い、お客様も喜んで、私も旅行資金が貯まる。みんながハッピーになるので「これはなかなか面白いビジネスだぞ」と思いました。
――貯めたお金は、全て旅行資金に充てたのですか?
いえ、株のことを勉強して投資することにしました。当時は石油ショックがあって、世界の株が暴落していました。株価を毎日見ていると、フォルクスワーゲンの株が原価を割り始め、このままいくとフォルクスワーゲンがつぶれる、そうなればドイツがつぶれてしまう、と一瞬思いました。でもドイツがつぶれるなんてあり得ないでしょう。
それでフォルクスワーゲンの株と、日本の日立製作所の株を買うことにしました。それから数ヶ月旅に出るんですが、ドイツに戻ってきたら株価が戻りはじめ、投資額は1.5倍くらいに膨らんで、数千万円になっていました。
電話一本、机二つだけのオフィスで資金を失う日々
――その後、1976年に日本に帰国しますが、すぐに旅行業をはじめたのですか?
いえ、世界中を飛び回って仕事をしたかったので、投資で儲けた資金を元手に、まず貿易事業(毛皮の輸入販売)をはじめました。ところが、ちょうどワシントン条約が採択されて、毛皮の輸入が厳しくなり、結局途中で断念しました。
次に思いついたのが旅行業です。当時の私は常々、日本で販売される航空運賃の高さに疑問を感じていました。航空券は、団体料金で安く仕入れて個人にばら売りしたり、マイナーな航空会社のチケットを扱えば、正規料金よりも安くできる。ヨーロッパの人はそれを利用して、約半分の料金で日本に来ているのに、なぜか日本人はその倍も払っている。そこを埋める格安航空券を手掛ければ、きっとビジネスチャンスがあると感じました。
――そのアイディアが、今のH.I.S.につながるのですね。
そうです。1980年12月に、新宿のビルの1階で、H.I.S.の前身となる株式会社インターナショナルツアーズを設立しました。電話一本、机二つだけの事務所でスタートしましたが、最初の1週間はお客がまったく来ませんでした。来たとしても、小汚いオフィスに、20代の若いスタッフがいて「お金を先にいただいてチケットは空港で渡す」と言われれば、誰でも躊躇しますよね。
とにかく起業から6ヶ月は辛かったです。家賃、電話代、人件費などで、あっという間に1,000万円が無くなりました。このままだとマズイと思いつつ、あまりにも暇なので、「徳川家康」をはじめ、「孫子の兵法」や「三国志」など、歴史小説ばかり読んでいました。そうすると、本に登場する歴史上の人物が「石の上にも3年」とか「継続は力なり」と語るのですね。それが妙に心に響いて、とりあえず信じて頑張ってみようと思ったんです。
そのうち「騙されてもいいから格安航空券を買ってみよう」という奇特な人が現れはじめると、その人たちが「無事に飛べる」と口コミで宣伝してくださって、売り上げがポツポツ伸びていきました。
同業他社の妨害を切り抜けた秘策
――格安航空券と並び、現在の主力商品のひとつであるパッケージツアーについては、どのようにビジネスを進めたのでしょうか。
ツアーについては、大手の旅行会社がやりたがらない商品を開拓して、知名度をあげていきました。
たとえば、最初のヒット商品となったのが、「インド自由旅行」です。バンコクでチケットを手配すると安くなるので、東京からバンコク経由でカルカッタ(現コルカタ)やデリーに飛ぶもので、私のインド旅行経験をベースにしていました。その後も、香港経由の「中国自由旅行」などが人気となりました。
そうするうちに、設立1期目の1981年の年商が約3億円、その後6億、9億、12億、24億と増え、1989年には年商が約164億円になっていました。
そうなると大手旅行会社も黙っていません。100億円を越えた辺りから、いくつかのエアラインにプレッシャーがかかるようになりました。「H.I.S.に卸すんだったら、うちは売らないぞ」となり、当社が仕入れていたチケットがピタッと止まったのです。
――同業他社から妨害を受けたわけですね。どう対処したのですか?
エアラインが直接うちと取引すると大手旅行会社が怒るので、いろんな代理店を迂回させることで、何とかチケットを仕入れるルートを生み出しました。世の中は上手くできていますね(笑)。お客様もエアラインも喜ぶし、うちの会社も大きくなっていくし、みんながハッピーになるんだから悪いことではないんですよね。
業界からの圧力は相当ありましたが、正しいことをやっているという強い信念を持っていたし、スタッフにもそのことは伝えていました。周囲を巻き込みながらプレッシャーを跳ね除けて、前に突き進もうと、みんなを鼓舞し続けたのです。
澤田 秀雄(さわだ ひでお)
1951年大阪府生まれ。1969年、大阪市立生野工業高校を卒業し、その後、旧西ドイツ、マインツ大学に留学。1980年、エイチ・アイ・エスの前身である「株式会社インターナショナルツアーズ」を設立。日本を代表する旅行会社に築き上げた。2009年より株式会社エイチ・アイ・エス代表取締役会長に就任、現在に至る。
(インタビュー 篠原 克周)
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