働き方改革関連法案の施行によって、日本の企業は働き方改革実現のために策を講じています。しかし、働き方改革を実現できたと感じている人はまだ少ないのではないでしょうか。「残業減らしても仕事減らないし、意味がないのでは?」「残業代がもらえず生活が苦しい」といった問題を解決するために、本当に必要な対策とは一体何なのでしょうか。この記事では、働き方改革を実感できない理由、働き方改革の本来の目的、その目的を達成するために必要な対策について解説します。
働き方改革は実現できている?
2019年4月より、働き方改革関連法案が順次施行となりました。しかし、働き方改革の効果を実際に感じている労働者は少ないとも言われています。
約9割が働き方改革を実践中
2020年にデロイト・トーマツが行った「働き方改革の実態調査2020」の調査結果によると、調査対象となった企業の9割が働き方改革のニーズを感じ、実践に移していることが分かりました。さらに具体的に内訳をみると、「既に働き方改革を実施した」と答えた企業は20%、「改革のニーズを感じており、現在推進中」と答えた企業は69%です。
約5割が働き方改革の効果を実感せず
同じくデロイト・トーマツの調査で「各目的別効果実感割合」の項目を見てみると、「効果が感じられた」という回答は9%、「部分的にではあるが効果を感じられた」という回答は44%でした。
つまり、大小の差はあれ効果を感じた人は全体の5割程度で、「効果を感じられなかった」という回答も同じく5割程度存在します。企業の約9割が働き方関連法案に基づいて制度改革を行っている一方、その効果を感じられない従業員は半数いるなど、実施率と効果にズレが生じていることが分かります。
なぜ働き方改革を実感できないのか?
企業は働き方改革を実践しているにも関わらず、なぜ効果を感じられない人が多くいるのでしょうか。ズレが生じている原因や背景について解説します。
目的を履き違えているから
働き方改革の効果が実感できない理由として、企業が目的を履き違えているという点が挙げられます。働き方改革関連法案の改正により残業時間の上限規制や有給取得の義務化が行われましたが、企業は制度変更を「目的」としており、その改革を行わなければならない理由にまで目を向けていないのが現状です。
2019年の働き方改革関連法案の改正では、さまざまな法律の改正が行われました。その中でも働き方改革の目玉となった変革は以下の3つです。
・時間外労働の上限規制
・年次有給休暇の年5日間の取得の義務化
・上記に違反した場合の罰則を設定
法改正により、時間外労働は原則として「月45時間、年360時間」以内となり、特別な事情がある場合でも「年720時間・単月100時間未満・2~6カ月の平均80時間」に収めなければなりません。年次有給休暇に関しては、「年次有給休暇が1年に10日以上付与される労働者」に対し「年5日間以上の有給取得」が義務付けられました。
時間外労働の上限規制や有給取得義務に違反した場合には、企業に「懲役6カ月以下または30万円以下の罰金」という刑事罰が科されます。このように厳しい法改正が行われた背景には、労働者の過重労働による過労死や自殺、さらには蓄積疲労による労働生産性の低下や高い離職率があります。
政府はすべての労働者が働きやすい社会をつくることで労働力を確保し、労働の質と効率を高めることを目的として、働き方改革関連法案の改正に踏み切りました。一方、企業が重視しているのは従業員への労りではなく、罰則の回避です。
そのため、働き方改革の根本である「労働者の長時間労働や過重労働を防ぐためにはどうすればよいか」という点にまで考えが及ばず、施策は表面的な制度変更のみに留まっています。このように企業が働き方改革の真の目的を理解せず、表面的な対策しか行なわない結果が、働き方改革の効果を実感できていない従業員を発生させています。
無駄な業務を減らす対策を講じていないから
働き方改革関連法案の改正は、企業の仕事自体を変えるものではありません。つまり、時間外労働の上限規制や有給取得などによって労働時間は減るものの、企業全体の仕事量は変わりません。よって、少ない労働時間で今まで通りに業務をこなすためには、業務システムの見直しや無駄な業務の洗い出しなど、企業側の働き方に対する根本的な変革が必要です。
しかし働き方改革の罰則にしか目を向けていない企業では、表面的な数字の達成にのみ目的が置かれ、根本的な見直しにまで至っていません。つまり労働時間を厳しく規制されても、仕事量自体は減らず、結果として従業員は持ち帰り残業やタイムカード打刻後の残業などを余儀なくされています。
働き方改革の本来の目的は何なのか?
前述のように、働き方改革の目的は、残業時間の規制や有給取得率の上昇自体にあるのではなく、すべての労働者が働きやすい環境をめざすことです。その理由と政府の具体的な狙いについて解説します。
労働生産性を向上させること
働き方改革の最も大きな目的は、労働生産性の向上です。日本では少子高齢化による生産年齢人口と労働人口の減少が問題視されています。多くの企業で人手不足が深刻化しており、その分、今いる従業員一人ひとりへの労働負担が大きくなっています。
この現状を打破するためには、出生率や雇用機会の上昇などの対策が必要です。あわせて、現在の労働力で高い社会水準を維持するための対策も講じなければなりません。現在発生している深刻な人手不足により、多くの労働者に長時間労働が発生しています。長時間労働は労働者への疲労の蓄積の原因となり、結果的に労働生産性の低下につながります。
働き方改革関連法の改正は、蔓延化している長時間労働の是正を促します。すなわち、時間外労働の上限規制や有給取得の義務化により、労働者の休息時間が確保され、心身のリフレッシュを図ることができます。労働者が心身を休ませる機会を得ることは、仕事への意欲や労働の質・能率の上昇に効果が期待されています。
多様な働き方を選択できるようにすること
日本政府は、働き方改革の目的を「働く方の置かれた個々の事情に応じ、多様な働き方を選択できる社会を実現し、働く方一人ひとりがより良い将来の展望を持てるようにすること」としています。日本では労働参加率の低さや労働生産性の低下が指摘されている一方、働きたくても働けない事情を抱えている人も多くいます。
たとえば育児や介護のために家庭を空けられない人や、怪我や病気、身体障害により通勤が困難な人が該当します。日本政府はそういった多様な人材を労働力として確保するため、働き方改革によって、個々の労働者がそれぞれの事情に合わせた働き方を選択できる社会をめざしています。
多様な人材が労働に参加するためには、それを受け入れるための土壌づくりが必要です。たとえば「残業して当たり前」「身を粉にして会社のために働く」といった前時代的な考え方は、多様な人材の労働への参加を拒みます。
働き方改革では、長時間労働の是正のほかに、テレワークの普及やダイバーシティの推進も盛り込まれました。こういった取り組みは、従来の「会社に来て朝から晩まで働く」という固定概念に変化をもたらします。
多様な働き方を容認する風潮ができれば、個々の労働者がそれぞれの事情に合わせた働き方をしやすくなります。つまり働き方改革は、さまざまな事情を抱えた人材の労働への参加を目的とし、多様な働き方を容認・創出する風土づくりをめざすものでもあります。
給与・待遇の格差を解消すること
働き方改革は労働者間の待遇格差の解消をめざしています。現在は非正規雇用者と正規雇用者の待遇格差が問題となっています。たとえば非正規雇用者は正規雇用者よりも賃金の面で大きな差別を受けているため、正規雇用者と非正規雇用者の貧富の差が大きいのが現状です。非正規雇用者の賃金の低さは、「働いても貧乏から抜け出せない」という状況の一因でもあります。
この問題を解決するため、働き方関連法案の改正では「同一労働同一賃金」の原則が採用されました。これは「同じ労働をしている者同士の賃金を同じにする」という考え方です。すなわち、労働者の待遇は、正規雇用や非正規雇用という身分に関わらず、個々の能力や仕事ぶりに応じたものでなければなりません。
働き方改革関連法案の改正では、労働者間の不合理な待遇格差や差別的取り扱いが禁止されました。併せて、雇用者は労働者側から求められた場合、待遇差の理由を説明する義務が設けられました。身分に関わらず、能力が適正に評価されることは、非正規雇用者の仕事への意欲や生産性の向上につながると考えられています。
働き方改革実現のための仕事の見直し方は?
働き方改革の実現には、時間外労働の上限規制の遵守や年5日間の有給取得などの数値を達成するだけでは不十分です。多様な働き方を認め、多くの人が労働に参加しやすい社会をつくるという、根本の目的を理解し、それに応じた施策が必要です。働き方改革を推進するために、今一度、以下のポイントについて考えてみてください。
全社員の意識改革を推進する
働き方改革を成功させるには、雇用者を含め全従業員の意識改革が必要です。たとえば残業時間や有給取得日数に決まりを設けて、それを守るだけでは、従業員にとって真に働きやすい職場とは言えません。従業員全体が「働き方を変える」という当事者意識を持ち、組織一体となって協力しあう必要があります。
危機意識を持つことから始める
働き方を変えるためには、「なぜ働き方を変えなくてはならないか」ということをまず理解しなければなりません。現在は多くの企業で長時間労働が蔓延化しており、過労死や精神疾患のほか、離職率の増加、疲労による労働生産性の低下、残業代などの人件費の高騰が発生しています。
この問題を改善するためには、社員全体がこの問題を共有し、「明日は我が身」という危機意識を持つことが大切です。危機意識と当事者意識が芽生えれば、「効率良く仕事を行うためにはどうすればよいのか」という点に自然と目が向くようになります。働き方への組織の団結力を高めるためにも、まず従業員全体で危機意識を共有することから始める必要があります。
現状の問題点を洗い出す
次に、長時間労働を是正するための具体的な対策を取ります。課題解決のためには、まず「課題が何であるのか」を把握しなければなりません。たとえば時間外業務が発生している理由や、有給取得を阻害している原因を探すことから始めてください。課題が見つかれば、目標達成のための道筋を立てやすくなります。
スモールスタートで取り組む
目標が大きすぎると、能力や内容が伴わずに、中途半端な状態で挫折する可能性が高くなります。リスクを回避するために、まずは小さな目標を立て、実行可能な対策を実践することから始めることが大切です。
小さな目標であっても、達成を繰り返すことで、働き方改革へのモチベーションが高まります。一度に大きな改革を行うのではなく、細かな道筋を立てて実行することを意識してみましょう。
無駄な業務を削減する
長時間労働を是正するためには、労働生産性を上げるだけでなく、仕事全体の量を減らす努力も必要です。無駄な業務がないかを見直し、労力を節約することを心がけましょう。
マニュアルの作成・活用
特定の人しか作業できない業務の発生は、職場全体の業務の進行に差し障りを生みます。誰もが同じ仕事をできる環境づくりが必要です。たとえばマニュアルを作成し、活用することで、従業員同士の仕事の共有が可能になります。
RPA導入による業務自動化を推進
RPAとは単純な事務作業を機械に任せ、業務の自動化を図る仕組みです。時間のかかる単純作業を機械に任せることで、業務時間を短縮することが可能です。
たとえば茨城県つくば市役所では、本人確認書類が不足している各種の申請者への通知作成の際に、発送簿作成をAIに任せることで、職員の作業時間83時間を14時間にまで短縮することに成功しています。
オフィス外業務を推進する
オフィス外業務を推進することで、より多様な人材を労働力として確保することが可能になります。オフィス外業務として代表的なのがテレワークです。テレワークはスマートフォンやパソコン端末を利用して、自宅などのオフィス外で働く方法です。テレワークは働く場所や時間を選ばないため、個々の労働者の事情に合わせた柔軟な働き方を叶えます。
たとえば育児や介護などの家庭の事情や、怪我・病気・身体障害によって通勤が困難な人であっても、テレワークを利用すれば、稼働時間のみ自宅で仕事をすることが可能になります。テレワークを導入することで通勤の負担を減らすことができ、従業員の心身のリフレッシュにつながるほか、企業側にとっても交通費やオフィスコストがカットできるというメリットがあります。
意識改革と業務効率化が働き方改革のカギ
働き方改革関連法案の改正により、時間外労働の上限規制や有給取得の義務化など、さまざまな制度改革が行われました。しかし、それらの改革はあくまで表面的なものに過ぎず、あくまで目的は「多様な働き方ができる社会」です。
働き改革の真の実現のためには、企業側の努力だけでなく、従業員側の意識改革も必要です。働き方改革の目的を理解し、組織全体で当事者意識を持つことで自然と問題解決に意識が向き、すべての労働者にとって働きやすい社会づくりが可能になります。
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