日本の労働時間は世界的に見ても非常に長く、かつ労働効率が非常に悪いと言われています。長時間労働は従業員の労働意欲を削いでしまうことにつながり、この先少子高齢化で労働力の低下が予想される日本においては大きな問題です。労働力低下という問題を回避すべく、新たに定められたのが、働き方改革関連法案です。働き方改革の目的、その目的を実施するための施策の内容について、具体的に見ていきます。
働き方改革とは?
2019年4月より順次施行となった働き方改革関連法案。言葉を耳にしたことはあっても、効果を実感できないという人や、内容を知らないという人も多いのではないでしょうか。まずは働き方改革関連法案の設立経緯や目的を中心に解説します。
働き方改革関連法案成立までの経緯
働き方改革は、働き方改革関連法案の改正による一連の制度変革をさす言葉です。なお、働き方改革の原案となる「労働ビッグバン」は、第1次安倍晋三内閣時代にすでに構想が開始されていました。しかし当時は法案の可決には至らず、第3次安倍内閣が組閣されたことを契機に、改正が本格的に着手されます。
2015年4月には、現在の働き方改革の大きな柱である「時間外労働割増賃金の削減」「年次有給休暇の取得」「フレックスタイム制度の見直し」「企画業務型裁量性労働体制の見直し」「高度プロフェッショナル制度の創設」などの5点を主な内容とする「労働基準法等改正案」が国会に提出されました。
続いて2016年9月には「働き方改革実現会議」が発足、翌年2017年3月には「働き方改革実行計画」が決定されました。なお、2015年に国会に提出された5点の法改正には課題が立ちはだかり、2017年9月の衆議院の解散に伴い、審議は未了、廃案に至りました。
2018年1月の安倍晋三元総理大臣の施政方針演説によって、働き方改革関連法案は国会の最重要法案の1つに位置付けられ、閣法として国会に提出されます。同年6月には参議院で可決され、7月6日に公布がなされました。なお、施行開始は2019年4月です。
働き方改革によって政府が期待していること
政府は働き方改革の目的を「働く方々がそれぞれの事情に応じた多様な働き方を選択できる社会を実現する」こととしています。日本では現在、少子高齢化による労働人口減少が問題視されています。働き方改革は、労働力と労働生産性を維持するために、多様な人材に労働に参加してもらうことを狙いとしています。
たとえば、従来の働き方である「定時に出社して定時に帰社する」というスタイルは、働きたくても働けない人が一定数存在するのが現実です。育児や介護などの家庭の事情や、怪我・病気・身体障害によって通勤が困難な人が該当します。
働き方改革は、「働きたくても働けない」人々が労働に参加しやすい環境を整備するための取り組みです。テレワークの普及やフレックス制度の見直しなどにより、多様で柔軟な働き方を認め、創出することで、誰もが自分の事情に合わせて働ける社会を達成できます。
このように、誰もが労働や社会活動に参加できる社会を「一億総活躍社会」と呼びます。働き方改革による一億総活躍社会が実現すると、多様な人材を労働力として確保することが可能になり、少子高齢化に伴う労働人口の減少が続く中でも、高い社会水準と労働生産性を保つことができると期待されています。
働き方改革関連の白書
働き方改革を実現するために、各省庁はそれぞれ働き方改革に関する白書を出しています。各省庁の白書では、働き方改革の全体像や将来的にめざしている社会像、現在の社会の状況などの説明や報告がなされています。
私たちは各省庁の白書を読むことで、働き方改革がめざしているゴールと、解決すべき現在の課題を把握できます。なお、白書を出している主な省庁は総務省や厚生労働省です。各省庁の白書はウェブサイトで閲覧できます。
働き方改革に関連する法律・法令
働き方改革関連法案の正式名称は「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」です。働き方改革関連法案の改正と、改正に伴う制度変更を総称して「働き方改革」と呼びます。なお、働き方改革として法改正が行われたのは以下の8つの法律です。
・労働基準法
・労働安全衛生法
・労働時間等の設定の改善に関する特別措置法
・じん肺法
・雇用対策法
・労働契約法
・短時間聾者の雇用管理の改善等に関する法律
・労働者派遣事情の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律
上記の法律の監督は厚生労働省および労働基準監督署が行っています。
働き方改革で働き方はどう変わる?
働き方改革関連法の改正により、具体的にはどのような変化が現れたのでしょうか。働き方改革における「3本の柱」を中心に解説します。
働き方改革における「3本の柱」
働き方改革関連法案の改正は、「3本の柱」を中心に行われています。「第1の柱」は「働き方改革の総合的かつ継続的な推進」です。具体的な施策には雇用対策法の改正があります。「第2の柱」は「長時間労働の是正と多様で柔軟な働き方の実現等」で、主に労働基準法の改正を施策としています。
「第3の柱」は「雇用形態にかかわらない公正な待遇の確保」です。パートタイム労働法や労働契約法の改正を主とし、非正規雇用と正規雇用の待遇格差解消をめざしています。なお、本記事では、働き方改革の中でも特に重要視され、罰則規定が設けられている「第2の柱」について、詳細に解説します。
最も重要な「第2の柱」
第2の柱の中には「時間外労働の上限規制の導入」「年次有給休暇取得の一部義務化」「フレックスタイム制度の見直し」「高度プロフェッショナル制度の創設」などの制度改革が含まれています。なお、「高度プロフェッショナル制度の創設」には、新しい制度である「勤務間インターバル制度の導入」も盛り込まれました。
いずれの制度改革も、労働者の長時間労働の是正を狙いとしています。以下では、それぞれの具体的な内容を解説します。
働き方改革で労働基準法はどう変わった?
働き方改革における第2の柱では、労働基準法の改正を主な施策としています。具体的な変更点について解説します。
労働基準法の改正点について
労働基準法の改正によって変更されるのは、主に「時間外労働の上限規制の導入」「有給休暇取得の一部義務化」「高度プロフェッショナル制度」の3点です。法改正に伴い、それまで無制限だった時間外労働に上限規制が設けられました。
日本では有給休暇取得率の低さが問題視されていることを受け、有給取得の一部義務化も行われています。さらに高度プロフェッショナル制度の創設に伴い、新しい働き方様式である「勤務間インターバル制度」が導入されました。
時間外労働の上限規制と36協定の改正
労働基準法の改正に伴い、時間外労働に上限規制が設けられました。なお大前提として、雇用者が労働者に時間外労働を課す場合には、労使協定に基づき両者間での「36(サブロク)協定」の締結が必要であることに注意してください。36協定とは、時間外労働に関するさまざまな事項を記した協定です。
労働基準法の改正により、36協定についても見直しが行われました。これに伴い、時間外労働は原則として「月45時間以内、年360時間以内」に収めることとなりました。ただし、臨時的に特別な事情があり、原則の時間外労働時間を超える場合には、「特別条項付36協定」を結ぶことで対応できます。特別条項付き36協定については、後の項目で解説します。
なお、法改正にあたって、上限規制に違反した企業には「懲役6カ月以下または30万円以下の罰金」という罰則規定が新たに設けられました。罰則付き時間外労働の上限規制は、大企業で2019年4月から、中小企業で2020年4月から施行開始されました。
有給休暇の消化義務
日本における有給取得率の低さを受けて、働き方改革関連法案の改正では、有給取得の一部義務化が行われました。具体的には、「1年に10日以上の年次有給休暇が付与される労働者」に対し、「年に5日間の有給取得義務」が課されます。
従業員側から有給取得の申請がない場合には、雇用者側が時季指定を行って有給を取得させる必要があります。なお、違反した場合には30万円以下の罰金が科されます。
勤務間インターバル制度
「労働時間等の設定の改善に関する特別措置法」の改正に伴い、企業には新たに「勤務間インターバル制度」の導入が推奨されました。勤務間インターバル制度とは、前日の終業時刻と翌日の始業時刻に一定の休息時間を設ける制度です。
勤務間に一定の休息時間を設けることで、従業員が睡眠や生活時間を十分に得るとともに、心身のリフレッシュを図ることが期待されています。勤務間インターバル制度は新しい試みであるため、罰則規定なしの努力義務に留まりました。併せて、具体的なインターバル時間や導入の可否は企業の判断に委ねられています。なお、政府が推奨するインターバル時間は「9~11時間」です。
働き方改革で雇用者側の義務はどう変わる?
働き方改革関連法案の改正に伴い、多くの制度で罰則が設けられました。リスクを回避し、企業と従業員を守るために、雇用者が意識しなければならないポイントを解説します。
雇用者側が意識しなければならない就業規則
働き方改革関連法案の改正により、労働規則の多くの点で変更が生じています。従業員に遵守させるためには、まず雇用者側が就業規則を見直さなければなりません。その際に注意したいのが、働き方改革の施行開始時期は企業の規模や制度によって異なるという点です。
就業規則を変更する際は、まずそれぞれの制度の施行開始スケジュールを確認し、期限が迫っているものから着手する必要があります。時系列の確認を怠って法に違反すると、悪意がなくともペナルティの対象になります。なお、変更が必要な就業規則と、それぞれのスケジュールは以下の表をご覧ください。
大企業の施行開始時期 | 中小企業の施行開始時期 | |
---|---|---|
・年次有給休暇5日の取得義務化 ・勤務間インターバル制度の努力義務 ・高度プロフェッショナル制度の創設 |
2019年4月 | |
残業時間の上限規制 | 2019年4月 | 2020年4月 |
同一労働同一賃金 | 2020年4月 | 2021年4月 |
月60時間超の残業に対する割増賃金率の引き上げ | ー | 2023年4月 |
なお、就業規則を変更する際には、労働基準法第89条1項に基づき、労働組合または従業員の意見を聴取する義務があります。意見を聴取することは必ずしも「同意を得る」ことではありません。しかし、就業規則の変更には、従業員にとって変更内容が合理的であることが必要です。
内容が合理的であるかどうかを客観的に判断するのは難しいため、特に重要な変更を行う場合には従業員から個別に同意書を取り付けることが一般的です。各労働者から同意書を取り付けていれば、万が一裁判に発展した場合に、「合理的であること」の確証として提出できます。
当然ながら、同意書は各従業員が納得の上で提出しなければ意味がありません。そのため、就業規則を変更する際には、雇用者は従業員の意見を聴取するとともに、同意を得られる内容をめざすことが肝要です。
従業員側が意識しなければならない時間外労働時間
時間外労働の上限規制は、大企業では2019年4月から、中小企業でも2020年4月から施行がスタートしています。雇用者は従業員の労働時間を適正に管理するために、タイムカードの導入やパソコンなど電子機器の利用時間の把握などを積極的に行う必要があります。
なお、労働時間の上限規制は、従業員にとって働きやすい環境を整えることが目的です。休息と労働のバランスを取りやすい企業は、従業員にとって魅力的です。そのため、外部から優秀な人材が集まりやすくなります。
従業員の生活時間や休息時間を確保することは、心身のリフレッシュを図り、ひいては仕事への意欲や作業効率の向上に繋がります。労働力の確保や労働意欲・効率の上昇は、会社全体の労働生産性を高めるというメリットがあります。
たとえば、ICT企業であるSCSKでは、残業代を一部固定支給したり、目標達成の組織ごとにボーナスを設けたりした結果、従業員全体の意識改善が行われ、長時間労働の是正に成功しました。
同社は、労働時間削減によるクオリティアップや、双方の利益向上などを対外的にアピールすることで、取引先にもメリットがあることを強調しました。結果として、同社は労働時間を削減したにも関わらず、売上を伸ばすことに成功しています。
雇用者側が意識しなければならない有給休暇取得日数
有給取得の義務化には罰則規定が伴います。罰則を回避するためにも、雇用者は各従業員の有給取得状況を正確に把握する必要があります。そのため雇用者には、従業員ごとに「年次有給休暇管理簿」の作成と「3年間の保存義務」が科せられています。
雇用者は年次有給管理簿を活用し、必要があれば声かけや時季指定を行うなどの対策が必要です。多忙につきどうしても有給取得が難しい場合は、組織全体で業務の取り組み方を見直すなどの抜本的な措置を講じることも大切です。
もし違反を起こしたらどうなる?
働き方改革関連法の改正では、各制度変革に伴い罰則が設けられたものも多数あります。違反した場合の罰則について、改めて解説します。
働き方改革で義務化される罰則規定
働き方改革の目玉である「時間外労働の上限規制」と「有給取得の義務化」に違反した場合、企業には「懲役6カ月以下、または30万円以下の罰金」という刑事罰が科されます。
特別条項について
時間外労働における36協定においては、特別条項が存在します。特別項付き36協定とは、「週45時間、年360時間」以上の原則労働時間を超える場合の事項を記した協定です。働き方改革以前では、特別条項付き36協定は青天井ともいわれており、締結しさえすれば、雇用者は従業員に実質無制限の時間外労働を課すことが可能でした。
しかし2019年の働き方改革関連法案の施行に伴い、特別条項付き36協定であっても、時間外労働は一定の上限内に収めることが義務付けられました。すなわち、時間外労働は「年720時間以内・単月100時間未満・2~6カ月間で平均80時間以内」に収める必要があります。なお、違反した場合には企業に「6カ月以下の懲役、または30万円以下の罰金」が科されます。
働き方改革がめざすものと、雇用者側の義務
働き方改革は、多様な働き方を認めることで、さまざまな事情を抱えた人でも労働に参加しやすい社会をめざしています。さらに従業員が安心して働ける環境を整えることで、少ない労働人口でも高い労働生産性を保つことも狙いの1つです。
働き方改革では、時間外労働や有給取得などのさまざまな面で「達成すべき数値」が設定されました。しかし、真の目的は数字の達成ではなく、「誰もが働きやすい社会づくり」をめざすことで実現する「労働生産性の向上」です。働き方改革の意義を理解し、企業側は積極的に働き方を見直すことが求められています。
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