「借金」という言葉はネガティブなイメージが先行しがちです。確かに借金をすれば、元本に加え利子も返済しなければなりません。そのため依存したくないという意見も一理あります。しかし、借入先によっては安定した経営に繋がることは前編で紹介した通りです。後編ではもう少し掘り下げて、借金経営が事業にもたらすメリットについて説明します。
見込み利益1,000万円を実現するには
会社経営は「先行投資をして回収する」という考え方が基本です。事業に必要な原材料や設備、人へ投資し、サービス・商品を販売し、利益を上乗せして資金を回収するというサイクルになります。
たとえば、コンビニエンスストアを出店すれば、年間1,000万円の利益が見込める物件があったとします。出店するには物件の賃料・改装費や、商品の仕入などの資金が必要です。
出店に必要な資金を調達する方法としては、大きく2つあります。自己調達と銀行融資です。
自己調達の代表的な方法としては、出資者の募集と、内部留保の蓄積があります。出資者の募集とは、100~1,000万円単位の金額を出資してくれる人や企業を、自社のネットワークだけで見つけることで、これは簡単ではありません。内部留保は利益の積み重ねであり、必要な金額がタイミングよく蓄積されているとは限りません。
銀行融資は、交渉により100~1,000万円単位の資金調達が可能です。また、融資までの期間がある程度見込めるのも大きなメリットといえます。利益が見込める物件を抑えるには、競合他社に先んじて動く必要があります。そしてビジネスチャンスを掴めば見込み利益が実現し、利益を返済に回すことができます。銀行融資は、資金調達に掛かる「時間を買う」という側面もあり、そのメリットを活かせば、円滑な事業拡大が可能になるのです。
大企業は借金経営でビジネスチャンスを掴む
借金経営で事業拡大を体現している典型的な企業の一例が、携帯電話・インターネット事業を行っているソフトバンクです。2006年3月の携帯電話事業参入の際は、銀行融資によって資金を賄いました。
ソフトバンクは携帯電話事業参入を計画していた当初、インターネット事業などの自社リソースを、携帯電話事業へ発展させる考えでした。自社リソースを新事業へと成長させれば、投資金額を抑えることが見込めたからです。
ところが2006年3月にソフトバンクは、イギリスの携帯電話会社ボーダフォンの日本法人を買収します。方針転換した理由は、ボーダフォンの日本法人が長年築き上げてきた経営資源(ノウハウ・人材・顧客・インフラ)を購入したほうが、自社リソースを成長させるより短時間で投資の回収が見込めるという考えからでした。
ボーダフォン日本法人の買収金額は、1兆7,500億円でした。ソフトバンクはそのうち1兆2,000億円を、銀行からの借入金で賄ったのです。
買収後、ソフトバンクはボーダフォンの経営資源を活用して急成長を遂げます。そして2014年3月期の連結決算では、国内携帯電話会社の売上、営業利益、最終利益で首位となります。参入から10年未満で成功したソフトバンクは、銀行融資によって短期間で見込み利益を実現できることを証明した事例です。
借金と現金預金のバランスが重要
事業拡大時における銀行融資のメリットについて紹介してきましたが、事業拡大を急いで借金が増えるのも問題です。会社経営を安定させるには、借金と現金預金のバランスが重要になります。
借金による事業拡大の理想形は「実質無借金経営」です。実質無借金経営は借金があるものの、現金預金のほうが借金を上回っている状態を指しています。たとえば借金が1億円ありますが、現金預金は1億5,000万円あるといった状態です。
上場企業でも「実質無借金経営」を実践しているところがあります。マンション建設の長谷工コーポレーションは2016年12月31日の時点で、借入金1,244億円に対して現金預金は1,470億円です。しかし、長谷工コーポレーションは借金をゼロにはしません。むしろ、借金を返済しつつも、新たに銀行から融資を受けています。
このような「実質無借金経営」には、会社経営を安定させる2つの効果あります。1つは、借金に依存しない財務体質なので資金繰りが安定する効果。もう1つは、日ごろの返済実績があるので銀行との関係が良好になる効果です。つまり借金だけが頼みというリスクを冒さずに、円滑な資金調達を実現できるのが「実質無借金経営」で、理想的な会社経営とされる理由です。
「借金経営」は、必ずしも悪いことではありません。むしろ、事業拡大をさせたいときには「お金で時間を買う」という大きなメリットにもなりえます。タイミングとバランスを見極めれば、借金は事業拡大のチャンスを捕まえる武器になるのです。
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