企業のデジタルシフト(第4回)

ICTサポートを巡る「たらい回し」物語

posted by 高橋 秀典

 東京都下に6つの保育園を運営する株式会社のびのび(仮名)では、本部主導で各保育園にクラウド型の業務支援システムを導入しました。年間指導計画や月次報告書、園児一人ひとりの登降園管理に加え、保育日誌作成など今まで手書き対応してきた書類作成について業務効率化を図っていましたが、ある時システムトラブルに見舞われました。システム障害の原因特定が難しく、復旧までに多くの時間を費やすことになってしまいました。

システム障害の原因が特定できない

 新システムが導入されてからすでに3カ月。現場も使い方にも慣れてきた頃、一本の電話が本部で業務部主任を務める小池信也さん(仮名)に入ります。小池さんは6年間、新卒の保育士として現場を経験してきましたが、パソコン関係に詳しく、3年前から本部異動となりました。7人の本部スタッフの中で最も若く、幅広い仕事を担当しながらもシステム関係業務を一手に担当しています。

 「インターネットにつながりません。どうしたらよいでしょうか」と本部から一番遠い保育園に勤務する保育士の岩崎さん(架空の人物。仮名)が話しかけてきます。小池さんは、まず本部にある自分のパソコンからシステムを立ち上げました。

 ですが、普段と特に違ったことはありません。「岩崎さん、申し訳ないんですが、パソコンを再起動してみてください」と小池さん。数分後、再起動したがやはりアクセスできない、との電話が入ります。「LANケーブルが外れていませんか」と小池さんは問いかけます。「LANケーブルモジュールって、一体なんですか」と岩崎さん。

 困惑しながらも「ルーターに接続されていますか」と、小池さん。「えっと……、ルーターってどれですか。園には相談できる人もいなくて」と、岩崎さんの泣きそうな声が電話越しに聞こえます。「らちが明かない」と判断した小池さんは、直接保育園へと向かいました。本部からは1時間以上かかりますが、ほかに方法はありません。

 しかし、現場に着いても原因は不明でした。新システムは、実はパソコン、クラウドサービス、ネットワークについて別々のベンダーから調達していたのです。システム障害の克服には、トラブル原因の切り分けが必須です。

 小池さんは、悩みながらもまずはログを確認し、原因の発見に注力しました。ですが、異常は見当たりません。途方に暮れたところで、システムを構成する各ベンダーに状況を伝え、解決を図ることにしました。

機器ベンダーA社「はい。A社総合サポートデスクでございます」
小池さん「実は、今朝からインターネットに接続できなくなってしまって。障害ログも確認したのですが、状況がはっきりしません。物理的なトラブルではないと思うのですが」
機器ベンダーA社「そうですか、そうしましたら、今からお伝えする窓口にお問い合わせください」

 教えられた窓口に問い合わせたものの、現状を伝えると「異常はない」と言います。困った小池さんは、クラウドサービスに異常があるのではないかと考え、今度はサービスを提供するB社に電話します。

小池さん「実は、今朝からシステムが使えなくなってしまいまして。障害ログを確認したのですが、状況がはっきりせず、お問い合わせしたのですが」
クラウドベンダーB社「そうですか。そうしましたら、今から申し上げる窓口にお問い合わせください」

 思い当たる限りの方策を尽くしましたが、こうしたやりとりが続くばかり。時計の針を見つめると、すでに時刻は17時。システム障害の発生から5時間以上が経過していました。

 ネットワーク自体のトラブルではないだろうかと、はたと思いつきました。加入するネットワーク事業者のウェブサイトを開き、このエリアで回線障害が起きていないか確認。これも違いました。小池さんはわらをもつかむ思いで、ネットワーク事業者の窓口に電話しました。状況を話すとしばらくして、ネットワークが物理的に切れている可能性を指摘されました。すぐに技術者が保育園に来てくれて調査を開始。外からは分かりませんでしたが、昨晩の強風の影響で何かがぶつかり、断線が起きていたのでした。

優秀な社員には戦略的な業務をさせたい

 翌日の午後、事の顛末を社長に報告すると、苦笑いをしながら「このクラウドサービスは確かに便利だ。君にはその旗振り役を期待している。しかし、今回のような対応を今後も君がやるべきなのだろうか」と語りかけてきました。

 「ですが、誰かがサポートしなければならないんです。みんなパソコンには詳しくないし、これからもトラブルが起きる可能性はあります」と、小池さんは少し語気を強めました。

 すると社長は、かばんから数枚のレジュメを出してきました。表紙には「経営者向けのICT活用セミナー」と書いてあります。

 「任せきりでは申し訳ないと、不慣れながらも勉強したんだ。うちみたいに専門スタッフが少ない会社では、保守・運用の一元管理が可能な専門家にお願いするところも多いようだよ。聞いた話だと、障害の原因が不明だと、時間もかかるし、“たらい回し”もあるそうじゃないか。今回は比較的すぐに解決したからよかったものの、私は、君を保守・運用で摩耗させたくない。現場をよく知る君だからこそ、保育士さん達が笑顔で働き続けるためにこれからも頑張ってほしい」と社長。その顔は、少し照れています。

 そこまで自分のことを評価してくれている――。もともと、教育者として第一線で活躍してきた社長に憧れてこの会社で働き始めた小池さん。うれしさと同時に、“のびのび愛”が一層強くなった瞬間でした。

今回の事例のポイント:不足するICT部署の担当者

 近年、企業の情報システム担当者が1人以下の体制で運営する「ひとり情シス」「ゼロ情シス」が話題になっています。こうした中で、事例に見たような多拠点の保守・運用やベンダー間の「たらい回し」によって、情報システムの担当者が本来の業務に集中できないケースも生まれています。

 企業だけではありません。ICTの専門家がいない教育機関や医療機関でも同じような問題が起きています。学校や病院において、ICTの保守・運用は注力すべき業務ではありません。何か起きたときにサポートをたらい回しにされると、本来の業務がおろそかになります。

 現在、ICTは業種・業態を問わず重要な基盤です。今後の働き方改革の実現や生産性の向上に向けて、本来の業務に力を注力するため、システムの保守・運用をアウトソーシングすることは一つの賢い選択肢となり得るでしょう。

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高橋 秀典

高橋 秀典

早稲田大学第一文学部卒業と同時にリクルートに入社。広報室社外広報担当、日本初のソフトウェア情報誌「月刊パッケージソフト」編集長などを務めた後、独立。IT業界に特化した出版・イベント・広告会社を約10年間経営し、現在は経営とITをメインに、ライターとして活動している。

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