ワーケーションは日本企業の働き方や雇用形態を変えるきっかけになるのか。日本ワーケーション協会 代表理事の入江真太郎氏と特別顧問の鈴木幹一氏に話を伺いました。
<目次>
「休暇」と「仕事」が同時に成り立つワケ
なぜ外資企業は「カーリング場」で研修をするのか
入念な議論・準備より「1回のトライアル」
ワーケーション実践の第一歩は「自社の課題を見つめ直すこと」
「休暇」と「仕事」が同時に成り立つワケ
働き方改革の取り組みやコロナ禍に伴うリモートワークの普及に伴い、いま「ワーケーション」という言葉がにわかに注目を集めています。ワーケーションとは、「ワーク(仕事)」と「バケーション(休暇)」を組み合わせた造語のこと。例えば旅行を楽しみながら、その旅先で仕事も行うといった新しい働き方・生き方です。
このような働き方を聞くと、中には「バケーションを楽しみながら仕事が成り立つはずがない」「プライベートの時間と曖昧になって仕事の生産性が下がってしまうのでは」と感じてしまう方もいるかもしれません。しかし、こうした先入観を「誤り」だと指摘しつつ、ワーケーションの普及と啓蒙に務めるのが、日本ワーケーション協会 代表理事 入江真太郎氏です。
「ワーケーションにデメリットがあるとしたら、移動や宿泊のコストくらい。それほどワーケーションにはポジティブな効果が得られます。働き方の多様性が重視される今、企業が従業員一人ひとりの豊かなライフスタイルの実現を後押しする上でワーケーションは重要な手段だと考えています」
具体的にワーケーションにはどのような効果があるのでしょうか。入江氏はNTTデータ経営研究所、JTB、日本航空の3社が慶應義塾大学島津明人教授の監修のもとに行った実証実験の例を示します。この実証実験では、各社の参加者にリゾート宿泊施設で業務を行ってもらい、参加者のウェアラブルデバイスから収集されたバイタルデータや参加者からのアンケート調査データを分析して、ワーケーションがどれだけ業務へのパフォーマンスやエンゲージメントに影響があるかを調査したものです。
「ワーケーションというと、公私が曖昧になってしまうのではと思われがちですが、この調査からは、むしろ仕事とプライベートの切り分けが促進されたことが明らかになったのです。そのほか、実証実験中の業務生産性や自社への帰属意識、心身のストレス軽減度合いがすべてプラスの結果になりました。また活動量(運動量)が増えたことで身体的な健康にも寄与することがわかっています。この実証実験に限らず、多くの企業からワーケーションを実施して生産性が上がったという声を聞いています」(入江氏)
同じく日本ワーケーション協会で特別顧問を務める鈴木幹一氏は、次のように語ります。
「ワーケーションの効果は生産性だけではありません。創造性やコミュニケーション面でも効果を発揮できるのです。例えばあるIT企業では、東京拠点の会議室でもできる会議を、わざわざ軽井沢の施設に集まって実施しているといいます。軽井沢で行ったほうが、議論が活発になってアイデアがたくさん出てくることがわかり、わざわざ交通費や宿泊費をかけてまでやる価値があると実証できているからです。
あるコンサルティング会社は、金曜日の役員会を軽井沢で行って、翌日にゴルフをするワーケーションを実践しています。そのほうが、議論が盛り上がってコミュニケーションが活発になるそうです」(鈴木氏)
なぜ外資企業は「カーリング場」で研修をするのか
現在、在宅勤務やリモートワークを導入している企業は多いものの、ワーケーションを正式な社内制度としてすぐに定めることは簡単ではありません。まずは会議や研修などに「余暇」の要素を取り入れて効果を試してみるとよいでしょう。その際に重要になるのがワーケーションを行う候補地の選定です。
「研修にワーケーションを取り入れる場合、離島や秘境のような『非日常』の空間で行うと良いことが明らかになっています。特に外資系企業でその傾向がありますね。面白い例としては、カーリング場の氷の上で行う研修を取り入れている企業でしょう。寒さと緊張感で研修がダラダラせず、受講者の集中力が高まります。カーリング場はいま注目されていて、軽井沢には研修型ワーケーションの用途だけで年間6000人以上が利用している施設もあります」(鈴木氏)
日本ワーケーション協会によると、軽井沢ではリモートワーク移行に伴う移住者やノマドワーカー※の滞在が急激に増加しているといいます。このほか、長野県や新潟県などのスキーリゾートがワーケーションの候補地として注目を集めており、自治体側も「リゾートテレワーク」と銘打ってワーケーションを推奨するPR活動を行っています。
※…特定の場所に縛られず、カフェやコワーキングスペースなどを転々と移りながら仕事をする人。
「諸説ありますが、標高1000メートルにある軽井沢の気圧は、胎児が感じている気圧と同じで、人にとって居心地がいいという主張もあります。いずれにしても非日常的な空間には大きな効果があります。もう1つ付け加えると候補地の選定には気分転換になる要素があるとよいですね。仕事の合間に美術館に行ったり、温泉に入ったり、野鳥の声を聞いたりするのも創造性を高めるのにおすすめです。施設の一部をワークスペースにする美術館も計画されているそうです」(鈴木氏)
ただし、「ワーケーションを強制すると期待する効果が得られなくなってしまう」と鈴木氏は指摘します。
「企業による参加強制は、かえって社員のストレスになることがあります。ある企業でワーケーションを強制的に実施しましたが、参加者の中に前向きではない人がいたそうで、案の定、その参加者だけパフォーマンスが低下したと聞きます。ワーケーションは『ワクワク感』が一番重要であるといっても過言ではありません。ワーケーションの『ワ』はワクワクの『ワ』なのです。むしろワクワクしないワーケーションは実施する意味がないと言ってもいいでしょう。その意味でワーケーションは、参加者の人選も重要な要素になると考えております」(鈴木氏)
入念な議論・準備より「1回のトライアル」
今後は研修だけではなく、日頃の業務にもワーケーションが広がっていくでしょう。とはいえ、すぐに社内制度として取り入れることは簡単ではありません。まずは現行の制度の中でできることを、一部の従業員だけでもトライアルしてみることを入江氏は推奨します。
「リモートワークを認めている会社でも、就業規則の中に場所まで規定されていない場合があります。そのため、現状では会社員自らの意志でワーケーションを行う“隠れワーケーター”が急増している印象です。
会社としては、ガイドラインをわざわざ作っていたら時間もかかってしまいますので、こうした行為を問題視したりデメリットを議論したりする前に1回試してみて、それで自社に合わなかったらやめればいいと思います。まずはいまの制度の中でトライアルしてみることが大事だと思います」(入江氏)
このような新しい働き方への取り組みは、業務の管理方法や評価面と合わせて考えなければなりません。ワーケーションは、企業が考えを変える1つの契機としても意義があると入江氏は強調します。
「ワーケーションではタスクや作業時間の自己管理が重要なので、メンバーシップ型雇用と比較して自身の業務が明確なジョブ型雇用のほうが向いています。まだまだ日本企業の多くは、労働時間の長さで業務を管理する“時間労働主義”の風潮が強いと思いますが、ワーケーションに興味を持ってトライする中で、業務管理の手法やジョブ型雇用など、これからの時代に必要な考え方に気づいてもらえればと思います」(入江氏)
ワーケーション実践の第一歩は「自社の課題を見つめ直すこと」
ワーケーションを実践することで、企業はいままでは享受できなかった業務改善などの気づきが得られる可能性もあります。ただし、実践にあたっての前提として、「必ず明確な目的を持つことが必要」と入江氏は強調します。
「昨今では自治体や旅行業界がワーケーションを過度に喧伝するあまり、それを取り入れること自体が目的になっている風潮も懸念しています。会社としてワーケーションを取り入れるからには、なぜ導入するかを必ず自社の業務課題ベースで考えてもらいたいと思います」
例えばチームワーク強化が課題なら、先述のように研修の一環としてリゾート施設を利用してみたり、働き方改革が課題なら、福利厚生の一環として個人ワーカー向きのサービスを法人で契約してみたり、先進事例の企業を参考にしてみたりと、アプローチはさまざまです。
「ワーケーションで大事なのは、従業員の一人ひとりのワークライフスタイルを豊かにして生き生きと働けるようにすることです。これによって生産性向上や自社へのエンゲージメントが高まり、ひいては企業全体のパフォーマンスも上がるはずです。これからの時代にふさわしい新しい働き方の選択肢の1つとして、ぜひいろんな企業に活用していただきたいと考えています」(入江氏)
テレワークが普及して、この先オンラインの営業活動が一般的になっていく可能性は高いのではないでしょうか。だからこそ、ソーシャルを生かした情報発信やGiveモデルを活用し、”会いたい”と思ってもらうことが大切。やみくもに新規開拓をして数を増やしても、なかなか成果にはつながりません。お客さま1人ひとりの心の中で“最初に思い出す人”になることが、これからの営業にとっては必要なのです」(今井氏)
入江 真太郎(いりえ しんたろう)
一般社団法人日本ワーケーション協会代表理事
同志社大学卒業後、(株)阪急交通社に入社し、旅行業、観光事業、その他海外進出支援事業等に従事。その中でテレワーク・ワーケーションを体験し、海外から訪れるノマドワーカーとワーケーションに関する事業に関心を持ち、独学で知識を身につけたのちに現協会を設立する。
鈴木 幹一(すずき かんいち)
国立大学法人信州大学経法学部社会基盤研究所 特任教授 兼 一般社団法人日本ワーケーション協会特別顧問
(株)読売広告社で本社営業統括補佐、エステー(株)で取締役を経て、現在に至る。そのほか、公立大学法人福井県立大学地域経済研究所客員研究員、公益社団法人福井県観光連盟観光投資特別顧問など、幅広い活躍を見せている。
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