2023.01.30 (Mon)

企業のデジタルシフト(第24回)

DXを急ぐ企業・組織が導入を進める「リスキリング」

 急速に変化する社会環境に対応すべく企業・組織のDXが急務とされるなか、ICTなどの専門スキルやマインドセットを従業員が習得する「リスキリング(Re-skilling、学び直し)」の必要性が叫ばれています。2022年10月には岸田政権が「人への投資」の支援に5年間で1兆円を投じる方針を表明し、リスキリングの環境整備を後押しする動きが出てきています。いま企業・組織に求められるリスキリング環境について、事例を見ながら考察します。

いま注目される「リスキリング」とは

 経済産業省が実施した「第2回 デジタル時代の人材政策に関する検討会」の資料によると、リスキリングとは「新しい職業に就くために、あるいは、いまの職業で必要とされるスキルの大幅な変化に対応するために、必要なスキルを獲得する/させること」と定義されています。職を離れて教育機関などで再び学習する「リカレント教育」と違い、いま就いている職業で価値を創出し続けるために必要なスキルを習得することが強調されています。

 企業や組織にとって、既存の従業員がICTなどのスキルを習得できる環境を整えることは、業務効率化や生産性の向上を推し進めるうえで必要不可欠です。リスキリングに先進的な欧米では、雇用のコストパフォーマンス面でもその効果が実証されています。ある調査では、外部から新たな専門人材を雇うのは既存の従業員のリスキリングを進めるよりも20%高い人件費がかかることが指摘されています。別の調査によれば、社内トレーニングを受けた従業員は、受けていない従業員よりも約3倍の割合で勤務継続を希望するという結果が出ており、長期的な経営視点でリスキリングの利点が注目されています。

 リスキリングのニーズの高まりを受けて、2022年6月、Googleを主幹事として国や自治体、企業など49の団体が参画する「日本リスキリングコンソーシアム」が発足しました。同コンソーシアムは、200以上のトレーニングプログラムや就職支援サービスを提供するWebサイトを開設し、ジョブマッチングの機会提供などを進めており、2026年までに50万人の利用をめざしています。また、地方自治体を中心に中小企業向けのリスキリング助成金を設立し、eラーニングなどの導入を支援する動きが広がっています。

ジョブ型雇用との連動や職層別研修など、リスキリング導入事例

 国内の企業や自治体によるDXリスキリングには、どのような事例があるのでしょうか?

 まず紹介するのは、国内グループ全8万人の従業員のリスキリングに取り組む富士通です。同社では、2020年に自社学習ポータル「FLX」を立ち上げ、9,600に及ぶ教材を従業員に提供しています。このポータルでは、プログラミングなどのデジタルスキルの習得だけでなく、社内のロールモデルのキャリアを学べる教材を豊富に揃えています。

 注目すべき特徴は、学習プログラムと職務ごとの社内公募の情報をひとつのポータルにまとめている点です。従業員それぞれがめざす職務に必要なスキルと、それに適した教材がひと目でわかるようにしたことで、学習モチベーションの向上につなげています。また、業務時間内に学習できること、終業後の学習は残業扱いにすることで、利用のハードルを下げる工夫をしています。

 行政サービスのDXに向けてデジタル人材の争奪戦が繰り広げられる自治体においても、徐々にリスキリングの取り組みが増えています。政府が掲げる「スーパーシティ構想」区域に指定されている茨城県つくば市では、正しくデータを分析・活用できる人材の育成を目的として、2018年からデータ利活用の教育プログラムを全職員向けに実施しています。それまで部署ごとに必要最低限にしか活用されていなかった人口や土地利用などに関するデータを、部署を横断して利活用することで課題の可視化につなげています。

 同市の取り組みの特徴は、主事・主任級はオープンデータの基礎を理解し、データを可視化して現象を捉える研修を行うのに対し、主査・係長級はGIS(地理情報システム)を使って複数データを組み合わせて課題を捉えるなど、職層別に異なる目的の研修を設けている点です。また全職員が受講することで、職層間や世代間に生まれるデジタルスキルの格差解消にも努めています。研修を受けた職員が、GISを活用して買い物困難者のための移動販売車のルートを検討し運行させるなど、データ利活用の学習効果が施策に反映され始めています。

 時間や人的リソースが限られる組織にリスキリングを普及するためには、目の前の仕事と天秤にかけて有用性を理解させることがひとつのハードルと言えます。名古屋市にある老舗印刷会社、西川コミュニケーションズは紙からAI事業への転換に向けて、社長自らがAIの基礎を学び、模範を示すことで従業員に自主学習の重要性を説得。eラーニングや専門学校での学習にかかる費用を全て会社が負担した結果、文系が大半を占める従業員420人のうち約80人がAI検定試験「G検定」を取得し、事業のデジタルシフトを遂行しました。

リスキリング普及には明確なキャリアパスの提示が必要

 帝国データバンクの調査によれば、国内企業の48.1%がリスキリングに対して何らかの取り組みを実施しています。しかし企業の規模別にみると、従業員1,000人超の企業では74%が取り組んでいる一方、100人以下の企業では45.5%にとどまっており、組織の規模によって乖離があるのが現状です。人材投資に必要な金銭的・時間的コストがハードルとなっており、助成金制度の効果もまだ一部にとどまっているようです。

 また、パーソル総合研究所が行った調査では、データ分析スキルなどデジタル領域のリスキリングを経験した人は2割程度にとどまるなど、学習機会の普及はまだ道半ばと言えます。その背景には、時間や費用面での負担に加えて、明確なキャリアビジョンに関連づけて考えることができない、あるいはマネジメント層など上司の支援を得づらいといった事情があります。リスキリングは、具体的なキャリアパスの提示とセットになって効果を発揮するものです。ただ学習機会を提供して終わりではなく、各々が抱える課題や目標に対してどんなスキルアップが有効なのか助言できるような、上司・部下の対話の促進が不可欠でしょう。

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