2021.02.09 (Tue)

いまさら聞けない働き方改革のイロハ(第10回)

働き方改革の対象となる業種・企業について解説

 2019年の働き方改革関連法案の順次施行により、多くの労働者の働き方が変化しています。具体的に、働き方改革は、どの労働者に、どのような変化をもたらしているのでしょうか。働き方改革に伴い、企業側はどのような経営転換を迫られているのでしょうか。以下では、働き方改革関連法における各業種や労働者への影響について解説します。労働者の働き方を改善するために、企業が取り組むべき対策や健康経営の重要性についても触れています。

働き方改革が対象となる企業とは?

 2019年より施行開始されている働き方改革関連法案。多くの企業で働き方改革の推進がなされている一方、労働者からは「効果を実感しない」という声も聞かれます。そもそも、働き方改革とはどのような企業や労働者に影響を及ぼすのでしょうか。まずは働き方改革の適用対象について解説します。

働き方改革関連法案に該当する企業・業種

 働き方改革とは、働き方改革関連法の改正に基づく一連の制度変革の呼称です。働き方改革に伴い、法改正が行われるのは以下の8つの法律です。

・労働基準法
・労働安全衛生法
・労働時間等の設定の改善に関する特別措置法
・じん肺法
・雇用対策法
・労働契約法
・短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律
・労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律

 働き方改革の対象となるのは、日本における全企業・全労働者です。ただし、一部制度では企業の規模などによって施行開始までに猶予期間が設けられています。猶予の適用対象となる企業では、猶予期間が終了し適用開始時期に到達した時点で、働き方改革の対象に含まれます。

働き方改革の概要

 厚生労働省では働き方改革の目的を「課題の解決のため、働く方の置かれた個々の事情に応じ、多様な働き方を選択できる社会を実現し、働く方1人ひとりがより良い将来の展望を持てるようにすること」としています。

 解決すべき課題とは、「労働人口の確保」と「労働生産性の向上」の2点です。日本では少子高齢化による労働人口の減少が指摘されています。人手不足の中でも高い社会水準を維持するためには、少しでも多くの労働力を確保することは勿論、労働者1人あたりの労働生産性を向上させる必要があります。

 働き方改革は上記2点の課題解決に向け、「多様な働き方を選択できる社会づくり」をめざしています。具体的な施策には時間外労働の規制や有給取得の義務化のほか、テレワークの普及やフレックスタイム制の拡充があります。

 これらの制度変革は、従来の働き方に変化をもたらし、多様で柔軟な働き方を叶えます。たとえば、育児や介護、病気・怪我などが理由で通勤が困難な人でも、個々の事情に合わせた働き方を選択することが可能になります。これらは労働参加率の上昇につながるだけでなく、仕事への意欲向上にもつながります。

 このように働き方改革とは、すべての労働者にとって働きやすい環境を整えることで、より多くの労働力を確保することを狙いとしています。労働者1人ひとりの作業能率を向上させ、社会全体の労働生産性を高めていくことも、働き方改革の目的の1つです。

働き方改革により副業・兼業が推進された

 働き方改革では副業や兼業に関する規定が緩和されたことにより、実質副業・兼業が解禁となりました。副業・兼業が解禁になったことで、労働者には、収入の増加本業以外の仕事でのキャリア形成自己実現の追求などのメリットが生まれます。これらは、働き方改革の理念に適った効果です。

 副業・兼業が解禁されたのは2018年1月の「モデル就業規則」の改訂を契機としています。2020年9月に「副業・兼業の促進に関するガイドライン」が作成され、副業に関する労働時間や健康管理に関するルールが明確化されました。労働者が多様な働き方ができる社会づくりの一環として、政府は副業・兼業の促進を強く推進しています。

年俸制の労働者にも適用される

 年俸制とは成果や業績に比例する給与形態です。労働時間に関係なく、労働者の成果や業績に応じて給与が支給されます。そのため、年俸制の従業員には残業代や休日手当などの時間外労働賃金は支払わなくてよいと考えている事業者も多くいます。

 しかし、年俸制の労働者であっても労働基準法をはじめ働き方改革関連法の規制の対象に含まれます。たとえば働き方改革関連法案の改正により、一定の時間外労働時間を超えた場合の割増賃金率の引き上げが行われました。年俸制の労働者は年俸契約に特別の取り決めがない場合には、割増賃金率引き上げの対象者に該当し、規定の時間外手当を受け取る権利があります。

働き方改革適用外となる業種

 一部の業種や職業に関しては、その特殊性から、働き方改革の適用が猶予されている業種や、適用対象外に指定されている業種もあります。

 とくに時間外労働時間の規制については、「自動車運転の業務」「建設事業」「新技術、新商品等の研究開発の業務」「鹿児島県及び沖縄県における砂糖製造業」「医師」で適用が猶予・除外されています。猶予期間終了後であっても、一般企業とは異なる規制が設けられる業種もあります。それぞれの適用時期や適用内容は以下の通りです。

自動車運転の業務

 2024年4月より罰則付きの時間外労働規制が適用されます。適用後の上限時間は「年960時間以内」です。

建設事業

 2024年4月より、罰則付きの時間外労働規制が適用されます。適用後の上限時間は「一般則」と同様です。ただし、災害時における復旧・復興の事業については例外が設けられ「単月100時間未満、連続2カ月~6カ月平均で月80時間以内」の要件は除外されました。

新技術、新商品などの研究開発の業務

 新技術・新商品などの研究開発の業務の特殊性が存在するため、原則として適用が除外されました。ただし、1カ月の時間外労働が80時間を超える労働者などを対象に、医師の面接指導や代替休暇の付与といった健康確保措置が必要です。

鹿児島県および沖縄県における砂糖製造業

 2024年4月より、罰則付きの時間外労働規制が適用されます。適用後は一般則に則ります。

医師

 2024年4月を目途に規制の適用がめざされています。詳細は医療界の参加による検討の場で検討中です。

働き方改革による各業種への影響とは?

 働き方改革は、全ての事業者や労働者を対象とします。日本にはさまざまな業種や雇用形態が存在しますが、それぞれにどのような影響があるのでしょうか。業種別の働き方改革の効果について解説します。

派遣社員・非正規雇用への影響

 働き方改革関連法の改正により、派遣社員や非正規雇用に最も大きな影響を与えるのが「同一労働同一賃金」の原則です。同一労働同一賃金とは、仕事の内容が同じであれば、同じ賃金を従業員に支払うという制度です。

 つまり、非正規雇用であっても、雇用形態によって差別されず、仕事ぶりや能力に応じた賃金が支給されることになります。「同一労働同一賃金ガイドライン」では、賃金だけでなく職業訓練や福利厚生の待遇改善も求められています。これらにより、従業員の収入増加やキャリアアップ、労働意欲向上などの効果が見込まれています。

 同一労働同一賃金の導入は大企業で2020年4月から、中小企業で2021年4月から開始されます。関連として、「パートタイム・有期雇用労働法」「労働者派遣法」の改正により、雇用者は労働者から求められた場合、待遇差の理由について説明する義務が設けられました。

アルバイトへの影響

 アルバイトに大きな影響を持つのは主に「時間外労働時間の上限規制」「有給取得の義務化」「同一労働同一賃金」の3つです。働き方改革関連法の改正により、時間外労働には原則「月45時間、年360時間」となり、例外として「年720時間以内、単月100時間未満、2~6カ月の平均が80時間以内」という規制が設けられました。アルバイトも規制対象に含まれます。

 有給取得の義務化では、「年に10日間の年次有給休暇が付与される労働者」のうち「5日間の有給取得」が義務付けられました。そのため、年に10日間の年次有給休暇が付与されるパート・アルバイトであれば、有給取得義務の対象となります。なお、同一労働同一賃金の適用は、派遣社員や非正規雇用と同様です。

 働き方改革関連法の改正により、パート・アルバイトの待遇にも大きな改善が見られます。とくに残業時間の上限規制と有給取得義務化は、パート・アルバイトの長時間労働や過重労働の抑制に大きな効果が期待されます。

医療従事者への影響

 働き方改革は医療現場の医療従事者にも大きな変化をもたらします。その中でも特に大きく変化するのが産業医と看護師の働き方です。

産業医への影響

 働き方改革により、企業における産業医の権限が強化されました。これは従業員の心身を確保するため、産業医が雇用者に忖度せずに健康指導を行うための措置です。たとえば事業者は産業医に対し、産業医が従業員の健康管理等を適切に行うために必要な情報(労働時間や労働状況など)を提供しなければなりません。

 それらの情報をもとに産業医がアドバイスや勧告を行った場合、事業者はその内容や対応策について記録を行い、3年間の保存義務と衛生委員会へ報告することも義務付けられています。労働安全衛生法の改正により、労働時間が月80時間を超え、蓄積が認められる労働者に対しては、医師による面接指導が義務付けられています。

 働き方改革が産業医にもたらした影響とは、産業医が働き方改革をサポートしやすい環境整備の推進ということができます。産業医がより主体的に労働者の健康を管理することが可能になり、長時間労働による過労死や自殺、精神疾患などの抑止に役立つと期待されています。

看護師への影響

 働き方改革関連法の改正のうち、看護師の働き方に大きな影響を与えるのが「時間外労働の上限規制」や「有給取得義務」です。これらの見直しにより、多発していた看護師の長時間労働が抑制されると期待されています。

 もう1つ大きく変化することとして、「看護補助者の受け入れ」が挙げられます。看護補助者は看護助手とも呼ばれ、看護師の補助や患者の世話を行う職業です。「医療者の働き方改革」である2020年の「診療報酬改定」に伴い、看護補助者を多く配置する病院への報酬金額が引き上げられました。看護補助者の受け入れが積極的に行われることは、看護師の業務負担の軽減につながります。

外国人労働者への影響

 2019年に施行された「改正出入国管理及び難民認定法」によって、外国人労働者の働き方にも変化がありました。具体的には、看護や清掃業などの人手不足が深刻化している業種において、「特定技能」を持った外国人労働者の受け入れが可能になります。

 これにより日本では今後、外国人労働者の数が増加することが予想されます。外国人労働者を差別や不当な待遇の雇用、不法就労などから守るため、働き方改革関連法は外国人労働者も対象に含みます。外国人労働者に特に大きなかかわりを持つのが「労働基準法」「労働施策総合推進法(パワハラ防止法)」「出入国管理及び難民認定法」です。

 これらの法律は事業者に対し、国籍や信条による差別的な取り扱いの禁止や、外国人労働者の適切な受け入れや雇用管理を義務付けています。

働き方改革による経営方針の転換

 働き方改革関連法は罰則を伴うため、全ての事業者は否応なしに働き方改革に取り組む必要があります。働き方改革関連法を遵守するために、各企業が行っている対応事例を紹介します。

先進企業・大企業

 日本の大手医薬品メーカーである中外製薬の取り組みの事例です。同社では長時間労働や有給取得率の低さに加え、外国人研究員との意思疎通トラブルなどが課題とされていました。まずは社員全体の働き方改革への意識付けを行い、あわせて働き方改革実践プログラムを施行しました。

 次にワークライフバランスの改善に向けて、在宅勤務制度やフレックスタイム休日の導入を行い、長時間労働の是正や有給取得率の上昇に取り組みました。さらに海外からの研究員の増加に対応するため、会議や資料での英語使用率を増やして多様な人種や言語を受け入れる風土づくりも行いました。

 結果として、ワークライフバランスの改善やダイバーシティの推進が進んだほか、従業員全体に働き方改革の目的と意義を浸透させることに成功しています。

中小企業

 空調設備の企業である信幸プロテック株式会社の事例です。同社はまず、課題の洗い出しを行い、業務負担の改善や見直しを行って業務の「見える化」に取り組みました。続いて全従業員が同じ水準で業務を行えるようマニュアルの作成や活用を行いました。

 スキルの共有を目的として就業時間内の勉強会を積極的に行い、終業後や休暇でやりたいことを明確化するために「ライフビジョンシート」を活用し、従業員の仕事の意欲向上を図りました。結果として、取引件数を180件アップさせる一方、残業時間を13.1%減らすことに成功しています。

ベンチャー企業

 多様な生き方・働き方を創るマッチング事業を展開する株式会社Warisの事例です。同社は女性が働きやすい環境づくりをめざし、リモートワークやコアタイム2時間のスーパーフレックスタイム、無期限の時短正社員制度などを導入しています。さらにリモートワークに伴う労働実態の不可視化の解消のため、システムやネットワークの整備を行い、業務の可視化を行っています。

 結果として子供がいる女性でも働きやすい労働環境が整い、優秀な人材の確保と定着に成功しました。リモートワークによる通勤負担の削減により、従業員の満足度が向上しています。

働き方改革による健康経営の重要性

 働き方改革に伴い「健康経営」に注目が集まっています。健康経営の意義やメリット、課題について解説します。

従業員の健康を重視する経営方針へ

 健康経営とは、従業員の健康管理に取り組むことで、企業の成長や生産性の向上につなげる考え方です。働き方改革では長時間労働の是正が焦点となっていますが、反面、労働時間の減少による利益の低下が危ぶまれています。

 労働時間を削減しつつ、生産性を維持するには、従業員の健康を管理・維持し、1人ひとりの労働生産性を向上させることが重要です。休職や離職による人材流失を防ぐためにも、企業は働き方改革と併せて健康経営に力を入れ、従業員にとって働きやすい労働環境を整えることが重要です。

健康経営のメリットと問題点

 健康経営にはメリットがある一方、デメリットも存在します。それぞれの内容について解説します。

メリット

 健康経営の最も大きなメリットは労働生産性の向上です。長時間労働の是正や過重労働の解消によって従業員の健康を維持することは、離職による人材流失を防ぐとともに、仕事への意欲や能率の上昇が期待できます。さらに、従業員の健康管理に力をいれていることは、企業のブランドイメージの向上にもつながります。単純に医療費を削減できるという財政面でのメリットもあります。

問題点

 健康経営はすぐに目に見えて効果が表れるものではありません。そのため、取り組む意義を見失って健康経営に挫折する可能性があります。企業は長期的な視野に立ち、確実なデータ収集を行う必要があります。しかしデータ収集においても、システム整備や専門家への依頼料などのコストがかかるという問題点があります。

 現在は働き方改革への取り組みのために、多くの事業者や従業員に業務以外の負担がかかっています。健康経営推進のための負担が上乗せされると、仕事量が増加し、かえって健康を害する可能性も指摘されています。

導入する上でのポイント

 健康経営への取り組みは、5つのステップに分けて行いましょう。健康経営に企業全体で取り組むため、まずは周知による従業員への意識付けが必要です。次に担当部署を設置するなどし、健康経営に取り組むための環境づくりを行います。

 続いて、目標設定のために課題の洗い出しを行います。課題が確認できたら、健康経営実現の計画と、それに基づく対策を実践します。最後に施策について評価を行い、達成できなかった点がある場合には、その改善策を考えて、次の健康経営につなげていきます。

働き方改革で労働者の在り方を見直す

 働き方改革は、外国人労働者を含め、全ての労働者を対象とします。少子高齢化が進む日本において、労働力の確保と労働生産性の向上をめざすには、労働者1人ひとりの働き方を改善していくことが大切です。企業は健康経営を行うなど、積極的に従業員の心身の健康管理を図り、自社の成長につなげていきましょう。

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