最近、「健康経営」という言葉を耳にする機会が増えました。経済産業省は健康経営について『従業員等の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践すること』と定義しています。健康経営は、政府が推進する成長戦略の一環として推奨されており、健康経営に取り組む上場企業を「健康経営銘柄」に指定して発表するなど、外部的な評価としても重要になっています。では、製造業で健康経営を実現するには、どのような取り組みが有効なのでしょうか。IoTを用いた従業員の健康管理方法を交え紹介します。
労働人材の確保に向けて従業員の心身への配慮が必要に
日本の人口は減少傾向にあります。総務省統計局の「国勢調査」と「人口推計」によると、15~64歳までの労働人口は、平成7年の8726万人をピークに、平成30年の7545万人と徐々に減少。総人口に占める割合は平成4年の69.8%をピークに、30年は59.7%という結果になりました。減少する労働人口に対し、65歳以上の高齢者の数は増え続けているのです。
この事実は、近い将来、経済活動に必要な人材が不足することを意味しています。激しい人材の争奪戦が予想され、これまで通用していた労働条件・環境では人が雇用できなく恐れがあります。これを受け多くの企業が、優秀な従業員を確保するために、働きやすい労働環境の整備に力を入れています。
身体的な健康だけではなく、メンタルヘルス対策も重要です。厚生労働省が発表する「令和3年 労働安全衛生調査(実態調査)」によると、メンタルヘルスの不調を起因とする退職・休職者は、事業全体での平均は10.1%。製造業に関しては、15.9%と水準を上回っています。
経済産業省では「健康経営銘柄」や「健康経営優良法人認定制度」といった制度を作成するなど、健康経営実現に向けた政策を推進しています。企業側も、2024年4月に適用される働き方改革関連法による時間外労働の上限規制や月60時間超残業に対する割増賃金引き上げなどに向け、準備を進めています。
健康経営の実践で製造業の4Mを担保
品質管理において製造業では、しばしば4Mという用語が用いられます。これは、物事を「作業者(Man)」「設備(Machine)」「作業方法(Method)」「材料(Material)」の4つの要素で考える手法です。どんなに設備や作業方法、材料が優れていても、作業者(Man)が健康的に働けなければ、生産ラインを正常に動かすことができず、品質や生産性を担保できなくなります。
つまり、従業員の健康促進に対して投資を行い、さまざまな施策を講じることで、さまざまなメリットを得られるようになります。期待される効果には次のようなものがあります。
従業員満足度の向上
定期健康診断の徹底、産業医やカウンセラーの設置、トレーニング施設の利用料補助など、従来から行っていた方法に加えて、従業員の残業時間軽減や有給休暇の取得増加といった働き方自体の見直しも行い、働きやすい環境を整えます。働きやすい環境を整えることで、従業員満足度の向上が期待できます。
モチベーションアップによるパフォーマンスの向上
心身が健康な状態でなければ、仕事に対するモチベーションは一向に上がりません。従業員一人ひとりの能力を十分に発揮できれば、社内が活性化し、パフォーマンスの向上が期待できます。生産性も上がり、ケアレスミスや残業が減るなど好循環を生み出すでしょう。
離職率の低下
残業の常態化や頻発する休日出勤など、長時間労働が退職のきっかけになることもありえます。業務上の理由で残業や休日出勤が必要な場合に割増賃金を支給するだけでなく、残業や休日出勤そのものを減らす施策を実行することで、健やかに働ける体制づくりが実現できます。生き生きと働ける環境が実現すれば、離職率はおのずと下がっていくでしょう。
求人応募者の増加
健康経営への取り組みは、新卒者の会社選択における条件のひとつになります。環境整備に取り組み健康経営を定着させるとともに、社外に向けて広報することで、求職者の増加が期待できるようになります。
ブランドイメージの向上
健康経営の取り組みを積極的に社外へアピールすることで、企業イメージやブランド価値が向上し、顧客から信頼を得られる可能性が高まります。日本政府が推進する健康経営優良法人や健康経営銘柄に認定されれば、よりいっそうアピールの幅が広がり、説得力も増します。
健康経営に取り組むべき企業の共通点とは
このように健康経営によって期待できるメリットは数多くありますが、従来の福利厚生と重複する部分も存在します。視点を変えて、自社に健康経営がどれくらい必要なのか、チェックしてみてはいかがでしょうか。以下の項目にひとつでも当てはまるようなら、健康経営の優先度を上げる必要があるかもしれません。
- 第三者機関の調査による従業員満足度やエンゲージメントが低い
- ヒューマンエラーが一向に減らない
- 遅刻や早退、欠勤者が多い
- 残業や休日出勤が常態化している、有給休暇取得率が低い
- 早期の離職率が高い
- 慢性的に人材が不足している
従業員の健康が損なわれると、退職を希望する従業員が増える可能性が高まります。人材が不足すると、その分の労働力を補うため、既存の従業員の業務量が増加するおそれがあります。結果、ミスが増えるだけでなく、残業も発生するようになり、従業員満足度が低下し、最終的には離職者が増加してしまうでしょう。このような負のスパイラルを断ち切るためにも、従業員の健康を経営戦略として優先事項におくべきです。
IoTセンサーやウェアラブルデバイスを用いて現場を可視化
実際に製造現場で健康経営を実践するには、具体的にどのような方法を取るべきなのでしょうか。
従来でも実施していた健康診断は、引き続き行いましょう。ストレスチェックなどを通して従業員が高レベルのストレスを抱えていないかチェックし、潜在的な課題の発見に努めるのも有効です。その結果を受け、次年度の計画に健康経営施策を盛り込み、現状の社内制度・体制、評価制度の策定・見直し進めていくといったPDCAサイクルを回します。健康経営を行っていることを伝えるために、社内外に向けた健康経営宣言やプレスリリース配信なども必要になります。
体制面はもちろん、労働環境の改善も重要です。方法のひとつとして、IoTセンサーを使った現場環境の可視化があります。
例えば、作業エリアにIoTセンサーを設置し、気温や湿度などをリアルタイムでモニタリング。異常値を検知したら現場管理者にアラートするといった仕組みを構築します。これにより、労働環境を快適な状態に保ち、熱中症や感染症拡大といった健康リスクを低減できます。
ウェアラブルデバイスの活用も、健康経営の実現に有効です。勤務時間中に従業員が着用したウェアラブルデバイスから、脈拍数や体温などのバイタルデータをリアルタイムに収集。健康状態をモニタリングし、普段と異なる兆候を示した際に、ヒアリングや診断などの処置を行うことで、健康リスクの原因を特定・対処します。
IoTを工場内に設置するには、センサーやデバイスの設置の前に、無線を含むネットワーク環境の整備が必要になります。ネットワークを整備することは工場のデジタル化、ひいてはスマートファクトリー化の第一歩となります。健康経営の実現をきっかけに、健やかに働ける工場としてインフラ整備を進めてはいかがでしょうか。
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