2019年4月より順次施行された働き方改革関連法では、労働時間の短縮を図るために各種規制の強化や罰則規定が新たに設けられています。本記事ではこれらの改正がどのようなものなのか、罰則を受けないためにはどうすれば良いのかを解説します。
働き方改革で労働時間/労務時間はどう変わった?
働き方改革関連法の施行により、労働時間の短縮化が図られました。実際に施行前と施行後ではどのような違いがあるのでしょうか。まずは働き方改革による労働時間の変更点について見ていきましょう。
施行前と施行後で変わった点
施行により変更があったのは、時間外労働に関する規定です。法定労働時間そのものに変更はないものの、時間外労働に上限が設けられました。ちなみに施行前は、時間外労働の上限がありませんでした。
上限規制適用の猶予または除外について
一部の業種については、時間外労働の上限規制適用が猶予されたり、適用そのものが除外されています。それぞれの猶予期間や適用が認められる条件は異なります。詳しい業種や猶予期間・除外条件は以下をご覧ください。
自動車運転の業務
施行5年後に上限規制が適用となります。ただし、適用後の上限時間は年960時間とし、将来的な一般則の適用については引き続き検討するとしています。
建設事業
施行5年後に上限規制が適用となります。ただし、災害時における復旧・復興の事業については、複数月平均80時間以内・1カ月100時間未満の要件は適用しません。将来的な一般則の適用について引き続き検討するとしています。
医師
施行5年後に上限規制が適用となります。
新技術・新製品などの研究開発業務
時間外労働の上限規制は適用されません。ただし時間外労働が一定時間を超える場合には、事業主は、その者に必ず医師による面接指導を受けさせなければなりません。
また、施行5年後に上限規制が適用となります。ただし、具体的な上限時間などについては、医療界の参加による検討の場において、規制の具体的あり方、労働時間の短縮策等について検討し、結論を得るとしています。
鹿児島県及び沖縄県における砂糖製造業
鹿児島県及び沖縄県における砂糖製造業については、改正法施行5年後に上限規制が適用されます。
時間外労働の割り増し賃金について
働き方改革関連法案の施行により、月60時間を超える時間外労働の割増賃金の比率が引き上げられました。大企業では2010年よりすでに、60時間を超える時間外労働には50%の割増が行われています。
今回、これまで適用が猶予されていた中小企業の時間外割増賃金率が25%から50%に引き上げられました。なお、中小企業における割増賃金比率の変更は2023年4月より適用が開始されます。
年次有給休暇の時季指定について
事業者に対して、従業員に年次有給休暇を取得させることが義務付けられました。対象となる従業員は、年に10日以上の年次有給休暇が付与される従業員です。事業者は従業員に対し、10日の年次有給休暇のうち、5日間を時季指定して取得させる義務があります。
この背景には、日本の年次有給休暇の取得率の低さがあります。法改正以前は、年次有給休暇の取得は原則として従業員側の申請によるものでした。しかし従業員側からの申し出がしにくいという現実があり、実際に年次有給休暇の取得率は49.4%と低い水準でした。
働き方改革における勤務間インターバルとは?
働き方改革の中で、時間外労働の規定と並んで重要視されているのが勤務間インターバルです。しかし、勤務間インターバルの内容について知らないという人や、そもそも勤務間インターバルという言葉を聞いたことがないという人も多いのではないのでしょうか。
働き方改革で整備された勤務間インターバル制度
勤務間インターバルとは、働き方改革によって新たに導入された制度です。簡単に言えば、前日の勤務終了時刻と翌日の勤務開始時刻に一定の休息時間を設けることです。勤務と勤務との間に一定の休息時間を設けることで、従業員の睡眠や生活時間を確保することを目的としています。
従業員が生活時間や睡眠時間を確保することで、ワーク・ライフ・バランスの維持や向上を見込むことができます。すなわち、労働と休息のバランスを適正にすることで、労働意欲や効率性のアップが予想されています。勤務間インターバルは、働き方改革の他制度と組み合わせることで、より効果を発揮すると言われています。
勤務間インターバルにおける推奨時間
勤務間インターバルの時間については、明確には決められていません。理由として、日本では「勤務間インターバル」の認知度や普及率が低いことが挙げられます。そのため勤務間インターバルの導入や内容について具体的な指針は出さず、個々の企業に判断が委ねられています。
ちなみに日本政府が推奨する勤務間インターバルの時間は「11時間」です。11時間という数字は、EUの規定にならったと言われています。ヨーロッパでは古くから勤務間インターバルという制度が導入されており、EUでは勤務間インターバルは11時間と定められています。
勤務間インターバルを根付かせるために
勤務間インターバル制度は努力義務であり、罰則や具体的な規則は設けられていません。その ため、目標達成率が低いと予想されます。そこで日本政府は、勤務間インターバル制度を根付かせるために助成金制度を打ち出しています。
助成、支給の対象となる取り組みには、「労務管理担当者に対する研修」「労働者に対する研修、周知・啓発」「外部専門家によるコンサルティング」などがあります。
助成金の支給額は、取り組みの実施に、実際に要した経費の一部が、成果目標の達成状況に応じて決定されます。なお、助成金の申し込みには締め切りがあります。支給対象となるのは、特定の条件を満たした中小企業の事業主ですので注意しましょう。
働き方改革は雇用者側の意識も変える?
働き方改革を推進するためには、事業主・従業員の両方の意識改革が必要です。とくに従業員側は立場が弱いため、事業主側の意識を積極的に変えていかなければなりません。そのための取り組みについて解説していきます。
働き方改革で整備された労働時間把握の義務化
働き方改革の一環として、労働安全衛生法が改正されました。これにより、事業主側は従業員の労働時間を客観的に把握することが義務付けられました。労働時間の把握の目的は、従業員の長時間労働の防止や、時間外労働の管理を正しく行うことです。
労働時間の把握により、長時間労働の防止や時間外労働の給与が適正に支払われることで、従業員のモチベーションや労働生産性のアップが見込まれています。なお、客観的な方法で把握された労働時間は、3年間の保存義務があります。また、対象となるのは管理職や裁量労働制を含む全ての従業員です。
労働時間把握の詳細について
法改正以前は労働時間の把握に罰則が無かったため、事業者側の指示や、従業員の判断により、勤務時間が不正に申告されるといった問題点がありました。この場合は、残業代の未払いや長時間労働による精神疾患・過労死などのトラブルに発展するケースが多々ありました。
しかし、それらを裏付ける証拠が無いため、従業員側が泣き寝入りしていたという実態があります。そういった事態を防ぐために、法改正後は客観的な手段で労働時間を把握することが義務付けられました。客観的な方法とは、 例えば以下のような方法があります。
・タイムカードによる記録
・パソコンなどの電子計算機を使った使用時間の記録
・そのほかの適切な方法
ただしこれらの手段は、従業員数が多い企業などでは勤怠管理に大幅な手間がかかる場合があります。その場合は、管理ツールの構築や導入により、勤怠管理を効率的に行うことができます。なお、管理ツールの例は以下の通りです。
・ICタイムカード
・クラウド型勤怠管理システム
労働時間把握義務に違反した場合の罰則
労働時間把握義務に違反した場合、直接的な罰則は設けられていません。ただし、関連する事柄に「時間外労働時間の上限規制」があり、上限を超えて違法に過重労働した従業員がいる場合、事業主には「半年以内の懲役もしくは30万円以下の罰金」の刑事罰が科されることがあります。
トラブルを避けるためにも、勤怠管理ツールなどの導入により、従業員の労働時間を正確に把握することが求められます。
働き方改革で時間外労働時間はどう変わる?
働き方改革では時間外労働時間について、上限と罰則規定が設けられました。それぞれの内容について見ていきましょう。
働き方改革で変わる時間外労働時間の上限
以前にも時間外労働の規定はあったものの、違反した場合の罰則は行政指導のみでした。働き方改革関連法案の施行後は、時間外労働の時間は「原則」と「例外」の2つに分類され、それぞれ上限が設けられました。
ちなみに時間外労働時間の規定は、原則として月45時間・年360時間です。また例外は月80時間・年720時間です。
時間外労働をさせるには36協定の締結が必要
36協定とは「時間外・休日労働に関する協定届」です。法定労働時間を超えて時間外労働をさせるには、労働基準法第36条に基づいた労使協定、すなわち36協定の締結が必要です。36協定では、「時間外労働を行う業務の種類」のほか「1日、1カ月、1年当たりの時間外労働の上限」 等を予め定める必要があります。
また、法定労働時間を超える時間外労働をさせる場合、36協定の締結と併せて、所轄労働基準監督署長への届出も必要です。
時間外労働時間の例外上限について
時間外労働時間が原則上限を超えて例外上限に達する場合には「特別条項付き36協定」を締結する必要があります。特別条項付き36協定を結ぶに当たり満たすべき要件は、「年間の時間外労働は月平均60時間(年720時間)以内であること」「2~6カ月間の時間外労働時間の平均が80時間以内であること」「単月100時間未満であること」の3つです。
また、特別条項付きの例外において、時間外労働の上限は「1カ月100時間未満」「2~6カ月間の時間外労働時間が平均80時間以内」「1年間で720時間以内」と定められています。さらに、特別条項を適用できるのは年に6回までとなっています。時間外労働時間は1年間で720時間という上限規制のほかに、1カ月100時間未満という月単位での上限規制もありますので、注意しましょう。
36協定の締結をせず、違反した際の罰則について
労働者に法定時間外労働時間をさせる場合は、36協定の締結が必要です。締結を行わないこと自体についての罰則は特に設けられていません。
時間外労働上限を超えた場合の罰則
36協定を結ばず、時間外労働時間の上限を超えて労働者を労働させた場合、6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金が課せられます。ただし、業種によっては時間外労働の上限規制に5年間の猶予が設けられている場合や、そもそも規制が適用されない場合があります。
働き方改革で労働時間短縮が図れる?
働き方改革では時間外労働時間の上限や罰則規定などが設けられましたが、労働時間の短縮は実現するのでしょうか。最後に、労働時間見直しに関する事柄について解説していきます。
労働時間見直しガイドラインについて
働き方改革による労働時間短縮に当たり、労働時間見直しガイドラインが改正されました。労働時間見直しガイドラインとは、事業主が労働時間などの見直しに向けて取り組むに当たり、参考とすべき事項を記載したものです。
労働時間見直しガイドラインでは、労働時間改善の趣旨を、仕事と生活の調和に向けたものとしています。現在では少子高齢化に伴い、労働人口が減少しています。少ない労働人口で高い水準の社会活動を維持していくためには、有能な人材の確保・育成・定着の可能性を高める必要があります。
そのためには職場内の労働環境の改善が必須です。併せて、生活時間の確保も課題となります。労働者が十分な休息や生活時間を確保することは、より質が高く効率の良い労働につながるためです。事業主が従業員の多様な事情を汲みつつ、積極的に労働時間の設定などの労働環境の改善に取り組まなければなりません。
働き方改革で変わるフレックスタイム制
働き方改革では、フレックスタイム制の見直しも行われました。フレックスタイム制とは、従業員が日々の始業・終業時刻や労働時間を自ら決める制度です。個々の事情に即した仕事と生活のバランスを図ることができ、仕事の効率が上がると考えられています。
従来のフレックスタイム制の清算期間は1カ月でしたが、施行後は3カ月に改められました。これにより、従業員はより柔軟に労働時間の確保が可能になります。例えば6・7・8月の3カ月を清算期間とすれば、子どもの夏休みに当たる8月の業務量を減らすことで、子どもと一緒の時間を過ごしやすくなります。
また、各月で週平均50時間を超える場合は、その月ごとに超えた時間に対する割増賃金の支払いが必要となりました。特定月に過度に業務が集中することの防止を目的とした改正です。労働時間を短縮するためには、労働効率の向上が必須です。フレックスタイム制を積極的に導入することで、労働効率のアップを見込むことができます。
労働時間短縮には助成金も出る
労働時間短縮を積極的に図る中小企業事業主には助成金が支給されます。なお、中小企業事業主の中でも、以下の【成果目標】1から4の設定に向けた条件を満たしていることや全ての対象事業場において、交付申請時点及び支給申請時点で、36協定が締結・届出されていることなどの条件を満たす必要があります。
助成金の支給対象となる取り組みには、たとえば「労務管理担当者に対する研修」や「労働者に対する研修、周知・啓発」「就業規則・労使協定等の作成・変更」などがあります。また、以下の4つの成果目標のうち、あわせて1つ以上を選択し、その達成を目指して実施する必要があります。
【成果目標】
1.全ての対象事業場において、令和2年度又は令和3年度内において有効な36協定について、時間外労働時間数を縮減し、月60時間以下、又は月60時間を超え月80時間以下に上限を設定し、所轄労働基準監督署長に届け出を行うこと
2.全ての対象事業場において、週休2日制の導入に向けて、所定休日を1日から4日以上増加させ、規定後1月間においてその実績があること
3.全ての対象事業場において、時間単位の年次有給休暇の規定を新たに導入すること
4.上記の成果目標に加えて、対象事業場で指定する労働者の時間当たりの賃金額の引上げを3%以上行うことを成果目標に加えることができる
助成金の支給額はどの成果目標を設定するかによって異なります。支給額は成果目標の達成割合に応じて、以下のいずれか金額が低いほうが選択されます。
(1)成果目標1~4の上限額及び賃金加算額の合計
(2)対象経費の合計額×補助率3/4
(1)の上限額が適用される場合、成果目標1の支給金額は、改正前後の時間外労働時間数に応じて、50万~100万円となります。成果目標2・3・4を達成した場合は、25万~50万円が支給されます。
働き方改革によって変わった労働時間と罰則をしっかりと意識しましょう
働き方改革により、「時間外労働時間の上限規制」「勤務間インターバル」「労働時間把握の義務化」「年次有給休暇の時季指定」「フレックスタイム制」などの多岐に渡る大幅な変化のほか、罰則規定が生まれました。
働き方改革では、罰則規定だけでなく、助成金の支給も行われています。事業主・従業員にとってよりよい職場となるよう、助成金などを利用しながら、労働環境を充実させていくことが大切です。
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