「タレント・マネジメント」という言葉をご存知でしょうか。簡単にいえば「従業員の才能やスキルを管理すること」で、具体的には従業員のスキルや経験をデータで管理し、そのデータにもとづいて採用や人材配置を行うことを指します。
すでに欧米では定着しており、日本でもその概念が広がっていますが、最近では単に人材を適材適所に当てはめるだけではなく、リーダーを育成するメソッドとしても注目されています。
今回は、タレント・マネジメントによるリーダー育成プログラムを導入した日産自動車と日立製作所の例をもとに、人材育成の最新動向を見ていきましょう。
あらゆる会議で優秀な人材を探す日産
日産自動車では現在、通称「HPP」(High Potential Personの略称)と呼ばれるタレント・マネジメントを実施しています。
HPPに選ばれた社員は、海外事業所の業務ポストに従事します。現地のビジネスを実践で学び、業績もチェックされる2年間の厳しい出向です。それを終えて日本に戻ると、さらに違う部署で仕事を任され、経験の「幅」と「深さ」の両方を学ぶことになります。日産では、このようなエリート育成を20代の社員にも行っています。
HPPに選出する人材を見極めるためには、人事部門での正しい社員評価が欠かせません。そのため、部内には「キャリアコーチ」という部門が設立されています。
キャリアコーチの仕事は、社内の人材を発掘し、各個人に合った育成プランを綿密に実行することです。キャリアコーチには、社内のあらゆる会議に立ちあい、内密にヘッドハンティング活動を行う権限が付与されています。「優秀な人材を手離したくない!」、「いま異動や海外研修に行かれたら困る!」という現場の意志や、直属の上司から得られる一方的な評価に惑わされずにサポートができるように、このような権利が与えられているのです。
TOEIC高得点者を千人以上海外へ派遣する日立
一方、日立製作所では、グループ全社員を「人材のプール」と捉えた試みを実施しています。
同社では25万人以上の従業員を統括するために、「グローバル人財データベース」というものを構築しています。ここには従業員の基本情報だけでなく、コンピテンシー(高い業績を挙げる従業員の行動特性)やパフォーマンスなどから判断して選び出された、将来のリーダー候補の育成経過も記されています。
同社ではさらに、マネジャーより上の人材は、すべて同じ基準で判断する「グローバルグレーディングシステム」という枠組みも設けています。このシステムは、グループ各社でそれぞれ名称の違うマネージャーポストを横並びにし、職務の壁を超えた評価の実行を行うものです。
若手に限定した育成法としては、TOEICで一定の点数以上の成績があり、本人の希望と見込みのある人材を選び、毎年1,000人に海外派遣を実施しています。派遣先は海外の現地法人だけでなく、顧客先やNPO団体(調査活動)など、90近いプログラムが用意されています。
多様なリーダーが多様なビジネスを可能にする
上記のような取り組みを見てもわかるように、日産や日立では、人事戦略として「グローバルリーダーの育成」を大きく掲げています。これには、求められるリーダー像が変化してきたことが深く関係しています。
経団連が発表した『グローバルに活躍できるマネジャーの確保・育成に向けた取り組み』の資料では、日立製作所の取り組みの紹介文に、理想となるリーダー像について以下のように述べられています。
“これまで、優秀者の中からさらに優秀者を選んでいくということを繰り返し、最終的に残った者が社長になるという「適者生存」的アプローチを採ってきたが、リーダーになるまでの時間が非常にかかる上、どのリーダーも似たような人財になってしまい、各ポジションに最適な人財がはまっていないのではないかとの問題意識があった。
そこで、今後は「適者開発」的アプローチに改め、ポジションごとにジョブディスクリプションと必要条件を定め、特定した人財プールの中から候補者を早期に発掘し育成することとした。”
つまり、これまでのリーダーは、厳しい競争で勝ち残ってきた「強い」人材が中心だったものの、生き残った者だけが上に行ける仕組みでは、結局同じような人材しか残らず、組織が硬直化するリスクが高まる、と経団連は懸念しているのです。そのためここ数年は、大手企業を中心により多様なリーダー像を求める傾向が強くなっているのです。
日産や日立のように、各ポジションに就くべき人材像が明確になっている企業は、すでに10年、20年先を見据えた「開発」を行っています。結果がすぐに現れる投資ではないものの、多様なリーダーを得るためには着実な方法です。
多様なリーダーが揃えば、その分ビジネスも多様になるでしょう。一方で、いつまでも画一的なリーダーのままでは、ビジネスは従来のものと変わりません。先を見越して、未来のリーダーを育てることは、ビジネスを継続的に続けていくうえで重要な視点といえるかもしれません。
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