日本の製造業は、世界市場の中でこれまで強い存在感を見せてきました。しかし、労働人口が減少する中で、これまでと同じようなパフォーマンスを発揮するには、生産現場の1人ひとりがより高い生産性を発揮しなければなりません。そのためには現場の業務改善が必須。そして、現場の業務改善の実現には、従業員の稼働状態を正しく把握して可視化する仕組みを検討する必要があります。
生産性向上で競争優位性を確保する
製造業を含むさまざまな産業において、少子高齢化による慢性的な人材不足が発生しています。人的リソースが限られるこれからの時代は、1人ひとりが高いパフォーマンスを発揮すること、言い換えれば労働生産性を高めることが重要です。
公共財団法人日本生産本部の「労働生産性の国際比較2020」によると、2020年のOECDデータに基づく日本の時間当たりの労働生産性は49.5ドルであり、OECD加盟38カ国中23位です。2020年は国内の経済が落ち込んだことも要因として挙げられますが、1970年以降、最も低い順位になっています。
日本は製造大国として、これまでさまざまなメーカーが世界的に影響力を示してきました。今でも高い世界シェアを誇る日本企業は多く存在するものの、業務が古いシステムや仕組みに依存していると、今後も同じように競争優位を保てるとは限りません。現場の工夫や改善が日本企業の大きな強みと言われますが、企業によっては、高い生産力を労働時間でカバーしてきた側面もあったでしょう。いまこそ1人ひとりの生産性を向上させていくときなのです。
工数管理の精度向上で稼働率改善に貢献
生産性を向上させる対策は数多くありますが、ファーストステップは、まず「現状の工数を正しく把握する」ということです。現状を理解していなければ対策を打つことはできません。
工数を正しく可視化・把握できれば、業務パフォーマンスを測定できる可能性も高まります。こうして適切に業務を管理することが、業務効率の向上および、そのためのPDCAサイクルを回していくための土台となります。
正確な工数管理がもたらすメリットは多くあります。例えば、工数管理は人件費と密接に関わっており、慢性的に超過傾向なら適正値に改善することで、コストを削減し、収益率を向上させることが期待できます。製造の各プロセスの工数を比較することで、どの工程がボトルネックになっているのかも把握できます。
正確な工数管理は、従業員の超過・不足を解消し、適切な人員配置にもつながります。また、業務に対する必要な工数を把握することで、従業員を投入するのか、設備を増強するのかといった判断もしやすくなります。
ほかにも、工数管理の内容を従業員に共有・可視化することで、現場の意思統一や組織の活性化につながるケースもあります。
とはいえ、工数管理はそう簡単にできるものでもありません。従業員がどのくらいの時間でどんな作業を行ったのかを把握するには、データを入力したり日報などを細かく記入したりしなければなりません。またデータを集計する手間もあります。そうなればかえって工数は増大してしまいます。
そのため、工数を正しく把握するには、いかに手間を掛けずに自動的にデータを収集できるかがカギになります。これを実現できる技術やソリューションとして挙げられるのが、「ビーコン」や「AIカメラ」です。
工数の自動把握を支えるふたつの技術と注意点
ビーコンによる工程管理
ビーコンとは、Bluetoothなどを使った無線技術で、電波や光で位置情報を継続的に発信します。ビーコンを採用するデバイスは、一般的に小型低消費電力の端末で、電池で動作するため持ち運びや取り付けが容易で物品にも装着できます。工場の工程管理では、タグ型のビーコンを従業員に持たせることによって、各従業員の所在地を特定できます。
場所によって作業が特定できる業務の場合、このビーコンによって位置情報を捕捉すれば、何をどのくらい作業したのかを容易に特定できます。勤怠管理システムと連携すれば正確な稼働時間も記録可能です。
高さを検知できるビーコンを使えば、ビルの階数も特定できます。そのため、建物内の階をまたいで移動する業務などでも、従業員や物品の位置情報をリアルタイムに特定できます。
ただし、適切に工程を管理するためには、ビーコンの受信機と情報を処理するアプリなどを用意しなければなりません。また、通信に異常があると正しく情報を記録できないため、安定した通信環境の構築も必要です。
AIカメラによる工程管理
AIカメラは、AI(人工知能)の技術を用いて撮影している映像の中から特定の要素を自動的に抽出でき、人物を自動認識することが可能です。AIカメラが人物の所在を判別できると、作業場に従業員が滞在している時間・不在の時間を自動的に集計できるようになります。
AIカメラは人の存在だけでなく、さまざまな情報を認識できます。AIによる学習によって、人の行動パターンを判別したり、AIカメラ内に映っている信号灯を識別したり、用途に応じて映像内のさまざまな対象物を分析できます。
AIカメラは、このように応用が効くのがメリットですが、機器やシステムの整備、AIの精度の検証など、初期導入の負担が大きくなりやすいため注意が必要です。
また、工場の敷地が広ければ、必要になるAIカメラの台数は増えます。それぞれのAIカメラからの映像を適切に処理するために、サーバーやネットワークなどのインフラを用意しなければなりません。従業員の位置に応じて視点を切り替え・移動できるカメラを採用すると、さらに必要な費用は大きくなるでしょう。また、固定カメラを利用する場合は、死角が生まれないように設置しなければならないため、必要な台数が多くなりがちです。
データを正しく活用して初めて生産性は向上する
このように、ビーコンやAIカメラなどをうまく利用すれば稼働状況の把握が実現できます。ただし、大事なのは工数に関するデータを取得するだけでなく、そのデータを基に業務改善につなげるように取り組む必要があるということです。
これは、製造工程以外にもIoT活用全般に当てはまることです。データを取得し可視化して終わりではなく、それを生かした次の施策まで行うことで初めて生産性を向上させる可能性が高まります。
例えば、ある自動車製造企業では、工場の組み立てラインにいる従業員が工数情報を入力していましたが、その作業が負担となり、本来の製造作業の妨げになっていました。さらに入力にミスが発生して、正確な工数管理ができず、製造コストが正確に把握できない状況でした。
そこで、位置情報技術を導入し、従業員・物品の位置情報から、いつ、誰が、何をどれくらい作業しているのかを把握できる仕組みを構築。これによって正確なコスト管理が可能になるだけでなく、得られた位置や移動のデータを分析することで、最適な動線の構築や、人材の適正配置を行い、生産性向上を成し遂げました。
デジタル技術によってデータを正しく取得することは大きな第一歩ですが、それはスタート地点にすぎません。正しく取得したデータを正しく活用して、現場の稼働を適切に把握することできれば、業務の改善と効率化につながるはずです。
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